アスノヨゾラ 歌詞 意味。 アスノヨゾラ 哨戒 班 歌詞

Orangestarとは (オレンジスターとは) [単語記事]

アスノヨゾラ 歌詞 意味

気分次第です僕は 敵を選んで戦う少年 叶えたい未来も無くて 夢に描かれるのを待ってたそのくせ未来が怖くて 明日を嫌って過去に願ってもう如何しようも無くなって叫ぶんだ 明日よ明日よもう来ないでよって そんな僕を置いて 月は沈み陽は昇る けどその夜は違ったんだ 僕は君の手を 空へ舞う 世界の彼方 闇を照らす魁星 「君と僕もさ、また明日へ向かっていこう」 夢で終わってしまうならば 昨日を変えさせて なんて言わないから また明日を君とこうやって 笑わせて あれから世界は変わったって 本気で思ったって 期待したって変えようとしたって 未来は残酷で それでもいつだって君と見ていた 世界は本当に綺麗だった 忘れてないさ 思い出せるように仕舞ってるの 君がいてもいなくても翔べるなんて妄想 独りじゃ歩くことさえ僕はしないまま藍色の風に吐いた幻想 壊してくれって願って踠いたって 願ったんなら叶えてしまえやって Eh... 君は言って また明日の夜に 逢いに行こうと思うが どうかな君はいないかな それでもいつまでも僕ら一つだから またねSky Arrow笑ってよう 未来を少しでも君といたいから叫ぼう 今日の日をいつか思い出せ 未来の僕ら ひいらぎの解釈 僕は、気分次第に敵を選んで戦っている少年。 叶えたい未来なんてなくて、勝手に夢に描かれるのを待ってるだけ。 そのくせ未来は怖くて、明日は嫌って、過去に縋って もうどうしようもなくなって叫んだんだ 明日なんてもう来ないでくれよって この曲の主人公「僕」は戦場で戦っている少年です。 戦ってるといっても、敵を選んで、自分の戦いたい相手だけと戦っています。 ここでいう戦いたい相手というのは、自分が苦労せず勝てる相手なのでしょう。 つまり、勝てる相手だけを選んで、自分勝手に戦っているだけなのです。 未来に希望なんて持てなくて、ただただ誰かが描いてくれる夢を待ってるだけ。 その待ってる間も、自分の勝てる戦しかしない、そんな臆病者の自分を歌っているようです。 誰かに夢を描いてもらいたいなんて思いながらも、その未来は怖い。 これだけ自分を臆病だと思っているのですから、仕方ありません。 そんな自分を変えることもできずに、どうすることもできず、 明日なんて来ないでくれと叫んでいます。 この曲はこんな未来を疎みまくっている主人公を巡る曲なのです。 君が僕の手を取っていったんだ。 先ほど、僕は明日を嫌っていました。 明日なんか来ないでくれよと願っています。 それでも、明日が来ないことなんてあるわけがなく、いつものように明日はきてしまうのです。 だけど、ここで新しい登場人物:君が現れます。 僕は普段1人で夜明けを迎えていたのでしょう。 しかし、その夜はいつもと違って、君が現れた。 そして、君は僕の手を取ったのです。 空へ舞う 世界の彼方 闇を照らす魁星 「君と僕もさ、また明日へ向かっていこう」 夢で終わってしまうのならば 昨日を変えさせて なんて言わないから また明日も君とこうやって 笑わせて ひいらぎの解釈 世界の彼方の空を舞う、空には闇を照らす一番星が輝いている 僕は言う「君と僕も、また明日へ向かって生きていこう」 夢で終わってしまうなら、辛かった昨日を変えたい そんなこと言わないから、また明日も君とこんな風に笑いたい 魁星とは北斗七星の第1星から第4星、北斗七星を柄杓になぞらえた時、水を汲み取る部分の星々のことを言います。 それ以外にも試験で一番を取った人という意味もあります。 ただここでは、闇の中で光り輝く一番星、のような意味合いで使われているのではないでしょうか。 僕はいつも通りの日常から急に君がやってきたことから、明日へ向かって生きていきたいと話します。 それまで過去に縋って生きるしかなかった僕が、明日、つまり未来へ向けての希望を見せるのです。 どうしようもなくいきていた昨日を変えたい、なんてそんな無理なことは言わない。 だから未来は君と一緒に笑いあって生きてみたい 君に出会ったことで、こんな風に心変わりがあったのでしょう。 ひいらぎの解釈 君と出会ってから世界は変わったって、本気でそう思っていた 期待したって変えようとしたって、期待した未来は残酷で それでもいつだって君と見ていた世界は本当に綺麗だった その綺麗さは忘れてなんていないよ、いつでも思い出せるように仕舞ってるだけ 僕は君と出会ってからの世界は変わったと本気で思っていました。 それまでの希望の見えない未来から、君と見る素晴らしい世界に変わったと。 しかし未来は冷酷にも残酷で。 期待したってそんな簡単に世界が変わるわけもなくて。 君と出会ってからの世界もこれまで同様酷いものだったのでしょう。 それでも君と見ていた世界は綺麗なままでした。 それは君と一緒に見ていたから。 君が隣にいたからです。 忘れることなんてなくて、僕にとって大事な思い出として心の中に仕舞っています。 きっと僕に取って、君と見た景色は掛け替えのないものなのでしょう。 君がいてもいなくても翔べるなんて妄想 独りじゃ歩くことさえ僕はしないまま藍色の風に吐いた幻想 壊してくれって願って踠もがいたって 願ったんなら叶えてしまえやって Eh... 君は言って ひいらぎの解釈 君がいてもいなくても翔べるなんて妄想だよ 君がいない、独りの状態では、僕は歩くことさえしないままで 孤独な風に君と一緒だったらと吐いた妄想だったんだ 君もいないこんな世界なら僕を壊してくれと願って、腕をもがいてしまったってできるわけもなくて 願ったなら叶えて仕舞えばいいのに、なんて君は僕に言ったんだ 僕は君と一緒に翔ぶことを知ってしまい、独りで翔ぶ怖さを知ってしましました。 君がいなくたって、思い出さえあれば翔ぶことができると思っていましたが、そんなことはあるはずもなく。 君がいなくなってしまい、独りになった僕は歩くことさえできないままで、 独りでなんでもできるなんて、孤独で潰れそうになった僕の吐いた妄想だったと気づいてしまいます。 独りの辛さに気づいてしまった僕は、君がいないようなこんな世界なら、僕を壊してしまって欲しいと。 もう何もできないなら、腕をもがいてしまって欲しいと願います。 でもそんなこともできるわけがなく、独りで進むことを選んでしまうのでした。 そんな願いを聞いた君は、「願ったんだったら叶えればいいのに」 なんて、涼しい顔で僕に語りかけます。 また明日の夜に 逢いに行こうと思うが どうかな君はいないかな それでもいつまでも僕ら一つだから またね Sky Arrow 笑ってよう 未来を少しでも君といたいから叫ぼう ひいらぎの解釈 また明日の夜にでも会いに行ってみようかななんて思うけど、 やっぱり君はいないのかな それでも、君がいなくなっても僕と君はずっと一つだから 笑っていよう 未来を君といたいと願うから、未来に向かって叫ぼう 先ほどの歌詞の中で、君は僕に向かって、壊れてしまいたいならそうすればいいのにと声をかけます。 しかし僕は、まだ君がいるかもしれないこの世界なら生きてみようと決意します。 僕は明日の夜にでも君に会いに行ってみようと思っています。 君はいないかもしれないと思いながら。 それでも僕は君と一緒だから笑って翔んでいよう、と。 独りで翔ぶことの恐怖を克服したのでした。 未来は君といたいと願って、未来に希望を持っているのです。 この曲の中で、主人公:僕は君というかけがえのない相手に出会って、別れて、それでもその思い出を胸に未来に希望を持つようになりました。 アスノヨゾラ哨戒班とは、君を見つけるためにアスノヨゾラ=未来を見て回るということなのではないでしょうか?.

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アスノヨゾラ哨戒班

アスノヨゾラ 歌詞 意味

本日8月19日20時37分をもって、アスノヨゾラ哨戒班は投稿5周年を迎えました。 (Youtubeには後日投稿なので、ニコニコ動画上での換算) 5周年かぁ…筆者がこの曲を知ったのはなので正確にこの5年間をこの曲とともに過ごしてきたわけではありませんが、それでも感慨深いものです。 Twitterではしばしば「古のオタクに刺さる曲〜」などとして黎明期のボカロ曲を載せたツイートがバズったりしますが、あと数年もしたらアスノヨゾラやウミユリ海底譚、ECHO、ビビカセあたりもこのラインナップに 駆り出されるのでしょう。 逆にまだまだ現役で聴かれ続けている限りは大丈夫ということですね。 さて、筆者はこれまでもOrangestarやアスノヨゾラ哨戒班についてのnoteをいくつも書いてきました。 もったいぶる必要もないのでさっそく発表します。 わたしが「アスノヨゾラ哨戒班」の詞でいちばん好きな1文字は… 2番サビ冒頭 また明日の夜に 逢いに行こうと思うが の「思うが」の 『が』 です。 (ここで全世界のアスノヨゾラファンからの「分かる〜」「それな〜〜〜」の声、拍手喝采、スタンディングオベーションが起こる) ・・・えっ!?分からない!? 仕方ないので説明しましょう。 と言っても説明するのはむずかしく、 「ここの『が』、なんか知らんけどめっちゃ好きだ」という 感情がまずあり、その感情が自分の中で発生している仕組みを後付けで考察しているだけです。 神は「ここすき」と言われた。 すると「すき」があった。 と『創世記』第1章第3節にもあるように(ない)、現象というのは神を持ち出さない限りは常に理由に先立ちます。 感情の発露というのも物質世界で起こるひとつの現象に過ぎませんから、「好き」の理由を求めるのはその名の通り"求める"行為、本質的に後付けのものでしかありません。 しかし、後付けだからといって好きな理由を分析する意味がないわけではありません。 言葉によって感情を解きほぐすことで、自分でも見えていなかった感情の一面が明らかになり、より豊かな「すき」へと昇華させることができるのです。 そうして新しく生まれ変わった「すき」も現象でしかありませんが、もとの現象よりも一歩豊かになっているという点において、価値は大いにあります。 閑話休題。 「また明日の夜に 逢いに行こうと思うが」の 『が』が好きだ、という話でした。 ここは2度目のサビ冒頭ということで、曲全体のなかでもいちばん盛り上がる部分になります。 なぜ「が」の1文字がそんなにピンポイントで好きかと言えば、 ・歌詞の流れとしてここの文節末に「が」が来るのに少し 違和感を覚える ・それでも歌のリズム的にはこの「が」でしかあり得ないような ドンピシャなハマり方をしていると感じる からです。 つまりは「 違和感と納得感が同時に感じられる」のです。 サカナクションの山口一郎氏が言うところの「よい違和感」という観念に近いかもしれません。 ひとつずつ説明します。 接続助詞はこの後に来る文との橋渡しを担っているため、後の歌詞もまとめて表記しましょう。 また明日の夜に 逢いに行こうと思う が どうかな君はいないかな つまり、「また明日の夜に逢いに行こうと思う」という文と「どうかな君はいないかな」という文を 「が」は繋いでいるわけですね。 さて、このような接続助詞の「が」には大きく分けて3つの用法があるようです。 (引用元:) まず、ここでの「が」は並立の関係を表すものではないでしょう。 すると1番目の「確定の逆接」か2番目「単純な接続」のどちらかになりますが、どちらなのか判断するのが結構むずかしい。 「(君に)逢いに行く」ということから当然「君」がそこに「いる」ことが予想されるにもかかわらず「君はいないかな」と続くため、確定の逆接のような感じがしますが、そもそも「逢いに行く」ことは確定しておらず思っているだけであり、しかも「君はいない」のも確定事項ではなく「君はいない"かな"」と思いを馳せ心配しているだけです。 したがって、専門家でもなんでもない筆者が判断するに、ここでの「が」は逆接っぽくみえて「単純な接続」を表す接続助詞です。 そういうことにしましょう。 というか、そもそもこの2つの用例(逆接と単純接続)の間にはゆるやかな連続性があり、バシッと 明確に区分けができないということが専門家からも指摘されているようです。 さて、接続助詞「が」は、「けれど」「けど」等の接続助詞と 置き換えが可能です。 じっさい、 また明日の夜に 逢いに行こうと思う けれど どうかな君はいないかな や また明日の夜に 逢いに行こうと思う けど どうかな君はいないかな という風に「が」を置き換えても、歌のリズムを度外視すれば「文章としては」違和感がありません。 というか、むしろこちらのほうが しっくりくるのではないでしょうか。 その理由は、 話し言葉(口語)と書き言葉(文章語)のどちらに合うか、という性質の違いに起因すると思われます。 「けれども」は、「が」と用法上の違いはなく、ほとんどの場合言い換えが可能である 中略。 話し言葉で「けれども」を用いるほうが丁寧な感じを与えるという程度に過ぎない。 一方、文章語としては「けれども」よりも「が」を用いることが多い。 なお、「けれども」は「けれど」「けども」「けど」の形でも用いられるが、この順で丁寧さが薄れ、特に後の二つはくだけた話し言葉でしか用いられない。 (参考:) ここで問題になってくるのは、 曲の歌詞は話し言葉か書き言葉か、ということです。 一般的に考え出すときりがないため、あくまで『アスノヨゾラ哨戒班』の歌詞は話し言葉と書き言葉のどちらに近いか、に焦点を絞ります。 すると、多くのひとが「 話し言葉に近い」と答えるのではないでしょうか。 「叶えたい未来も無くて 夢に描かれるのを待ってた」 「忘れてないさ 思い出せるように仕舞ってるの」 これらの部分を見れば分かるとおり、この曲の詞は 比較的くだけた口語調(独白調)で綴られています。 もう少し書き言葉に近づけようと思えば 「叶えたい未来も 無く 夢に描かれる ことを待って いた」 「忘れて いない 思い出せるように仕舞って いる」 のように丁寧にすることが可能です。 元々の「〜てた」「〜さ」「〜(する)の」といった語尾は、この詞の語り手が親しい間柄の他者、あるいは自分自身に向けて 心情を吐露していることの表れでしょう。 また、そもそも 「気分次第です僕は 敵を選んで戦う少年」 と唄っているように、この語り手は「少年」なのです。 では、こうした少年による口語調の詞において、問題となっている「逢いに行こうと思う"が"」は ふさわしいか。 筆者にとっては「思うけど」や「思うけれど」のほうがしっくりきます。 というのも、特に若者の話し言葉でこのような「が」ってあまり使わない気がするのです。 「今日予定空いてる?」 「んー、ヒマだけど」 と言う会話で、「んー、ヒマ だが」と置き換えると違和感があるでしょう?少し堅苦しく角が立った印象を受けます。 余談ですが、『未確認で進行形』の主人公である夜ノ森小紅は女子としては珍しくこうした角張った口調で話す特徴をもっています。 それが逆に彼女のチャームポイントになっているのですが、架空の人物のキャラ作りの一つとして用いられるくらい、日常会話で若者が「が」を使うことは珍しいのだと言えるでしょう。 というわけで、アスノヨゾラ哨戒班においては、 また明日の夜に 逢いに行こうと思う けど としたほうがそれまでの歌詞の口調的にしっくりくるにもかかわらず また明日の夜に 逢いに行こうと思う が としている点で違和感があるのです。 この納得感というのは歌ったときのリズムの良さということですが、そもそもアスノヨゾラのサビの部分の歌詞はかなり トリッキーな歌メロをしています。 それを最後の4小節目では「逢いに行こう」のあとで 間が空き、そして「と思うが」を一気に詰まるように歌い切ります。 つまり、サビ冒頭の4小節のなかで考えれば「思うが」の「が」は 大きく華麗なジャンプの最後の着地にあたり、ここが決まるか決まらないかというのは曲全体にとっても極めて重要な1音なのです。 これは2番のサビですが、これに対応する1番のサビを見てみましょう。 具体的には、2番のように4小節の前半を長音で占めずに、「世界の彼方」のあとで真ん中に空白(休符)があります。 そして逆に「闇を照らす魁星」の伸ばす音が最後にあります。 こうしてみれば、1番と2番がちょうど対極のリズムというか、相補的な関係にあることが分かります。 伸ばす音で終わるということは、ジャンプが続いているということであり、まだ着地させる必要はありません。 そう考えれば、2番サビの「思う が」という部分は、1番からずっと続いてきた壮大な飛翔に一区切りつける役割を担っていると誇大解釈してしまってもいいかもしれません。 まさに「たかが1音、されど1音」を地で行っています。 (ちなみに、「1番と2番の歌メロが違う」のは他のOrangestar楽曲の多くにも当てはまります。 それがもっとも顕著なのは2ndアルバムのラストトラック『八十八鍵の宇宙』で、3番までの全てのサビメロがかなり違います。 メロディメイクのセンスが溢れすぎてる。 モーツァルトかよ) ここまでは「歌」のリズムとしての納得感でしたが、純粋な「言葉」としての魅力ももちろんあります。 前述のとおり、ここで「思う が」という歌詞が来るのは文章としてみれば違和感があります。 そしてその違和感というのはあとに来る歌詞と並べるとよりいっそう際立ちます。 また明日の夜に 逢いに行こうと思うが どうかな君はいないかな そう、「思うが」のあとには「どうかな 君はいないかな」という詞が続くのです。 接続助詞の「が」がどこか堅苦しくいきなり大人びた印象を与えるのに対して、「どう かな君はいない かな」で二重に繰り返される「 〜かな」という終助詞「か」「な」の合わさった連語。 これはどこか 不安定で幼い印象を受けます。 全体としては少年の口語調なので「不安定で幼い」というのは文脈に合っているのですが、その前の「が」があるためにその不安定さ、幼さが 再び鮮やかに際立って聴こえるような気がするのです。 全体としては青くみずみずしい詞において、ただ1音だけ特異点のように違和感のある言い回しを曲の肝心なところに穿つことで、曲全体の詞が引き締まり、いっそう鮮やかにみずみずしくなる。 これが、アスノヨゾラ哨戒班において筆者がいちばん好きな1文字「が」の魅力です。 なんだか不相応に壮大な話になりましたね。 ここまで、「が」の持つ魅力について「詞としての違和感」と「歌としての納得感」という2段階に分けて語ってきました。 おそらく作詞をしている人にとって ・歌としてのリズムや響きを優先するか ・詞としての意味や整合性を優先するか という 二者択一はことあるごとにぶつかる問題でしょう。 言ってしまえば長々と書いてきたこの「思うが」という歌詞だって、もしかしたら本人が 「ん〜〜〜〜『逢いに行こうと思うけど』にしたいけどリズムが上手くはまらないなぁ〜。 ・・・そうだ!『逢いに行こうと思うが』ならピッタリじゃん!完璧!」 という風に歌としてのリズムを優先して選んだ だけなのかもしれません。 しかし、作者がどう考えて作ったのかというのは私たちの 知ったことではないし、筆者にとっては「その曲が 自分にとってどんな意味をもつか」こそがただひとつ重要なことなのです。 『逢いに行こうと思うが』の『が』というたった1文字は、筆者にとってこれくらい大きな意味を持ちました。 はじめは理由も分からないままの「すき」という気持ちから、そしてこのようにその気持ちを分析していく過程で自分にとってさらに大きく豊かで深みのある「すき」へと育っていきました。 筆者はべつにこのnoteを通じて「オレはこんなにも1文字まで曲を聞きこんでるんだぜすげえだろう」とマウントをとるつもりはありません。 さて、長くなりましたが、改めて『アスノヨゾラ哨戒班』5周年おめでとうございます。 これからもどうぞよろしくね。 そして明日、8月20日はOrangestarさんの誕生日です。 おめでとうございます。 再びあなたのやりたいことが形になった音楽を聴けるのを楽しみにしています。 それでは。 【これまでに書いたOrangestar語り】.

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アスノヨゾラ哨戒班の歌詞で一番好きな一文字|kqck|note

アスノヨゾラ 歌詞 意味

どうもはじめましてアホ毛と申します。 初めに軽く自己紹介を。 改めましてアホ毛です。 別名を ねぼすけあっきーと言います。 普段はギターの演奏 弾いてみたやオリジナル曲へのギター入れ,ライブでの演奏 やオリジナルの作詞作曲 まだ1曲だけなので作詞作曲してると言っていいものなのか…笑 をしている学生です。 来年から社畜ですよろしくどうぞ 白目 と言ってもねぼすけあっきーとしての活動はボカロ処女作を去年の夏に投稿して以来、曲を投稿していないのでボカロp免許は剥奪されたも同然ですし、Orangestarが去ってから謎の燃え尽き症候群?により弾いてみたの投稿本数も絶賛激減なうです。 人様のオリジナルへのギター入れはちょくちょくやっているので気になったら是非僕のTwitterのマイリストから飛んでみてください。 あ、そうそうさいわさくんの曲にもギター入れしたやつもありますよ 小声 さて、何故僕が新しく垢を作ってボカロリスナー界隈に入ろうと思ったのか。 原因は奴です。 さいわさくんです。 遡れば彼とは3,4年くらい前?からの付き合いで知り合った当時はお互いOrangestarが好きな人くらいの認識でしたが気がつけば彼と一緒にライブしたり彼の家にお邪魔しに行って作曲合宿したり彼の曲にギター入れをしたり…。 寝る前とか疲れてる時にかかってくると正直イラッとします。 というかちょっとしてました笑 「こいつ、ホントに受験生の自覚あるのか…。 つまらん内容だったら切ってやる」 そう思いながら通話してるとまぁ僕の知らないボカロをバンバン紹介してくるんですよ。 僕がにわかなだけです笑 それが結構僕の好みドンピシャなやつが多くて。 「これいい!好き!マイリスマイリス!!」 「や、いい曲だけどこれは好きくないなぁ」 「この曲のここがいい。 」 ってな感じでひたらすら彼が紹介してくる曲達を聴いて気に入ったらマイリス、内容は浅いけど曲の好きな部分とかを語り合ったりしてると大体朝の4時とかになってます でもね、それが楽しくてやめられないんですよお互い笑 こうして文章に書き起こすと僕ってずいぶんと単純な男じゃないか?笑 乗り気じゃなかったくせに気づいたら楽しんでるしなんなら最近それがちょっとした楽しみになってきてるし…笑 いやでもホントにいい友人と出会えたものですよ。 こんなにお互い好きなことを長時間話せる友人なんてなかなかいないですし話を持ちかけてくれて付き合ってくれるさいわさくんに感謝ですね。 さて、話が大分脱線してしまった気がするのですが僕がリスナー界隈に足を踏み出してみようと思った理由は大きくわけて2点。 ひとつは、さいわさくんに彼が知らない曲を僕が紹介してハマってくれた時。 普段は彼の圧倒的な手札から繰り広げられる曲を僕がただ受け止めるのですが極たまに、本当に極たまに。 僕の数少ない手札から彼の知らない曲を紹介してそれが彼にクリーンヒットした時の気持ちよさ。 あのえも言えぬ気持ちよさ。 会心の一撃決めてやったぜ!って感じのやつ。 アレは普通に嬉しかったなぁ。 自分がいいと思ったものを相手に紹介してそしてそれを相手がいいと共感してくれる。 リスナー冥利に尽きるとはこういうことを言うのかな。 なんて。 ふたつめ。 ふたつめはさいわさくんがとにかくリスナー界隈は楽しいと嬉しそうに毎回話すので単純にリスナー界隈に興味が持ちました。 彼がボカロ好きなのは知っていましたが一体界隈の何が、彼をこうさせるんだろう。 そんな興味が湧いたので僕も界隈に行こうと決めました。 以上ふたつの理由がリスナー界隈に足を踏み出してみようと思ったきっかけです。 好きなことを共有できれば嬉しいなぁなんて思ってます。 さて、ここまでが自己紹介と界隈に来たいと思った理由です。 いやぁ長いね。 長すぎる!笑 改めて読み返してみたけど朝礼時の校長先生の話か!って並に。 語彙力とまとめる力ないので読みづらいのは勘弁してください…。 ホントにここまで読んでくださった方ありがとうございます。 ここからやっと本題ですがしばしお付き合いください。 さて、お待たせいたしました。 僕がnoteで初めてvocanoteを書くとしたら絶対にこの曲だ!と決めていた曲があります。 Orangestarさんの アスノヨゾラ哨戒班です。 皆さんご存知アスノヨゾラ哨戒班ですが僕にとっては原点にして頂点。 そして僕を変えてくれた曲でもあります。 それ以上でも以下でもありません。 僕がこの曲と出会ったのは2014年の8月。 高一生の夏です。 この一文でソワソワしたあなた。 私と同種です。 ようこそこちら側へ。 当時僕は毛嫌いしていたものがひとつあります。 ボーカロイドという歌を歌う機械です。 やれリズムが早い、やれ声が甲高い、歌詞が意味不明で何を言ってるのか分からない。 そしてそれらを聴いてる奴らはまとめてそういうオタクなんだろ? 冗談じゃない、そんな奴らと僕は違うんだよ。 たいしてボカロ曲を聞いたことすらないのに酷い偏見を持っていた16歳の少年。 それが僕です。 僕のボカロ嫌いは昔からで中学の時、同じ部活にいた後輩K君が僕に「最近ボカロにハマってるんですよね」とある日突然カミングアウトしました。 それに対し僕は「きょっしょww え?Kくんってボカロとか聴くんだ?w ないわー」と一刀両断。 その子が聴いてるボカロ曲 確かマトリョシカと深海少女 とやらを後日聴きましたが僕の脳はボカロを拒絶する仕組みになっているのか1サビすら聴かずにブラウザを閉じました。 今考えるとホントに酷いことをしたなぁと。 ごめんよKくん…。 なんだかんだで月日が流れていき時は2014年8月後半。 田舎にある小さな高校で僕はなんの夢も希望泣くただただボーッと生きている高校生になっていました。 そんなある日、いつものようにYouTubeでのオススメを探してると一際目立つ綺麗とか美しいとかでは表しきれない空のサムネイルに目が釘付けになりました。 昔から何故か知らないが空とか青いものが大好きで身の回りの物を青で揃えたりするほど空と青が大好きでした。 そんな僕がこんなサムネイルを見逃すはずはなく。 タイトルさえ読まずすぐさまに再生ボタンを押しました。 再生までに少し時間のかかるポンコツAndroidを使っていた僕はタイトルに目をやりました。 タイトルは「アスノヨゾラ哨戒班を歌ってみたby天月」 「歌ってみた…つまりはボカロか。 まぁでも友達の紹介で天月は知っていたし全然好きだしボカロが歌ってないなら聴くか」 そして曲が流れ始めたので聴いてみる。 … 「ボカロにしては案外いいじゃん?」 結構気に入った僕はすぐにリピートボタンを押しました。 2週目を終えた僕 「めっちゃいい!スマホに落として聞こう!」 その日、またその次の日、そして1週間天月さんが歌うアスノヨゾラ哨戒班を聞きまくっていました。 そして1週間とちょっとが経ったある日何を思ったのか僕はアスノヨゾラ哨戒班の原曲を聴いてみようかなとふと思いました。 最初に歌みたのアスノヨゾラと出会った時と同じようにYouTubeで探しました。 原曲の使用VOCALOIDはIA。 初音ミクじゃないんだ。 へぇー。 知らないな。 そういや歌詞もしっかり見たことあんまないしせっかくだしイヤホンで聴いてみるか。 珍しくイヤホンをして画面を横にして聴いてみました。 再生するとIAの声とベースが耳に流れ込んできます。 IAって割と低い声なんだ。 僕ははじめてきくIAの声はこんな印象でした。 サビで印象は一変しました でもボカロのわりには嫌いじゃなくスっと聴けました。 そしてずっと同じコード進行のベース。 当時僕は音楽に関して全く興味と知識がなくあまり気にした事ありませんでしたが今聞き返してみるとあのベースの音よ。 笑 なんだあのアンシュミすら通してないようなペラッペラのベース笑 ずっとぺンペンペンペン〜と同じ強弱で。 まぁこの曲はこれがよさでもあるんですが。 この曲は超シンプルな楽器編成 ベース,ドラム,電子音? でかつコード進行はずっと小室進行を繰り返すだけ。 オケだけで見るとなんとも貧相なオケでしょう 失礼 しかしこのオケが彼の天才的でエモーショナルなメロを際立たせるのです。 他の人がこのオケにメロを入れたらどんな曲になるのか…。 そして歌詞にも目を通します。 気分次第です僕は 敵を選んで戦う少年 叶えたい未来も無くて 夢に描かれるのを待ってた そのくせ未来が怖くて 明日を嫌って過去に願って もう如何どうしようも無くなって叫ぶんだ 明日よ明日よもう来ないでよって コレ。 入りからずるくないですか。 このド頭の歌詞が凄く当時の僕と同じというか自分と重ねてしまい、強烈にこの言葉が頭にこびりつきました。 自分が勝てそうな敵しか選ばず将来の夢も特になく。 つまらない日々を送り続けてこの先いつか働かなくては行けないのか、自分がやりたいことはなんのか、何をしたらいいかもわからず、何にもなりたくなかった。 そんな僕にこの歌詞は凄く胸に刺さりました。 そんな僕を置いて 月は沈み陽は昇る けどその夜よは違ったんだ 君は僕の手を そして曲はBメロへと進んでいきます。 一旦ベースと電子音だけの夜の月が見えるような静かな時間になり陽が昇るかのようにドラムが入り電子音も迫力を増し、サビへ向かっていきます。 僕なんて世界にとってはどうでもよくて、おかまいなく置き去りにして時間は進みます。 現実の僕と一緒じゃないか。 けどその夜は違ったんだ君は僕の手を。 これも歌詞と一緒でその夜は違いました。 君が 僕にとってはこの曲が 手を差し伸べてくれました。 空へ舞う 世界の彼方 闇を照らす魁星かいせい 「君と僕もさ、また明日へ向かっていこう」 夢で終わってしまうのならば 昨日を変えさせて なんて言わないから また明日も君とこうやって 笑わせて これはもう涙せずにいられないでしょ。 悩みとか将来なんてどうでもよくなるほど君があまりにも眩しくて僕の闇を照らしてくれる。 僕と一緒に明日に向かっていこうと声をかけてくれて共に歩んでくれる。 泣かないわけがなかった。 そして昨日を変えさせてなんてないものねだりはしないからまた明日も君といつもみたいに笑っていたい。 現実味のある歌詞がこれまた刺さって。 ここまで1サビですが現実の僕と重ねてしまい凄く歌詞が心に刺さってめちゃくちゃ泣きましたね。 何回言うんだ 結構僕と同じような人多いのではないでしょうか。 アスノヨゾラがここまで人気になったのは夢も希望もなく生きている人に凄く強烈に響いて共感を受けた人が多いのがひとつの理由としてあるんじゃないかって勝手に思っています。 僕個人の勝手な解釈です。 そして電子音が目立つ間奏の後ベースと電子音だけの音数が少ない落ち着いた展開が8小節続きます。 あれから世界は変わったって 本気で思ったって 期待したって変えようとしたって 未来は残酷で それでもいつだって君と見ていた 世界は本当に綺麗だった 忘れてないさ 思い出せるように仕舞ってるの 現実を変えようとすることはそう容易いことではなくて、残酷で非情なんだって。 そう痛感する歌詞ですね。 それでも君がいた世界は素敵でもう一度その世界を見たくて忘れたくないからその記憶を忘れないように閉まっている。 閉じ込めている。 人間という生き物は過去のいい思い出に縋ってしまいなかなかうまくいかないことがある。 この歌詞を見るたびに過去に縋る自分を哀れだなと思っていました。 あと しまってるを 仕舞ってるという表現したのは何故なんだろうと前から思っています。 仕は〜する。 舞ってるは振舞っているのかななんて勝手に解釈していました。 忘れたくないから思い出せるよう振舞っているのかななんて。 君がいてもいなくても翔べるなんて妄想 独りじゃ歩くことさえ僕はしないまま藍色の風に吐いた幻想 壊してくれって願って踠もがいたって そしてここから早口のメロになっていきます。 2番からの展開が普通の曲と全く違う斬新な展開なのもまたアスノヨゾラの良さでもあります。 君がいなくても変えられるぞと奮起する妄想をするだけで何も行動に移さないくせにこの世界を壊してくれと願う。 これは僕今も言えるんですけど変えたい変えるぞ!って妄想するだけでなかなか行動までにいかないんですねこの過程のしんどさは弱虫だから凄く共感してしまいました。 結局君がいないと何も出来ない弱虫なんだ。 願ったんなら叶えてしまえやって Eh... 君は言って ここの歌詞にどれだけ心を動かされたか。 この歌詞が個人的に一番好きですね僕は。 この部分をライブで皆で熱唱した時は不覚にも涙でそうになった記憶がある。 願ったんなら叶えちゃえばいいじゃない。 そんな軽いノリで言われてもそんな簡単じゃないだろ。 でも何故だろうこうもグッと背中を押される感じ、そして軽いノリの言葉に聞こえるのにこの1文の言葉が僕の心を突き動かしてくれる。 また明日の夜に 逢いに行こうと思うが どうかな君はいないかな それでもいつまでも僕ら一つだから またね Sky Arrow 笑ってよう 未来を少しでも君といたいから叫ぼう 今日の日をいつか思い出せ 未来の僕ら ラスサビです。 僕は君の言葉に心を打たれまだ見えない明日の闇へと飛び出します。 君がいるかも分からないのに。 それでもいつまでも僕らは1つだと信じて。 これは明確なハッピーエンドかどうかは分かりませんが僕はハッピーエンドだと思っています。 君がいなくても1歩を踏み出せた。 君に会えずとも僕は前に進めた。 だからさよならは笑顔でしたい。 またいつか会える保証はないが今日という日を忘れないように。 ラスサビで別れの歌、さよならする歌だとやっと分かりますね。 本人も別れの歌とTwitterで言ってました。 別れの歌は個人的にしんみりとしてまう曲が多いイメージですがこの曲はしんみりとしてしまうところもあるが背中を押される、前を向けるような前向きさが強くある印象です。 そして またね、Sky Arrow。 ここの歌詞の意味はあまり理解していませんでしたが色んな人の解釈を見てなるほどなと思ったのがふたつ。 ひとつはSky Arrowは飛行機。 この曲は彼がアメリカに旅立つときに友人に向けて創った歌でSky Arrowは飛行機のことを指しているのではないかということ。 未完成エイトビーツのジャケ写だったり快晴でも飛行機が二機、登場してくるあたり説得力は高かった。 もうひとつは流れ星。 直後の歌詞である 笑ってよう 未来を少しでも君といたいから叫ぼう 今日の日をいつか思い出せ 未来の僕ら は流れ星に叫んだ願い事だった。 こういう解釈の仕方もあるんだなと。 一通り曲を聴き終えた僕は無我夢中で1曲リピートして時間さえあれば原曲を聴いていました。 学校へ登校するときにチャリを漕ぎながら「空へ舞う〜」と歌いながら坂を下った風景を何故だか分からないけど今でも昨日の事のように鮮明に覚えてます。 僕はこの曲を聴いた事がきっかけで彼のことが気になりおっかけをはじめて、空奏列車やキミノヨゾラ哨戒班を聴いてギターをはじめそして音楽を始めるようになりました。 いずれここらの話も書きたいな 嫌いだったボカロはいつしか大好きに変わりむしろ原曲厨になるくらいで笑 この曲に出会ったおかげで自分が体験したことないものに偏見を抱くのはやめるようになっていきました。 自分の大好きなものは嫌いなジャンルの中に埋もれていたりするもんです。 人に好き嫌いが存在するのは当たり前だけど偏見でボカロ嫌いな人がいたらまずは聞くだけ聞いてから評価してほしいですね。 さて、ここまで全部を読破してくれた方はありがとうございました! 細かいところ詰めてくと永遠と終わらないのでそこら辺は割愛で。 曲紹介というよりは僕の思い出と愛を詰め込んだnoteになってしまったなという感じですが僕個人としては書きたいこと書けたんで満足です!笑 皆そんなもんでしょう 適当 では、またどこかで。

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