井上 靖 名言。 井上靖の名言(元気が出る)

井上ひさし

井上 靖 名言

ここで有名作家井上靖のこれまで受賞してきた作品を詳しくまとめたご紹介します。 井上靖は1936年に本人として初めて受賞されたのは「流転」という作品で第1回千葉亀雄賞を受賞しました。 その後1950年昭和25年に「闘牛で第22回芥川賞します。 1958年昭和33年)「天平の甍」で芸術選奨文部大臣賞、1959年昭和34年「氷壁」で日本芸術院賞、1960年昭和35年「敦煌」「楼蘭』で毎日芸術賞。 同じ年に「蒼き狼」で文藝春秋読者賞します。 1961年昭和36年「淀どの日記」で第12回野間文芸賞、1964年昭和39年に「風濤」で第15回読売文学賞、1969年昭和44年に「おろしや国酔夢譚」で第1回日本文学大賞。 同じ年にポルトガル・インファンテ・ヘンリッケ勲章、1976年昭和51年に文化勲章・文化功労者、1980年昭和55年に菊池寛賞、1981年昭和56年にNHK放送文化賞・仏教文化賞、1982年昭和57年に「本覚坊遺文」で日本文学大賞、1985年昭和60年に朝日賞、1986年昭和61年に北京大学より名誉博士号、1989年平成元年に「孔子」で第42回野間文芸賞されています。 井上靖は生涯で15回もの受賞歴を持つ日本の歴史に残る有名作家の1人です。 井上靖のおすすめ作品は「氷壁」です。 氷壁は1956年から1957年まで朝日新聞で連載された作品で1957年に単行本が刊行されました。 そして、井上靖の氷壁は1959年に日本芸術院賞を受賞した作品でもあります。 氷壁は1956年の作品としてかなり古い作品ですが、人気のあり1962年には映画化され1967年にはテレビドラマ化されました。 そして、1972年芋にもテレビドラマ化されています。 そして、今もなお人気のある作品で2006年にも玉木宏、山本太郎の主演で放送された作品でもあります。 氷壁は登山家の魚津恭太と親友の小坂乙彦と共に冬季の登頂を目指す作品で登山途中で雪崩に巻きこまれ切れることがないと言われていた「ナイロンザイル」が切れ小坂乙彦は死亡します。 そして切れること無いと言われたナイロンザイルは切れたのか切られたのかなど問題が浮上してきます。 井上靖のおすすめ作品は「敦煌」です。 敦煌は1959年に講談社で刊行され1960年に毎日芸術賞を受賞します。 敦煌は人気ある作品として1988年に撮影困難で映画化不可能といわれた作品を佐藤純弥監督が映画化しました。 敦煌は中国が舞台となった物語です。 あらすじは北宋の時代に主人公である趙行徳は、科挙の最終試験殿試 今で言う公務員試験 を受けるため、首都開封にやってきました。 ですが、試験中に居眠りをした趙行徳は不合格となり悲しみと失望感のかな開封の街を歩いていました。 そこでは、人肉として不貞を働いた女が売られていました。 趙行徳はその女を買い女から1枚の紙を渡されます。 そこには西夏文字と呼ばれる文字で文字が書いてあり趙行徳は西夏文字を学ぶ旅にでます。

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井上靖の一覧

井上 靖 名言

もくじ• 努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語るの意味は? 「闘牛」で芥川賞を受賞しした日本の新聞小説作家として知られる、井上靖さんが言われた言葉が 「 努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る」 ですが、Google翻訳を使い、英語を調べると、 「Those who work hard talk about hope, and those who are lazy talk about dissatisfaction. 」 となります。 井上靖さんが言おうとしていた事は、人それぞれ受け取り方が違うようです。 努力すると希望はセットである見方 「努力する」事と「希望を語る」人はセットという見方です。 努力している人は、決して後ろ向きな発言をしませんし、ネガティブな事を考えながら努力を続ける事は難しいでしょう。 努力している人は見ているだけで刺激や希望になります。 自分自身もそんな人でありたいという気持ちにさせて頂ける言葉ですね。 怠けると不満はセットである見方 一方で、「怠ける」事と「不満を語る」人はセットという見方です。 そももそ、不満があって怠けているというわけではなく、怠けたいから不満を言ってサボっているという事です。 それだけ、人は怠けるという事がいかに良くない事なのか??を表した言葉ではないでしょうか。 努力する人は怠ける人よりもポジティブに取り組む 当たり前の事を言っているのかもしれませんが、前向きなポジティブ思考な人は、夢を目標を叶えるために当然に努力をしますし、自分の周囲の人たちを巻き込み、応援してもらえるような「 希望の言葉」を吐き続けます。 しかし、怠け者はとにかく自分が努力するのを嫌うので、サボり癖がついてしまい、「 不満を言い続けて自滅してしまう」という事になるのではないでしょうか。 努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語るの出典先 井上靖さんの名言は、幸運社の「中経の文庫」にある「必ず感動する言葉が見つかる座右の銘2000」にも出典しており、多くの方に詠まれています。 朝礼やスピーチなどで使える、自分自身を奮わせるのに使える座右の銘の数々が紹介されており、井上靖さんの名言も出典されています。 努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る以外に座右の銘にしたい言葉 井上靖さんは、今回紹介した言葉以外にも、名言を残しています。 いくつか紹介すると、 「何でもいいから夢中になるのが、どうも、人間の生き方の中で一番いいようだ」 人間、夢や目標を見つけ、セットすれば、とにかく無我夢中に取り組むものです、余計な事を考えず取り組む事が、人間にとって一番良い状態という事でしょう。 「自分が歩んできた過去を振り返ってみると、何とたくさんのすばらしい、一生に一度の出会いがあることか」 今までの自分が歩んできた道は決して無駄はありません、失敗も振り返ってみればあとに繋がる事も多く、一つの上手くいかない方法を学べたという点で言えば、とても良い経験と捉える事が出来ます。 失敗に関しては、エジソンの名言の数々が有名です。 また、井上靖さん以外にも、偉人の素晴らしい努力にまつわる名言もありますので、いくつかピックアップしてみました。 座右の銘にも使えますので、良かったら参考になさって下さい。 努力にまつわる名言 努力する人は楽しむ人に勝てない 孔子 努力は進んで行うものであって、「努力している」と自分が思いながらするものでもなければ、面白くないものでもないので、努力する事自体を楽しむ心の余裕を見つけましょう。 努力する者が必ず報われるとは限らない、しかし成功した者は皆すべからく努力している はじめの一歩 鴨川源二 漫画「はじめの一歩」の主人公の師匠である鴨川ジム会長の鴨川源二が、幕之内一歩へ言った言葉です。 努力はすれば良い事があるわけでないが、才能だけで勝つ事が出来るのはほんの一握りであって、成功者は隠れてでも努力をしているものだという事を表した素晴らしい名言です。 希望なきところに努力なし 作者不明 努力するにも、夢や希望がなければ、闇雲に努力だけをしろというのは、どんな賢人でも難しいので、自分が必ず達成したい夢や目標を設定しましょう。 夢なき者は理想なし 吉田松陰 渋沢栄一氏が、後に 「夢なき者は理想なし、理想なき者は信念なし、信念なき者は計画なし、計画なき者は実行なし、実行なき者は成果なし、成果なき者は幸福なし、ゆえに幸福を求むる者は夢なかるべからず。 」 と吉田松陰の名言を元に格言にしたものですが、「 夢がない人は幸せになれない」という事を表しています。 努力する才能がないと、成長できないと思う 長友佑都 サッカーの長友佑都選手は、努力する事一つも、実は誰しもが出来ることではなく、努力するのも才能であるという事を言いますが、まさにその通りですし、努力し続けなければ成長は訪れないでしょう。 夢がある人には希望がある 吉田貞雄 流通評論家の吉田貞雄さんの「夢」という詩で使われていた冒頭のフレーズが「夢がある人には希望がある」という言葉です。 井上靖さんと同じく、夢がなければ希望もなく、希望を持たない人は夢を叶える事が出来ないという事を言っているのでしょう。 自らの道を進め 他人には好きに語らせよ マルクス 人に何を言われても、自分の信念を曲げるような事があってはいけません。 努力は努力したまま結果として現れますので、自分の道をひたすらに突き進みましょう。 よく似た言葉で、ダンテの名言があります。 「お前の道を進め、人には勝手なことを言わせておけ。 」 内容的に、マルクスとほぼ同じことを言っているのだと思います。 努力せずに何かできるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうじゃない。 努力した結果、何かができるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうだと思う。 人が僕のことを、努力もせずに打てるんだと思うなら、それは間違いです。 イチロー イチロー選手ほどの才能を持ち合わせた選手でも、自分の事を天才とおごることなく、才能ではなく努力した事を評価にしています。 才能だけでプレーできる選手は、ほんの一握りもしくはほとんどいないので、凡人である我々は人以上に努力を重ねなければいけないという事が分かるイチローさんの名言ですね。 努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る名言の意味や座右の銘にしたい井上靖の言葉 まとめ 井上靖さんの名言や座右の銘にもなる言葉の数々、いかがでしたでしょうか? 自分のモチベーションが上がる名言の数々は、本当に勇気をもらえますし、原動力にもなりますので、偉人たちの言葉から力をもらいましょう。 そして、自分だけでなく、時には思い悩んだり、成長できずに困っている人に、気付きを与える言葉として、分け与えていくというのも良いでしょう。 今回の言葉が、お読み頂いたあなたのお役に立ち、さらに周囲の人々を勇気づける言葉であれば、なお嬉しく思います。 2011年3月の東北大震災、2011年10月の母の余命宣告10ヶ月をきっかけに人生観が180度転換、サラリーマンとして死んだように生きるのではなく、 「自由な時間と経済を手に入れて、大人にも子供にも憧れられる存在、独立自尊人になる」 事を目標に起業しました。 NLP(神経言語プログラミング)や東証一部上場企業に10年勤務し培った人財マネジメントに関するコーチングやマインドフルネス導入によるメンタルトレーニングといたった人財育成コンサルティング アフィリエイトで培ったマーケティング力を活かしたWEBプロモーション事業を活かしたWEB導入コンサルティング で世の中のお役に立てるよう、日々ビジネスマインド大学で情報発信をしてまいります。

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井上靖の名言「努力する人は希望を語り、怠ける人は不満を語る。」

井上 靖 名言

1955年 誕生 旭川町 (現・) 死没 1991-01-29 (83歳没) () 職業 言語 国籍 教育 () 最終学歴 哲学科() 活動期間 - ジャンル 代表作 『』(1957年) 『』(1957年) 『』(1959年) 『』 1960年 『』(1963年) 『』(1963年) 『』(1968年) 『』(1989年) 主な受賞歴 (1936年) (1950年) (1958年) (1959年) (1960年) (1960年) (1961年・1989年) (1964年) (1969年・1982年) (1976年) (1980年) (1985年) 井上 靖(いのうえ やすし、(40年) - (3年))は、の。 、受章。 伝記の記載を年譜形式のみとすることは。 人物の伝記は流れのあるまとまった文章で記述し、年譜は補助的な使用にとどめてください。 ( 2013年3月)• (40年) - 旭川町(現:)に・井上隼雄と八重の長男として生まれる。 井上家は(現在の)で代々続くである。 父・隼雄は現在の門野原の出身であり井上家のである。 (明治41年) - 父がに従軍したので母の郷里・伊豆(現在の伊豆市湯ケ島)へ戻る。 (元年) - 両親と離れ湯ヶ島で上の祖母かのに育てられる。 (大正3年) - 湯ヶ島尋常小学校(後の伊豆市立湯ヶ島小学校。 現在は閉校)に入学。 (大正9年)2月 - 浜松尋常高等小学校(現:)に編入学。 同年4月、附属小学校高等科(現:)に入学。 なお入学前に浜松中学を受験するも落第。 (大正10年) - 静岡県立浜松中学校(現:)に首席で入学。 (大正11年) - 静岡県立沼津中学校(現:)に転入。 (昭和2年) - の理科(現:)に入学。 柔道部に入る。 (昭和4年) - 柔道部を退部、文学活動を本格化。 (昭和5年) - 第四高等学校理科を卒業。 井上泰のペンネームで北陸四県の詩人が拠った誌雑誌『日本海詩人』に投稿、詩作活動に入る。 (現:文学部)英文科へ入学する の素人下宿に棲む。 (昭和7年) - 九州帝大中退。 哲学科へ入学。 1935年(昭和10年) - 京都帝大教授・の娘と結婚。 (昭和11年) - 京都帝大卒業。 『』の懸賞小説で入選(賞)し、それが縁で大阪本社へ入社。 学芸部に配属される。 のため召集を受け出征するが、翌年には病気のため除隊され、学芸部へ復帰する。 なお部下にがいた。 戦後は学芸部副部長をつとめ、囲碁のや将棋のの運営にもかかわる。 (昭和25年) - 『闘牛』で第22回を受賞。 (昭和26年) - 毎日新聞社を退社。 以後創作の執筆と取材講演のための旅行が続く。 (昭和30年) - 講演のため旭川を訪れる。 短編「姨捨」発表• (昭和39年) - 会員となる。 (昭和51年) - 受章。 (昭和57年) - 以降、の委員を務める。 (昭和63年) - 総合プロデューサーを務める。 (3年) - 急性肺炎のためので死去。 享年83。 は峯雲院文華法徳日靖居士。 墓所は、葬儀委員長は。 (平成19年) - 生誕100周年を記念して『』がとして放送された。 作風 [ ] 小説は同時代を舞台とするもの(『』、『』、『』他)、自伝的色彩の強いもの(後述。 『』、『』他)に加え、歴史に取材したものに大別される。 は、日本で特に戦国時代(『』、『真田軍記』、『淀どの日記』他)、中国ではとりわけ西域を題材にした(『』、『楼蘭』、『』他)ものを多く描いた。 巧みな構成と詩情豊かな作風は今日でも広く愛され、映画・ドラマ・舞台化の動きも絶えない。 歴史作品を中心に各国語に翻訳され、会長時代にはしばしばの候補とされた。 は2012年3月にのペール・ベストベリー委員長に取材し、「井上靖が、非常に真剣に討論されていた」といったコメントを得たことを報じた。 が受賞した翌年の1969年には実際に候補(ロングリスト)に挙げられたことが判明している。 『』、『』、『』は、自身がモデルの主人公・伊上洪作が幼少期から青年に至るまで自伝的な作品である(井上靖自伝的小説三部作 )。 『しろばんば』 は伊豆湯ヶ島(現湯ヶ島)で過ごした幼少時代の、『夏草冬涛』は旧制の生徒だった頃の、『北の海』は沼津中学卒業後の沼津での浪人生活の1年近くの日々を描いたもので、その日常、あるいは旧制の練習に誘われ、主体の、いわゆるに明け暮れる洪作が生き生きと描かれている。 井上靖の周囲に実在した人物がモデルとして多く登場し、特に『しろばんば』中に登場する、曽祖父の妾で洪作とは血の繋がらない「おぬいばあさん」(実在の名は「おかの」)との生活は、井上靖の人格形成を語る上で欠かせないものである。 その他、老いの境地に入った実母・八重について書いた作者晩年の短編三部作として『花の下』、『月光』、『雪の面』がある(より『わが母の記 -花の下・月の光・雪の面-』の題名で発行され、審査員特別グランプリ受賞の映画『』にもなった)。 エピソード [ ] この節はなが全く示されていないか、不十分です。 して記事の信頼性向上にご協力ください。 ( 2013年3月)• 北海道生まれだが出身地は静岡県である。 随筆『郷里伊豆』に「私は北海道旭川で生まれた。 しかし年鑑や名簿などでは私の出生地は殆ど静岡県になっている。 自分で書く時は出生地は旭川、出身地は静岡県と区別して書くが…」と記している。 『私の自己形成史』の中のには「この少年時代を過ごしたの伊豆が私の本当の意味での郷里であり、ここで私という人間の根底になるものはすべて作られたと考えていいようである」と記している。 天寿を全うし、最晩年のがんを除けば病気らしい病気もしなかったといわれるが、文壇の酒豪番付の横綱常連で、60・70代になっても酒量が増え続けるほどだったという。 ノーベル賞を逃した夜は、無礼講で「ノーメル賞だ」と知人らにふるまった。 晩年にはを小説に書こうと考えていたが、実現することなく。 なお『わだつみ』は大作だが未完作である。 日本画家とは日中文化交流で終生親しく、平山が関連役職を継いでいる。 神社仏閣、日本史にも造詣が深く、複数の出版社で監修・編集委員を引き受けている。 著作の一つ『蒼き狼』の執筆の動機として、著者が旧制中学生の頃に「成吉思汗は源義経也、非ず」という論争が『中央史壇』で行われており、著者が第四高等学校へ進学した時にその友人がこの論争について言及していた事をきっかけとして、帝国大学へ進学してから『中央史壇』におけるくだんの記事を読み関心を持った(新潮文庫版『蒼き狼』の著者あとがきより)。 との間には4人の子供がいる。 長男の井上修一はドイツ文学者で東大独文卒、から教授を経て学長に就任。 やドイツ語学文学振興会の理事長などを歴任。 世紀末ウィーン文学を研究している。 二男の井上卓也は卒業後、に入社。 コピーライター、CMプランナーとして活躍後、作家デビュー。 長女に浦城いくよ(井上靖記念文化財団専務理事ほか)二女に黒田佳子は詩人がおり、各回想記を刊行している。 受賞歴 [ ]• (昭和11年) 『流転』で第1回賞• (昭和25年) 『』で第22回• (昭和33年) 『』で文部大臣賞• (昭和34年) 『』で• (昭和35年) 『』『楼蘭』で。 『蒼き狼』で• (昭和36年) 『淀どの日記』で第12回• (昭和39年) 『風濤』で第15回• (昭和44年) 『』で第1回。 ポルトガル・• (昭和51年) 、• (昭和55年)• (昭和56年) ・• (昭和57年) 『本覚坊遺文』で日本文学大賞• (昭和60年)• (昭和61年) より• (平成元年) 『』で第42回野間文芸賞 著書 [ ] 長編小説 [ ]• 『流転』有文堂 1948• 『その人の名は云えない』新潮社 1950 のち文春文庫• 『黯い潮』文藝春秋新社、1950 のち角川文庫、「黯い潮・霧の道」文春文庫、(を扱う。 映画『』原作)• 『白い牙』新潮社 1951 のち角川文庫、集英社文庫• 『戦国無頼』毎日新聞社 1952 のち角川文庫• 『青衣の人』新潮社 1952• 『暗い平原』筑摩書房 1953のち中公文庫• 『 』新潮社 1954 のち文庫• 『昨日と明日の間』朝日新聞社 1955 のち角川文庫• 『 』新潮社 1955 のち文庫• 『あした来る人』朝日新聞社 1954 のち新潮文庫• 『 淀どの日記』文藝春秋社 1961 のち角川文庫• 『満ちてくる潮』新潮社 1956 のち角川文庫• 『黒い蝶』新潮社 1955 のち文庫• 『射程』新潮社 1957 のち文庫• 『 』朝日新聞社 1957 新潮社 1957 のち文庫• 『 』中央公論社 1957 のち新潮文庫• 『海峡』角川書店 1958 のち文庫• 『 』講談社 1959 のち新潮文庫• 『』角川書店 1959 のち文庫• 『 』文藝春秋新社 1960 のち新潮文庫• 『渦』新潮社 1960 のち角川文庫• 『 』中央公論社 1962 のち新潮文庫• 『崖』文藝春秋 1961 のち文庫• 『憂愁平野』新潮社 1963 のち文庫• 『城砦』毎日新聞社 1964のち角川文庫• 『伝』中央公論社 1965 のち講談社文庫• 『 風濤』講談社 1963 のち新潮文庫• 『 』(なつくさふゆなみ) 新潮社 1966 のち文庫• 『 』筑摩書房 1972 のち新潮文庫• 『 』文藝春秋 1968 のち文庫、徳間文庫 …の漂流記• 『化石』講談社 1965 のち角川文庫• 『夜の声』新潮社 1967 のち文庫• 『』毎日新聞社 1968 のち新潮文庫• 『』中央公論社 1968 のち新潮文庫、中公文庫• 『欅の木』集英社 1970 のち文春文庫• 『四角な船』新潮社 1970 のち文庫…NHKでドラマ化• 『星と祭』朝日新聞社 1971 のち角川文庫• 『幼き日のこと』毎日新聞社 1972 「幼き日のこと・青春放浪」新潮文庫• 『わだつみ』(全3冊) 岩波書店 1977• 『流沙』毎日新聞社 1977 のち文春文庫• 『 本覺坊遺文』講談社 1981 のち文庫、文芸文庫…を描く• 『異国の星』講談社 1984 のち文庫• 『 』新潮社 1989 のち文庫 短編小説 [ ]• 『』 文藝春秋新社 1950 のち「猟銃・闘牛」新潮文庫• 『死と恋と波と』養徳社 1950• 『雷雨』新潮社 1950• 『ある偽作家の生涯』創元社 1951 のち新潮文庫• 『春の嵐』創元社 1952 「春の嵐・通夜の客」角川文庫• 『黄色い鞄』小説朝日社 1952 のち文春文庫• 『緑の仲間』毎日新聞社 1952 のち文春文庫• 『仔犬と香水瓶』文藝春秋新社 1952 「貧血と花と爆弾」文春文庫• 『風と雲と砦』新潮社 1953 のち角川文庫• 『末裔』新潮社 1954• 『花と波濤』大日本雄弁会講談社 1954 のち文庫• 『異域の人』大日本雄弁会講談社 1954 のち角川文庫• 『青い照明』山田書店 1954• 『風わたる』現代社 1954• 『愛』雲井書店 1954 のち角川文庫• 『霧の道』雲井書店 1954 のち角川文庫、文春文庫• 『春の海図』現代社 1954 のち角川文庫• 『伊那の白梅』光文社 1954 のち潮文庫(岳父を描いたもの)• 『オリーブ地帯』大日本雄弁会講談社 1954 のち文春文庫• 『星よまたたけ』同和春秋社(昭和少年少女文学選集)1954• 『美也と六人の恋人』光文社(カッパ・ブックス)1955• 『騎手』筑摩書房 1955• 『夢見る沼』大日本雄弁会講談社(ロマン・ブックス)1955 のち文庫• 『その日 そんな時刻』東方社 1956• 『魔の季節』毎日新聞社 1956 のち文春文庫• 『野を分ける風』創芸社 1956• 『姨捨』新潮社 1956 のち文庫• 『七人の紳士』三笠書房 1956 「楼門」集英社文庫• 『孤猿』河出書房 1956 のち角川文庫、旺文社文庫• 『ある愛情』三笠書房 1956• 『真田軍記』新潮社 1957 のち角川文庫、旺文社文庫• 『山の湖』角川小説新書 1957• 『白い炎』新潮社 1957 のち文春文庫• 『白い風 赤い雲』角川書店 1957 のち文庫• 『こんどは俺の番だ』文藝春秋新社 1957 のち文庫• 『少年』角川小説新書 1957 「少年・あかね雲」新潮文庫• 『青いボート』光文社 1958• 『揺れる耳飾り』講談社 1958 のち文春文庫• 『満月』筑摩書房 1958 のち角川文庫• 『』講談社 1958 のち新潮文庫• 『波濤』講談社 1959 のち角川文庫• 『旅路』人文書院 1959• 『朱い門』文藝春秋新社 1959• 『河口』中央公論社 1960 のち角川文庫• 『川』有紀書房 1960• 『群舞』毎日新聞社 1961 のち角川文庫• 『半島』有紀書房 1962• 『洪水』新潮社 1962 「洪水・異域の人」旺文社文庫• 『凍れる樹』講談社 1964 「北国の春」文庫• 『異国の旅』毎日新聞社 1964• 『羅刹女国』文藝春秋新社 1965• 『西域小説集』講談社 1965。 新版「異域の人 自選西域小説集」• 『燭台』講談社 1965 のち文春文庫• 『傾ける海』文藝春秋 1966 のち角川文庫。 とを題材にした• 『天城の雲』大和書房 1968• 『月の光』講談社 1969 のち文庫• 『崑崙の玉』文藝春秋 1970 のち文庫• 『ローマの宿』新潮社 1970 「道・ローマの宿」文庫• 『土の絵』集英社 1972 「冬の月」集英社文庫• 『火の燃える海』集英社 1973 のち文庫• 『あかね雲』新潮社 1973 のち文庫• 『桃李記』新潮社 1974• 『 』講談社 1975 のち文庫、文芸文庫• 『花壇』角川書店 1976 のち文庫• 『過ぎ去りし日日』日本経済新聞社 1977• 『盛装』文藝春秋 1977 のち文庫• 『戦国城砦群』文藝春秋 1977 のち文庫• 『地図にない島』文藝春秋 1977 のち文庫• 『兵鼓』文藝春秋 1977 のち文庫• 『月光・遠い海』文藝春秋 1977 「遠い海」文庫• 『紅花』文藝春秋 1977 のち文庫• 『若き怒濤』文藝春秋 1977 のち文庫• 『石濤』新潮社 1991 のち文庫。 遺作集• 『補陀落渡海記 井上靖短篇名作集』講談社文芸文庫 2000• 『異域の人・幽鬼 井上靖歴史小説集』講談社文芸文庫 2004. 『崑崙の玉・漂流 井上靖歴史小説傑作選』講談社文芸文庫 2018. 4 詩集・童話・現代語訳 [ ]• 『傍観者』新潮社 1951 のち潮文庫、「夏花」集英社文庫• 『きたぐに』東京創元社 1958、のち改題「北国」新潮文庫• 『地中海』新潮社 1962• 『運河』筑摩書房 1967• 『季節』講談社 1971• 『遠征路』集英社 1976• 『井上靖全詩集』新潮社 1979 のち文庫• 『銀のはしご うさぎのピロちゃん物語 井上靖の童話』小学館 1980、画。 のち「星よまたたけ」新潮文庫• 『 』学習研究社(現代語訳 日本の古典)1982、のち新版、文庫• 『 』学習研究社「現代語訳明治の古典」1982、 2006• 『井上靖 シルクロード詩集』日本放送出版協会 1982 新版1990、のち同ライブラリー• 『乾河道』集英社 1984• 『シリア沙漠の少年』銀の鈴社 1985• 『星闌干』集英社 1990 随筆・紀行 [ ]• 『西域物語』朝日新聞社 1968 のち朝日選書(オンデマンド版)、新潮文庫• 『六人の作家』河出書房新社 1973• 『美しきものとの出会い』文藝春秋 1973• 『歴史小説の周囲』講談社 1973、のち文庫、新編・文芸文庫 2009• 『カルロス四世の家族 小説家の美術ノート』中央公論社 1974 のち文庫• 『わが一期一会』毎日新聞社 1975 のち三笠書房・文庫、日本図書センター「人間の記録」• 『過ぎ去りし日日』 1977、のち日本図書センター「作家の自伝」。 元は「」• 『遺跡の旅・シルクロード』新潮社 1977 のち文庫• 『歴史の光と影』講談社 1979 のち文庫• 『私の中の風景 現代の随想』日本書籍 1979• 『故里の鏡 随想集』風書房 1979 のち中公文庫• 『きれい寂び 人・仕事・作品』集英社 1980 のち文庫• 『の星月夜 小説家の美術ノート』中央公論社 1980• 『現代の随想1 井上靖集』 1981。 『作家点描』講談社 1981• 『クシャーン王朝の跡を訪ねて』潮出版社 1982• 『私の西域紀行』(上下)、文藝春秋 1983 のち文庫• 『忘れ得ぬ芸術家たち』新潮社 1983 のち文庫• 『美の遍歴 半世紀にわたる芸術家たちとの出会い』毎日新聞社 1984• 『の自画像 小説家の美術ノート』中央公論社 1986• 『河岸に立ちて 歴史の川 沙漠の川』平凡社 1986 のち新潮文庫• 『西域仏跡紀行』法蔵館 1992。 『日本古寺巡礼』 1992。 『シルクロード紀行』(上下)、岩波同時代ライブラリー 1993• 『日本紀行』岩波同時代ライブラリー 1993 対談・共著 [ ]• 『西域 人物と歴史』、筑摩書房 1969。 新書判 のち現代教養文庫• 『アレキサンダーの道 アジア古代遺跡の旅』画 文藝春秋 1976 のち文庫• 『わが文学の軌跡』聞き手、 中央公論社 1977 のち文庫• 『四季の雁書 往復書簡』 潮出版社 1977 のち聖教文庫• 『西域をゆく』 潮出版社 1978 のち文庫、文春文庫• 『対談集 歴史の旅』創林社 1980• 『対談集 歴史・文学・人生』牧羊社 1982 全集 [ ] 大日本雄弁会講談社• 井上靖作品集 全5巻 1954 三笠書房• 井上靖長篇小説選集 全8巻 1957-58 新潮社• 井上靖文庫 全26巻 1960-63• 井上靖小説全集 全30巻 1972-74• 井上靖全集 全28巻(監修:・・) 1995-97 岩波書店• 井上靖歴史小説集 全11巻 1981-82• 井上靖歴史紀行文集 全4巻 1992• 井上靖短篇集 全6巻 1998 学習研究社• 井上靖エッセイ全集 全10巻 1983-84• 井上靖自伝的小説集 全5巻 1985 参考文献 [ ]• 黒田佳子『父・井上靖の一期一会』 2000年 他の親族・関係者の回想 [ ]• 井上卓也『グッドバイ、マイ・ゴッドファーザー 父・井上靖へのレクイエム』文藝春秋、1991年• 浦城いくよ『父井上靖と私』ユーフォーブックス、2016年• 『井上靖評伝覚』集英社、増補版1991年• 山川泰夫『晩年の井上靖 『孔子』への道』求龍堂、1993年 関係事項 [ ] 施設• (北海道旭川市)• (静岡県)• 井上靖旧邸(内)• (鳥取県大篠津町)• 井上靖記念室 (内)• 井上靖記念室 (内)• 井上靖記念室 (内) その他• 設立に関わった。 井上靖墓碑の裏側 関連作品 [ ] 映画 [ ]• 『』(1937年・松竹 監督:)• 『』(1937年・松竹 監督:二川文太郎)• 『』(1951年・東宝 監督:)• 『』(1951年・東宝 監督:杉江敏男)• 『』(1952年・松竹 監督:)• 『』(1952年・東宝 監督:)• 『』(1952年・新東宝 監督:)• 『』(1954年・松竹 監督:)• 『』(1954年・大映 監督:)• 『』(1954年・新東宝 監督:)• 『』(1954年・日活 監督:)• 『』(1955年・日活 監督:川島雄三)• 『』(1955年・松竹 監督:)• 『』(1955年・東宝 監督:)• 『』(1956年・東映 監督:)• 『』(1958年・松竹 監督:)• 『』(1958年・大映 監督:)• 『』(1960年・松竹 監督:)• 『』(1960年・松竹 監督:五所平之助)• 『』(1961年・松竹 監督:五所平之助)• 『』(1962年・日活 監督:)• 『』(1963年・東宝 監督:)• 『』(1969年・東宝 監督:稲垣浩)• 『』(1975年・東宝 監督:)• 『』(1980年・東宝 監督:)• 『』(1988年 監督:)• 『』(1989年東宝 監督:熊井啓)• 『』(1992年 監督:佐藤純彌)• 『』(1993年 監督:)• 『』(2007年 監督:)• 『』(2012年 監督:)• 『』(2015年 監督:) テレビドラマ [ ]• 『』(1963年、NET)• 『』(1967年、日本テレビ)• 『』(1972年、フジテレビ)• 『氷壁』(1972年 脚本:、NHK)• 『』(1980年 脚本:)• 『』(1980年 脚本:)• 『』(1992年、、年末大型時代劇スペシャル第8弾、脚本:)• 『』(2006年、、新春時代劇スペシャル)• 『氷壁』 (2006年、、・シリーズ第1弾)• 『』(2007年、、)• 『天平の甍』(2002年 )• 『猟銃』(2011年 演出:)• 『楊貴妃伝』(2004年 宝塚歌劇団星組『花舞う長安』) 関連項目 [ ]• - 作家。 井上同様学生時代に柔道に打ち込み、その時の体験を小説化した作品が多い。 特に『』は、井上の『北の海』の影響を受けている• - 近代文学研究者・文芸評論家。 決定版「井上靖全集」を編さん。 「 詩と物語の饗宴 「国文学解釈と鑑賞」別冊」を編んだ( 1996年)。 脚注 [ ] []• 現代ビジネス 2011年8月17日. 2019年12月22日閲覧。 『』 京都帝国大学、1936年、468頁。 『事典有名人の死亡診断 近代編』付録「近代有名人の死因一覧」(吉川弘文館、2010年)5頁• 『作家の臨終・墓碑事典』(東京堂出版、1997年)38頁• 2012年3月23日. 2012年3月25日時点の [ ]よりアーカイブ。 2012年5月5日閲覧。 2020年1月21日• スタッフ通信. 2015年2月3日時点の [ ]よりアーカイブ。 2015年2月3日閲覧。 「しろばんば」は方言で、「」のこと。 に監督、脚本の映画にもなった。 『るるぶ滋賀びわ湖'15〰'16』JTBパブリッシング〈るるぶ情報版〉、2015年、51頁。 NHK. 2020年6月13日閲覧。 外部リンク [ ]• 第43回 「夜と霧の隅で」• 第44回 「」• 第45回 該当作品なし• 第46回 「」• 第47回 「美談の出発」• 第48回 該当作品なし• 第50回 「感傷旅行 センチメンタル・ジャーニィ」• 第52回 該当作品なし• 第53回 「玩具」• 第54回 「北の河」• 第55回 該当作品なし• 第56回 「夏の流れ」• 第57回 「カクテル・パーティー」• 第58回 「徳山道助の帰郷」• 第60回 該当作品なし• 第62回 「」 1970年代• 第64回 「杳子」• 第65回 該当作品なし• 第69回 「鶸」• 第71回 該当作品なし• 第73回 「祭りの場」• 第75回 「」• 第76回 該当作品なし• 第80回 該当作品なし• 第82回 「モッキングバードのいる町」• 第83回 該当作品なし• 第84回 「父が消えた」• 第85回 「小さな貴婦人」• 第86回 該当作品なし• 第87回 該当作品なし• 第89回 該当作品なし• 第90回 「杢二の世界」、「光抱く友よ」• 第91回 該当作品なし• 第92回 「青桐」• 第93回 該当作品なし• 第94回 「過越しの祭」• 第95回 該当作品なし• 第96回 該当作品なし• 第97回 「鍋の中」• 第99回 「尋ね人の時間」• 第101回 該当作品なし• 第103回 「村の名前」• 第104回 「」• 第106回 「至高聖所アバトーン」• 第107回 「運転士」• 第108回 「犬婿入り」• 第109回 「寂寥郊野」• 第110回 「石の来歴」• 第112回 該当作品なし• 第113回 「この人の閾」• 第114回 「豚の報い」• 第115回 「蛇を踏む」• 第117回 「水滴」• 第118回 該当作品なし• 第120回 「」• 第121回 該当作品なし• 第125回 「中陰の花」• 第126回 「猛スピードで母は」• 第127回 「パーク・ライフ」• 第128回 「しょっぱいドライブ」• 第129回 「ハリガネムシ」• 第131回 「介護入門」• 第132回 「グランド・フィナーレ」• 第133回 「土の中の子供」• 第134回 「」• 第135回 「八月の路上に捨てる」• 第136回 「ひとり日和」• 第137回 「アサッテの人」• 第138回 「」• 第139回 「」• 第140回 「」• 第141回 「終の住処」• 第142回 該当作品なし 2010年代• 第143回 「」• 第145回 該当作品なし• 第147回 「冥土めぐり」• 第148回 「」• 第149回 「爪と目」• 第150回 「穴」• 第151回 「」• 第152回 「九年前の祈り」• 第155回 「」• 第156回 「」• 第157回 「」• 第159回 「送り火」• 第161回 「むらさきのスカートの女」• 第162回 「背高泡立草」.

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