戦場のメリークリスマス あらすじ。 戦場のメリークリスマスの曲の意味を解説!アレンジ&カバーも紹介!|Moriの音楽ラボ

この前初めて「戦場のメリークリスマス」という映画をテレビで...

戦場のメリークリスマス あらすじ

大島渚監督『戦場のメリークリスマス』 1983年 は自分の中の特異点のようになっていて、 逃れられない何かを植えつけられたような映画です。 大島渚監督が亡くなられて、『戦場のメリークリスマス』について書こうと思いつつ、 あまりに色々なことを思い出してしまい出来ずにいましたが、 何十年ぶりかにやっと見ましたので、少しでも書きとめておきます。 映画公開時に、『戦場のメリークリスマス [影の獄にて]映画版』として出版された訳書を買いました。 ヴァン・デル・ポスト選集版『影の獄にて』もあって、そちらも買ったような気もしたのですが、 見当たらないので、欲しかったけど予算不足で諦めていたのかもしれません(苦笑)。 『戦場のメリークリスマス シナリオ版』(思索社、1983年)というのも持っているので、 我ながらかなりな入れ込みようだった訳ですが。 ヴァン・デル・ポスト著『戦場のメリークリスマス [影の獄にて]映画版』(思索社、由良君美、富山太佳夫訳、1983年) (以後、単に『影の獄にて』と書きます) 大島渚監督が、ふと立ち寄った古書店で『影の獄にて』を手にとったことが、 この映画の始まりだった…というような話をどこかで読んだ記憶があって、 自分の本棚を探してみたのですが見当たらず…。 残念ながら、それはまたいつか見つけたら。 当時のメモが残っていて、恥ずかしいのですが少々書くと、 「ヨノイとセリアズという二人の完全主義者が捕虜収容所という成れの果てで、 出会い、魅かれ合い、次の世代へ種を蒔きながら死んでいく…そんな風に見えた」 とか書いています。 いや、まあ、でも、「歌が歌えたらな」というセリアズのセリフに、 「このセリフが最高なんだ…弟のことを思い出して言うこのセリフが」 とか書いているのは、自分ながら面白かった(苦笑)。 今、敢えて当時の自分に反論しないものの、 原作を読んでからの認識は、何かもっと深いものになっています。 ですので、まずは原作の話を中心にして書きます。 これから映画を見てみたい、原作を読んでみたい、という方は、 思い切りネタバレしますのでご注意をば。 Lawrence』のローレンスさんと、 綴りは違いますが、著者の捕虜体験が元になっていることがわかります。 翻訳者の由良君美氏による「あとがき」に、詳しくあります。 ヴァン・デル・ポストは、1906年12月13日、ボーア貴族の直系の子として、 南アフリカのフィリップポリスに生れた。 父はオレンジ自由国立法院議長C・W・Hヴァン・デル・ポスト、 母はマリア・マグダレーナ。 家庭教師による教育のあと、ブレムフォンテンのグレイ・コレッジで教育をうけた。 1925年、『ナタール・アドバイザー』紙の記者となり、 詩人ウィリアム・プルーマーと親交を結ぶ。 同時に詩人ロイ・キャンベルとともに、 南アフリカ最初の文芸雑誌『フォールスラッハ』の編集に加わった。 26年、日本の東南アフリカ航路開設第一船「かなだ丸」の船長として 来アした森勝衛氏と知り、森船長はプルーマーとヴァン・デル・ポストの二人を 伴い日本に帰還。 三人の間に莫逆の友情が成立した。 約二か月滞在ののち、アフリカに帰ったヴァン・デル・ポストの 幾多の親日的寄稿文が紙面を飾った。 以後ヴァン・デル・ポストの内面に、 アフリカとならんで、日本が深く値をおろすこととなる。 第二次大戦は奇しくも、彼をふたたび日本と接触させた。 イギリス陸軍に入隊した彼は、まずエチオピアにおいて、 ついで西アフリカ沙漠での対ナチ戦車戦に戦功をたて、 シリア、オランダ領東インドと、息つく間もなく転戦していった。 当時、東南アジアに破竹の進撃を行っていた日本軍に対して ゲリラ戦を展開すべく、ジャワでコマンド部隊を指揮中に、日本軍に捕われ、 ジャワのレバクセンバダという谷間に造られていた日本軍の捕虜収容所に、 43年から45年まで閉じこめられ、辛酸の歳月を送ったからである。 この間の体験が基礎となって、本訳書第一部が書かれた。 ただ、この点も含め、何点か映画と原作の相違点がありますが、 多くは話を短くまとめるように折りたたんでいるようなもので、 本質的なところで大きく違うと感じることは殆どありません。 作者によりクリスマス三部作と呼ばれているこの本は、次のような三部構成になっています。 第一部『影さす牢格子 クリスマス前夜』 A Bar of Shadow, 1954• 第二部『種子と蒔く者 クリスマスの朝』 The seed and the Sower, 1963• 第三部『剣と人形 クリスマスの夜』 終戦から五年後、クリスマスの前日に戦友のロレンスが「わたし」の家を訪れます。 そのクリスマス前夜に、主にハラの話をするのが第一部、 クリスマス当日に、主にセリアズとヨノイの話をするのが第二部、 クリスマスの夜に、主にロレンスの話をするのが第三部です。 映画は、第二部後半のヨノイのストーリーをメインに、 他のエピソードを差し込んで、第一部のラストが映画のラストになります。 一介の軍曹でありながら、実質的に収容所を支配していた強い存在感、 風刺化された日本人のような小男で類人猿を思わせる風貌と、美しい瞳。 彼の両眼は、日本人にはまれなほど大きな、つぶらな瞳で、光と光輝を帯び、 ごく上等のシナの翡翠のような、暖かな、いきいきした、輝きをもっていた。 美しい両眼のおかげで、この恐るべき男が、どれだけ滑稽に堕さずにすんでいたか、 まことに驚くべきものがあった。 その両眼をちょっとのぞきこんだだけで、 からかう気持ちは消えてなくなってしまうのだった。 この歪くれた男は、どことなくヨーロッパ人の理解を越えた、 献身的な、完全に無私の人物なのだということが、 その瞳をちょっとのぞいただけで納得がいくのだった。 (『影の獄にて』p. 42) 誰よりもひどくハラの暴力に晒されたロレンスは、ハラの理解者でもあった。 「彼は個人でもなければ、ほんとうの意味で人間でもないということなんだよ p. 43 」 ロレンスは日本の滞在経験から、日本人が、倒錯的とさえ言えるほど、 生きることより死を愛し、他のどの民族にもみられないほど、 死と自滅を美化する人たちであると感じていました。 ハラはロレンスに言う。 「君が死んだら、もっとぼくは君が好きになるだろう。 君ほどの地位にいる将校が、敵の手におちてなお生きているなんて、 どうして出来る?」 p. 65 ハラは、自分はとうの昔に死んでいると話す。 17歳で入隊する時、命は既に故郷の神社に捧げてきたと。 戦場で死神が彼の生命をもらいに来たとしても、 それは取るに足らぬ形式だけのことだと、祖先たちの霊に告げてきたと。 終戦後、ハラは戦犯として裁かれている。 ロレンスは、ハラが自分を救ってくれた「ふぁーぜる・くりすます」の話を証言する。 けれど、判決は覆らない。 ハラの辞世の句は、こんな感じだったとロレンスは記憶している。 68 ハラが絞首刑になる前夜、ロレンスは面会に行く。 ハラは言う。 わたしがあなたを義務上、殴らねばならなかったときでさえ、 殴っているのはこのわたしハラ個人ではない。 わたしはしなければならないからしているだけだ、 ということが、あなたならわかってもらえると思っていた。 あなたはわたしが殴ったからといって、にくんだりはしない人だった。 あなたがたイギリス人は公平で公正な人たちだと聞いている。 わたしたちから見れば、どんな欠点があるにせよ、われわれは、あなたがたを、 公正な民族として尊敬の目でみてきました。 わたしが死を恐れないことは、あなたもご存知でしょう。 祖国がこういうことになった以上は、私は喜んで死にます。 わたしは頭もそりましたし、浄めの水も浴び、口も喉もすすぎ、手を洗い、 ながい死出の旅にそなえて水杯もすませました。 頭からこの世の邪念を払い、躰からも俗念を清め、 この躰はいつでも死ぬ用意ができています。 心は、はるかの昔に死んだものとした以上いまさら死をいといません。 これはあなたもよくご存知のはずです。 ただ、ただ、ただ、どうして、わたしは、 あなた方が付けたような理由で死ななければならないのか? 他の死刑にならない軍人たちは犯さなかったが、 わたしは犯した悪事というようなものがあるでしょうか? わたしたちは互いに殺し合ってきました。 むろんよくないことですが、 しかし、要するに戦争だったのです。 わたしはあなたを罰したし、あなたの部下たちを殺しました。 しかし、あなたが日本人で、わたしとおなじ地位と責任を委ねられ、 おなじ行動のしかたをする場合、 たぶんあなたも、この程度に罰したり殺したりしたはずで、 程度を越えていたとは考えません。 わたしは実際、あなたにたいしては、 わたしの同国人よりも親切にしたつもりです p. 74 ロレンスは答える。 わたしの国の人たちがあなたにしようとしていることは、 不正で不公正なことだとあなたには見えるでしょうが、 これもただ、戦争中に、われわれのあいだに起こったようなことを、 もう二度と起こらないようにさせようとして、 やっているのだということ、これを考えることです。 あなたの指揮下の捕虜収容所にいたころ、わたしの部下が 絶望しそうになると、わたしがよく言ってきかせたことばがありますが、 そのことばを、あなたもご自身に言いきかせてみることです。 <敗けて勝つという道もあるのだ。 敗北の中の勝利の道、 これを、われわれはこれから発見しようではないか>と。 たぶんこれが、今のあなたにとってもまた、征服と勝利への道だと思うのです。 ハラは、日本人が真実、感動したときにする、あの激しい深呼吸をすると、こう言った。 「そ、それは、ろーれんすさん、それこそ、まさしく、日本人の考えです!」 p. 77 ヴァン・デル・ポストは、さよならという言葉の意味を反芻するように使う。 「サヨナラ、ハラさん!」とロレンスは言った。 ふかく頭をさげて、あの日本人の昔ながらの訣別の言葉を。 ここには、運命の気まぐれと呵責なさにたいする、彼ら日本人の感慨がいっぱいにこめられている。 78 そして、別れ際に、ハラはローレンスに陽気に叫ぶ。 「めりい・くりーすますぅ、ろーれんすさん。 」 p. 79 映画では、これがラストシーンに使われます。 敢えて映画が原作と違うところを挙げるなら、 このラストシーンが、微妙に違います。 まるで、いまほど愉快な気持ちになったことはかつてなかったかのように、 満面に笑みをたたえてハラが立っている、という描写はそのままですが、 原作では、更に引き続き、「目だけは笑っていなかった」という描写が続いていきます。 しかし、とロレンスは言った、目だけは笑っていなかったな。 その目には、些末な時を超越する瞬間の、光が宿っていた。 いっさいのこの世の心の葛藤が、跡形なく消え去り、無用のものと化し、 いっさいの党派心もいっさいの不完全さも去り、深い落ち着いた、 夜と朝とのあいだの輝きだけが、宿っていた。 その輝きが、ハラの奇態な、ゆがんだ容姿を、まるで違ったものに見せていた。 どことなく類人猿を思わせる、先史時代物のハラの顔は、ロレンスが かつてみたことのない美しいものに変わっていた。 その顔、その古代の瞳に宿る表情。 あまりにも心を動かされた彼は、 思わずもう一度、独房のなかに戻ってゆきたい衝動にかられた。 実際、彼は行こうとしかけたのだが、なにかが、彼を押しとどめてゆかせなかった。 深い、本能的な、自然のままの、衝動的な彼の半身は行こうとした。 行ってハラをしっかりと腕に抱き、額に別れのくちづけをし、そして、こう言いたかった。 <外の大きな世界の、がんこな昔ながらの悪行をやめさせたり、なくさせたりすることは、 ぼくら二人ではできないだろう。 だが、君とぼくの間には、悪は訪れることがあるまい。 これからゆく未知の国を歩む君にも、不完全な悩みの地平をあいかわらず歩むぼくにも。 二人のあいだでは、いっさいの個人の、わたくしの悪も帳消しにしようではないか。 個人や、わたくしのいきがかりは忘れて、動も反動も起こらないようにしよう。 こうして、現代に共通の無理解と誤解、憎悪と復讐が、これ以上広まらないようにしようではないか>と。 しかし、その言葉はとうとう口からは出なかった。 扉のわきに立つ、 士官としての彼の意識した半身は、疑ぐりぶかい、油断ない看守につき添われたまま、 扉の敷居に立ちつくして、ついに彼をハラのところに走らせなかったのだ。 こうして、ハラとその黄金の微笑には、これを最後と、扉が閉ざされてしまった。 79-80 振り返らずに刑務所を立ち去ったロレンスは、 「あらゆるクリスマスの総計を、自分が裏切ってしまったような気がして」、 刑務所に引き返すのですが、ハラの絞首刑はすでに終わっています。 映画では、最後の笑顔でカタルシスの頂点に達するように終わることを選んだのだと思いますが、 原作の第一部は、「あたらしい牢獄の影さす牢格子」のイメージで静かに結ばれます。 そして彼が自分に向かってというより、むしろわたしや暗い空にむかって、 「ぼくらは、いつも、手おくれでなければならないのだろうか?」 と問いかけたとき、彼自身はそれとは知らずに、実はわたしにもその問いをかけていたのだ。 そのことばは、わたしたちと明けの星とのあいだに、さながら、 あたらしい牢獄の影さす牢格子のように宿り、 わたしの心は滂沱たる涙でいっぱいになるのであった。 ジャック・セリエがボロボロのわら半紙に書き留めた手記が、 終戦後何年も経ってからジャワの石工により発見され、 「わたし」に送られてきていた。 ロレンスは初めてそれを読み、セリエの死の真相を知ります。 手記は百ページあり、一番長い第二部の大半がこの手記です。 間に妹が二人いたが、二人ともチフスで死んだ。 セリエは、人を惑わすほどの金髪の美男子で、何事においても完璧だった。 弟は対照的に、浅黒く、そして背中に瘤があった。 何よりその瘤のことでいじめられるのを嫌がっていた。 学校では、勉強でも遊びでも、大抵のことにわたしは抜きん出ていた。 弟はやっとの思いで試験にうかり、スポーツには興味を示さず、上達もしなかった。 わたしは足が早く、第一級のスプリンターだったが、弟は鈍足で、 根気よくとぼとぼ歩くに等しかった。 わたしは動物を、アフリカの炎のように敏捷な動物や、火のような鳥を愛した。 弟はそれらには大して興味を示さず、子供の頃から大地に育つものに夢中になった。 わたしは植えつけや種まきが我慢ならないのに、弟は耕作と種まきを愛した。 弟の不器用な指は実に見事な成功をおさめ、大地に蒔くものはすべて、 生育し花を開くように思われた。 p95-96 兄のセリエは音痴だった。 対照的に、弟は美しい声で歌が上手だった。 弟の自作の歌が、セリエにとって、弟をイメージさせるテーマミュージックだった。 <走れ、走れ、日の下を。 走れ、走れ、月夜の光の中を。 走れ、走れ、夜を抜けて。 遠い彼方に火が燃える。 長い年月を待ちわびた者がため。 > p. 106 教会に音痴な一家がいて、賛美歌の最中に弟が笑ってしまったために、 二人が待ち伏せされて喧嘩になるエピソードは、映画でも使われている通りです。 最上級生で寮長でもあったセリエは、止める手立てはいくらでもあったのに、 弟を公平に扱う寮長の姿から離れることができず、 弟は<集合>の日の最大の標的にされてしまいます。 弟は歌を歌わされ、その歌が上手であったために却ってエスカレートし、 服を脱がされ瘤を笑いものにされてしまいます。 映画で使われていないエピソードに、ストンピーというシカの話があります。 角の形が生まれつき畸形なストンピーは、いつも群れの仲間はずれで、 鹿狩りでも、みな哀れみをかけ、標的にはしませんでした。 しかしある時、兄弟で鹿狩りに行って、あまりに成果が出ず苛立っていたセリエは、 ストンピーを撃ってしまいます。 怒り出す弟に、セリエは狼狽しながら言ってしまうのです。 「ストンピーの望みだぜ。 それにこのほうが親切ってもんさ。 面白いことなんかなかったろうし。 誰も近づこうともしなかったんだ」 かつて見たこともないほど弟が激昂したのは、このときであった。 「どうしてわかるの?」と彼は激しく詰問した。 「生がこいつを必要としたに違いないんだ、でなきゃ、生まれてなんかこなかったのに」 p. 152 この頃から、セリエの中に<無>が広がっていきます。 けれども、あの時からというもの、何年も狩猟を続けてはいるが、昔のように楽しめなくなったのは事実である。 わたしはただ習慣から、銃を撃っていた。 狩猟を愛する心は、あの日の朝のストンピーとともに、 家の白い壁の背後の、有史以前の隆起の彼方の広漠たる平原に、死んだ。 だがストンピーへの愛は? いつ、どうして死んだのか? わたしが弟を生徒たちの奇妙な飢えの餌食にしてしまった午後に、 ひょっとしたら、ストンピーの運命も決まったのだろうか? しかし、わたしには問うことはできても、答えるすべがない。 ただこれだけははっきりとわかっている。 前にも話した<無>が成長の糧とするのは、まさしくかくも疑わしき些事なのである。 結婚を勧められた彼の心には、こんな問いかけが響く。 「自分のことさえわからないのに、どうして他人を引き受けられる?」 弟の婚約者の言葉は、セリエの胸をぐさりとえぐります。 「ご存知ではありませんの、お義兄さん、この人はもう歌を歌わないんですよ」 戦争が始り、セリエは志願します。 彼の経歴なら管理職も可能だと言われるも、実戦の歩兵部隊に志願して戦場に行きます。 北アフリカで戦功を納めた彼は、特命を帯びてパレスチナに行きます。 熱病に蝕まれて高熱を出した彼は、 キリストが逮捕から磔刑になるまでの数時間、弟子たちと身を寄せ合ったという場所で、 うつろな意識の中で、キリストと使徒達の幻影を見ます。 「ユダの姿が見えぬようだな。 」 といぶかしがるキリストに、セリエはひれ伏して申し出ます。 「わたしがユダでございます……こうしてここに参っております」 このことばを耳にされるとその御顔には光が差し、身をかがめてわたしの手を御手にとり給い、 熱に震えるわたしを立ち上がらせて下さるのであった。 そして、空を仰いでこう呼ばわれた。 「父よ、勿体ないことです。 これでやっと、われらはともに自由になれます。 」 「しかし、わたしは自由ではございません」とわたしはつけ加えた。 「私には弟がありました。 わたしは弟を裏切ったのでございます……」 「弟のもとへ戻って、和解をするがよい。 わたしにおまえが必要だったのと、同じことなのだ。 」 それが御返事であった。 178-179 セリエは、一ヶ月の休暇を取って故郷に戻り、弟に会いにいきます。 わたしをみると、衝撃のため彼はその場に立ちすくんでしまった。 黒い瞳がわたしのブルーの瞳をのぞきこむ。 わたしにはその光が遠い過去の一点に幽閉されているのがわかる。 わたしはそれをよく知っている。 自由になったわたしには、それが実によく理解できるのだ。 死とは人生の最後に起こる何かではないことを、ついこの間知ったばかりではないか。 それは時間の一瞬に幽閉されることである。 何らかの絶対に非宥和的な行為とか、われわれのなかの或る一面に拘禁されることである。 死とは、今の自我を更新できなくなることである。 天国も地獄も、来世にあるのではない。 地獄とは押しとどめられた時間だ。 風と星の運動に加わるのを拒絶することである。 天国とは新しい生を解放するために標石を除くこと。 それは永遠にめぐる四季と和解した人間のことである。 182 セリエと語り合った弟は、ふたたび、歌を歌います。 映画では、セリエが死ぬ前に見た夢のように、そのシーンが短く描かれています。 ジャワ島で村民を人質にされて降伏したセリエが、 日本の軍事裁判で裁かれるところ、ヨノイが彼を弁護し、 捕虜収容所に連れていく辺りから、 映画でのメインストーリーになります。 映画では多少の脚色が加えられていますが、大きくは違いません。 セリエがヨノイの両頬に頬ずりするのも、 そのためにセリエが首だけを残し地中に埋められるのも、 ヨノイが秘かにセリエの髪を切り取って持ち去ることも、 原作そのままです。 違うといえば、映画では、ヨノイは終戦後処刑され、ヨノイが切り取ったセリエの髪は ロレンスに託されたことになっていますが、原作ではヨノイは生き残り、 日本に帰国したヨノイに、ロレンスが保管していたセリエの髪を送ります。 折返しヨノイの深い謝辞をしるした手紙が送られてきた。 例の髪は神社の聖なる神火に捧げた、と。 手紙によれば神社は美しい場所にあり、秋祭りの日など、さながら全山、 山火事のように真赤に燃えさかる楓の木の生い茂る急な丘陵のなかの、 杉の木に囲まれた道をずっと潜りぬけた果てのところにある。 雲に聳える高みから滝がほとばしり、下手の川と池に流れこみ、 そのあたり、鯉と身のこなしの早い鱒が、いっぱいに泳いでいる。 まわりの空気には、さまざまな樹木の馨が漂い、ゆたかな水に清められている。 かのひとの御霊に、まことにふさわしい住処である、とあなたも分かって下さるだろう、とあり、 ヨノイの自作の詩で結んであった。 社前に赴いて深く礼をし、鋭く柏手うって、 祖先の御霊に帰朝を報告し、祖霊に読んで頂くべく、つぎの詩を奉納してきた、と。 春なりき。 弥高(いやたか)き祖霊(みたま)畏(かし)こみ 討ちいでぬ、仇なす敵を。 秋なれや。 帰り来にけり、祖霊前、我れ願う哉。 嘉納(おさめ)たまえ、わが敵もまた。 242 「ね、分かるだろう」とロレンスは感きわまった低い声で言った。 「はるかな古里で弟が兄のなかに蒔いた種子は、 沢山の土地に植えつけられたんだよ。 あのジャワの捕虜収容所にもね。 そうなんだ、日本兵がセリエをあんなふうに殺したことだってね、 実は知らず知らず、セリエの行為の孕んでいた種子に、 気づいていたことを物語るものがある。 生き埋めにしたことだって、そうだ。 新しい若木のように、まっすぐ彼を地中に植えつけたんだからね。 日本兵がセリエの行為を非認した、その非認の仕方そのものが実は、 拒否されたものの、厳たる存在を認めていたことになるんだよ。 その後、ヨノイの手で、日本の丘陵と霊のうえに植えられ、 いまここでも、こうして、きみとぼくのなかに、 その種子は生い育っているじゃないか。 」 p. 242-243 今回書いていてふと思ったのですが、セリエの弟がいじめにあう儀式が<集合>でしたが、 セリエがヨノイに頬ずりするシーンも、捕虜を全員集合させたシーンなのですよね。 なるほど…。 Lawrence』は、 LPで買い、結局CDでも買ってしまっています。 映画は最初に見てからつい先日まで、一度しか見たことがなかったですが、 このサウンドトラックは何度再生したかわかりません。 『戦場のメリークリスマス』が自分の特異点となる因縁のひとつなのですが、 はるか昔、クリスマスの夜に、8時間半という人生最大の長電話をしたことがあり、 その夜、このサウンドトラックをエンドレスでかけ続けていました。 何を話していたか、詳細は殆ど覚えていないのですが、長くなってしまったのは、 自殺した友人の話をしていたからだということだけは覚えています。 音楽が終わるとしばらく無音になり、やがてカセットテープが反転し、 またあの音楽が鳴り始める、繰り返しでした。 映画のエンディングに使われるあのメロディーに、デヴィッド・シルビアンが 歌詞をつけた歌があって、映画では使われていないのですが、 サウンドトラックの最後に収録されています。 この詩をノートに書き留めて、持ち歩いていました。 自分の中にわきおこる感情を処理する術を覚えようと 自分の中に埋められた土くれに手をつっこむ 足もとの土すら信じきれず それでも全てのことに盲目的な信仰を示そうとしながら 何度も同じ地点にたち戻ってしまう あなたと一生距てられたぼくがここにいる キリストの血か、それとも心の変化? 僕の愛は禁じられた色彩を帯びる 僕の生は(もう一度あなたを)信じる (坂本龍一&デヴィッド・シルビアン「禁じられた色彩」より) なお、セリエがヨノイに頬ずりするシーンで使われる曲は、 第二部のタイトルと同じ曲名「種子と蒔く者 The Seed and the Sower 」になっています。 最初気づかず、あるとき『影の獄にて』の翻訳の方だと知り、大変驚きました。 お会いしたとき、ちょうど渋谷のレコード店で入手していた 1934年のナチ党大会のドキュメンタリーレコードを持っていて、 少しだけネタにしていたのを覚えています。 由良先生の訃報に触れたのは、新聞の片隅のお悔やみ欄でした。 ソ連が崩壊に近づき、新しい国が次々と生まれるニュースが 駆け巡っていた頃のことでした。 どこでどんな風にその記事を読んだのかも覚えています。 一瞬目を閉じて祈りました。 美しい訳をありがとうございました。 第二部は、以下のように終わります。 生まれ、生き、死に、埋められ、そして祭られた、そのさまざまな土地から、 まるでセリエが甦ってきて、わたしの背後に立って、耳許できっぱり言っているようだった。 自分の種子を選んで欲しいと言い、あとは、 内部の種子蒔く者に、みずからの行為の中に蒔いて欲しいと祈ればよい。 それだけで、ふくよかな黄金なす実りは、すべての人のものとなるのだ」と。 (『影の獄にて』p. 243).

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ネタバレなしのオススメ映画紹介。「戦場のメリークリスマス」│かゆブロ!

戦場のメリークリスマス あらすじ

「戦場のメリークリスマス」 1983年、 大島渚監督により世に送り出された 日英合作の名画。 上映時間は123分。 今更「ネタバレしない」と言うほどの作品でもないが、まだ観ていない人の為に配慮し、 記事を書いてみることにする。 原作は 「ローレンス・ヤン・ヴァン・デル・ポスト」という著作家の、 「影の牢獄にて」に収録された作品に基づき作成されている。 あらすじ 舞台は1942年の第二次世界大戦中、 日本統治下に置かれたジャワ島レバクセンバタの日本軍俘虜収容所。 日本軍の捕虜となった英国陸軍中佐の 「ジョン・ロレス」は日本語が話せ、 捕虜の同胞との通訳を担っていた。 交流を重ねるうちに、日本の軍曹 「ハラ」と友情関係ができていく。 一方、日本軍の大尉 「ヨノイ」は、 日本軍を攻撃した末捕虜となった英国陸軍少佐の 「ジャック・セリアズ」の反抗的な態度に手を焼き、その人間性に魅せられていく。 出演役者 今作の日英合作の作品、 なんと言っても世界レベルの役者が出揃う作品となっているのが有名である。 今作の4人の主人公。 様々な登場人物の思惑が交差するヒューマンドラマとなっているが、 日本人と英国人の生活観、宗教観、道徳観までもの違いが繊細に描写される。 英国軍人捕虜に対する扱い、拷問、 現代では描かれないような生々しさがストレートに描かれる。 今作のコンセプトの一つに「同性愛」なる項目が掲げられるが、 肉体的なものではなく、精神的に訴えかけてくるような、 深の部分を削り取った作品へと仕上がっている。 デビッドボウイはアーティスト、 ビートたけしは芸人、 坂本龍一は作曲家である。 この撮影のクランク中、様々なNGが起きるが、 これをそのまま利用する大島渚監督の映画の撮り方も注目し、鑑賞したい作品である。 演技中、心理的情景を感じる描写が多いが、 それにマッチする最高の楽曲が、坂本龍一が手掛ける 「戦場のメリークリスマス」 音楽だけでも世界的に有名な楽曲なので聴いたことがある方も多いだろう。 そんな坂本龍一が手掛ける音楽たちが作中に織り込まれ、映画の雰囲気を最大に引き立てている。 配信コンテンツ 今作「戦場のメリークリスマス」今現在、 U-NEXT、等で配信されている。 上記以外も数え切れないほどの見どころがある作品、 是非とも手に取って観ていただきたい作品の一つである。

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戦場のメリークリスマスのレビュー・感想・評価

戦場のメリークリスマス あらすじ

概要 [ ] 原作は、の『影の獄にて』 に収録された2作品、「影さす牢格子」()と「種子と蒔く者」()に基づいている。 作者自身ののでの、体験を描いたものである。 に出品され、グランプリ最有力と言われたが受賞は逃した。 あらすじ [ ] 、にあるレバクセンバタの日本軍俘虜収容所で、軍属カネモト()がの男性兵デ・ヨンを。 日本語を解する俘虜(捕虜)のジョン・ロレンス()は、ともに事件処理にあたった粗暴なハラ()と奇妙な友情で結ばれていく。 一方、ハラの上官で所長のヨノイ()は、日本軍の背後に空挺降下し、輸送隊を襲撃した末に俘虜となったジャック・セリアズ()を預かることになり、その反抗的な態度に悩まされながらも彼に魅せられてゆく。 同時にカネモトとデ・ヨンの事件処理と俘虜たちの情報を巡り、プライドに拘るの俘虜長ヒックスリー()と衝突する。 東洋と西洋の観、観、組織論が違う中、各人に運命から届けられたの贈りものが待っていた。 セリアズとロレンスはを無断で所持し、ヨノイ大尉に独房入りを命じられる。 セリアズもロレンスも一緒に戦ったことのある仲で顔は知っており、独房は隣り合っていた。 ロレンスは自分の彼女の話し、セリアズは昔、弟に悪い思いをさせてしまったことを回想する。 その日はで、セリアズとロレンスはハラに呼びだされた。 ハラは酔っぱらっていて、「ファーゼル・クリスマス」と叫び、セリアズとロレンスを釈放する。 ハラは自分をだと言い、これはプレゼントだと言う。 ハラの対応に怒りを覚えたヨノイ大尉は、捕虜の全員集合を命じる。 そこには病棟の捕虜も含まれており、これはに違反していた。 重症の捕虜が1人倒れて死亡し、捕虜を庇おうとする捕虜長を、ヨノイ大尉は刀で斬ろうとした。 そこへ、セリアズが歩み寄り、ヨノイ大尉にをした。 予想外の展開にヨノイ大尉は倒れこむ。 その後、ヨノイ大尉は更迭され、新しい大尉はセリアズを首だけだして生き埋めの刑罰に処した。 セリアズは弟のことを思い出しながら死ぬ。 大戦は終わり、時は1946年。 日本軍は負け、ヨノイ大尉は処刑されていた。 1946年のクリスマス、処刑前日を迎えたハラの元へロレンスがやってくる。 4年前のクリスマスのことを思い出し、2人は笑い話に花を咲かせる。 ロレンスが立ち去ろうとしたとき、ハラはロレンスを呼び止め「メリークリスマス。 メリークリスマス、ミスターロレンス」と叫ぶ。 キャスト [ ]• ジャック・セリアズ英軍少佐 - (青年期)/(少年期)• ヨノイ大尉(レバクセンバタ俘虜収容所所長) -• ハラ・ゲンゴ軍曹 -• ジョン・ロレンス英軍中佐 - 吹き替え:• ヒックスリー俘虜長 -• 拘禁所長 -• イトウ憲兵中尉 -• カネモト(朝鮮人軍属) -• カール・デ・ヨン(オランダ軍兵士) -• ウエキ伍長 -• ヤジマ一等兵 -• ゴンドウ大尉 -• 軍律会議通訳 -• フジムラ中佐(審判長) -• イワタ法務中尉(軍律会議審判官) -• 軍律会議検察官 -• 日本兵(俘虜収容所勤務) - ,• セリアズの弟 - 作品解説 [ ] をテーマにしたでありながら、戦闘シーンは一切登場しない。 また、主要な出演者はすべて男性という異色の映画でもある。 撮影はので行われた。 ハラ軍曹らに見られる当時の日本軍による捕虜に対する扱いや、イギリスなどにおけるへの蔑視行為や()におけるしごきなど、歴史の闇の部分も容赦なく描いている。 配役 [ ] 大島が「『』と『』に出た役者だけは使いたくなかった」と話した。 当初、ハラ軍曹役には やがキャスティングされていたが、緒形はスケジュールの都合、勝とは脚本の変更を要求したため折り合いがつかず、ビートたけしに変更となった。 ヨノイ大尉役も、、 、、らが予定されていたが、各々スケジュールなどが合わず、坂本がキャスティングされた。 また、セリアズ役にもや 、映画監督の甥で当時高校生だった等にオファーをしていたが、両者とも断ったため、セリアズ役はデヴィッド・ボウイが演じる事となった。 デヴィッド・ボウイはオファーを了承した後、2年間、体を空けて待っていたという。 演技 [ ] 台本をまったく覚えずに現場入りした坂本は当然上手くセリフが言えず、絶対に監督から怒られるシチュエーションを自ら作ってしまったが、監督はなぜか相手役に「お前がちゃんとしないから坂本君がセリフ話せないんだろう! 」と怒ったという。 この監督の一種の配慮により、たけしと坂本は無事クランクアップを迎えることができた。 演技についてたけしは、「NGは監督からほとんど出されなかったけど、代わりにアフレコはさんざんやらされた」と語っている。 これは、監督からオファーを受けた際「自分は漫才師であり、俳優でありませんから、きちんとした演技はできません」と前もって伝えていたことから、監督なりの配慮がされた結果と言える。 加えてたけしがNGを出すと、代わりに脇にいた助監督が叱られたというエピソードが残っている。 当時、たけしと坂本は、2人で試写のフィルムを見て、たけしが「オレの演技もひどいけど、坂本の演技もひどいよなぁ」と語りあい、ついには2人でこっそりフィルムを盗んで焼こうという冗談を言い合ったという。 また監督の大島渚はできない俳優を激しく叱責することで有名だったため、たけしと坂本は「もし怒られたら一緒にやめよう」と約束をしていた。 演出 [ ] 作品の終盤、反抗的な俘虜長を処刑しようと日本刀を抜いたヨノイ大尉()に、セリアズ英軍少佐()が近づき頬にキスをするシーンで、画面が微妙に揺れ動いているが、これは意図して行った演出ではなく撮影機材の故障により偶然生じたものであった。 その後に撮り直したものと比較して、画面が微妙に動く前者の方が心理描写を的確に表現できているとしてこれを採用した。 後に監督は「奇跡だよ」と周囲に語ったという。 たけしがドアを開けるシーンで散々リハーサルするもタイミングが上手く行かず、ついに監督が怒り出し、「このタイミング!このタイミングがこの映画で一番大事なんだ!」と怒鳴るものの、本番直前にドアは壊れてしまう。 仕方なくドアなしで撮ったが、直後にドアが壊れた件について監督が「え?何?ドア?あんなのどうでもいいんだ!」と答えて、たけしは呆然となったという。 製作費 [ ] 約600万ドル(当時約15億円 とも 、650万ドルとも 、16億円ともいわれる。 企画を始めた1978年は、が全額出資すると言っていたが 、資金集めは難航し 、日本国内だけでの資金調達は不可能で 、松竹は大島に「途中から外国で半分持ってくれる所を探して来い」と言った。 日本人でを買って出る人物がおらず 、製作に漕ぎ着けるまでに時間を要した。 『戦場のメリークリスマス』の製作とのオープニング上映作品を探していたのが、監督の『』買い付けで知り合った同作の・に『戦場のメリークリスマス』のプロデュースを打診し、ジェレミー・トーマスが『戦場のメリークリスマス』のプロデューサーになった。 ようやく資金の目途がついたら松竹は「もう製作には参加しない、配給だけやる」と言い出した。 大島がそこで諦めていたら全て終わりだったが、大島は全財産をはたき、個人的借金をして、日本側が大島渚プロとがから、ジェレミー・トーマスが外国側の製作費を全額の銀行から引き出した。 撮影地をニュージーランドの国内、またはニュージーランド領で行うということは、ニュージーランド側からの条件の一つだった。 、、三ヶ国の合作映画だが、ニュージーランドは金を出しただけで、基本的には日英合作である。 大ヒットした後、松竹は「製作もすればよかった」と言ったという。 反響・評価 [ ] 試写会で自分の演技を見たたけしは、「自分の演技がひどすぎる」と滅入ってしまったが、共演の内田裕也やジョニー大倉は「たけしに全部持っていかれた」とたけしの存在感に悔しがったという。 一方で、大島は周辺に「たけしがいいでしょう」と漏らし、同席した作家・に、滅入っているたけしを褒めるよう要請している。 後にたけしは「すぐれた映画監督というのは、その俳優が一番見せたくない顔を切り取って見せる人を言うんじゃないかな?」と、自分の演技を引き合いに大島監督の力量を絶賛した。 後日、ビートたけしは「坂本もオイラもこの映画に客観的に参加していた、映画がこけちゃえばいいとさえ思っていた。 ほかの役者のように大島監督からエネルギーを吸い取られるようなことはなかった」と語った。 テレビ放送では1984年12月23日に23. 考察 [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2012年7月) 日本人がメガホンを取った戦争映画ながら、表面的なメッセージ性は薄い。 しかし、日本軍の捕虜への待遇 と、その根底にある日本独特の「」、「・観」や「、」、明治以降の日本人が抱いた強い欧米への劣等感と憧憬 、そして、欧米人・日本人にある「意識・意識」、「心」、「誇り」、「死と隣り合わせの」(弟の歌う 「」の曲にのって描かれる、故国ののの「」)などがより尊く描かれ、また、それを超えた友情の存在とそれへの相克がクライマックスにまで盛り上げられていく。 また、後期の大島作品に底流する「異常状況のなかで形作られる高雅な」というテーマも、登場人物らの的な感情として(婉曲的ながら)描写されている。 特別番組 [ ] テレビ朝日では大島渚、ビートたけし、デヴィッド・ボウイなど勢揃いした特別番組が制作された。 オープニングでは「レッツ・ダンス」に合わせて若い男女が踊る中デヴィッド・ボウイが登場し、笑顔でビートたけしに握手を求めた。 エピソード [ ]• も俳優として撮影に参加しているが、すべてカットされた。 これは、きよしが言う予定だった台詞を別の役者によって撮影してしまった為である。 当時、坂本と同じ事務所に勤務し坂本の付き人をしていたが、捕虜役のエキストラとして出演している(「」1982年放送から)。 当時はまだ無名の俳優だったが日本兵役として出演している。 たけしは、スケジュールの関係でほかのスタッフらより早く撮影を終えてロケ地より帰国したことから、映画の情報をとして「」などで流布した。 一例を挙げると、大島が撮影に使ったトカゲが演出意図どおりに動かないことに腹を立て「お前はどこの事務所だ!」と怒鳴りつけたことや、差し入れのうな重をたけしらが食べてしまったことに坂本が腹を立て、かわりにたけしが手配したうな重を涙を浮かべながら食べていた、などである(後に坂本とたけしの対談で、「あの時俺は泣いていなかった」、「いや泣いていただろ」といったやりとりがあり、あのような状況は食事の話題が異様になると結論づけた)。 カンヌ映画祭受賞作の発表前日に、社の記者が「明日の朝刊に間に合わないから、今、受賞したという前提で喜びの写真を撮らせて欲しい」とたけしを訪れた。 翌朝、そのスポーツ新聞には、たけしの写真の横に大きな文字で「たけし ぬか喜び」と書いてあった。 たけしは、自身がパーソナリティーを務める『』で、このことをネタに自嘲気味にトークをした。 ラストでたけしがアップになり「メリークリスマス、ミスターロレンス」と言うシーンについて、後に『』でたけしは「オレのあの顔で世界が泣いたんだぜ」と自慢した。 しかし、にはそのシーンをちゃかされ、には「世界は泣いたか知らんがな、オレは笑ったわ!」と言われ、ネタにされた。 たけしが出演していた『』のコーナー、「」でも、「戦場の」というパロディコントが放送され、カンヌ映画祭で受賞を逃したところまでネタにしていた。 撮影中、坂本龍一がたけしの部屋を訪ねると、真っ暗な部屋の中のベッドで、天井までとどくかというほど本を積み上げて勉強するたけしの姿に出くわすという場面があった。 メイキング映像の製作も企画されたが、デヴィッド・ボウイが拒否したことから、大島も許可しなかった。 のアーケードゲームの『』の収録曲「Everlasting Resort」中に『戦場のメリークリスマス』のテーマソングに類似したメロディーが存在する。 受賞 [ ]• () - ()• (1983年) - ()• 日本映画大賞• 男優助演賞()• 監督賞()• 脚本賞(大島渚)• 音楽賞()• 優秀作品賞• 優秀監督賞()• 優秀助演男優賞()• 優秀音楽賞()• 優秀美術賞(戸田重昌)• 作品部門・話題賞 脚注 [ ] 注釈 [ ]• 「邦画フリーブッキング配収ベスト作品」『』(59年)下旬号、、1984年、 115頁。 新版『影の獄にて』、訳、新思索社、2006年。 映画版『戦場のメリークリスマス』同、2009年• 春日太一『天才 勝新太郎』(文春新書)• 『内田裕也 俺は最低な奴さ』(白夜書房)• の訃報に接し、談。 (2016年1月16日、(系列)内にて。 ゲスト大島渚 息子が初めて私の映画に関心を持ってくれた」『』1983年6月19日号、、 40-44頁。 : pp. 12 - 13• - ハラ・ゲンゴ軍曹のモデル。 - 「Forbidden Colours」(禁じられた色彩)は、『戦場のメリークリスマス』のテーマ曲「メリー・クリスマス ミスターローレンス」のヴォーカル・バージョン。 外部リンク [ ]• - 原作者のローレンス・ヴァン・デル・ポスト来日記念パーティー写真など。 - (英語)• - (英語).

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