カミュ ペスト あらすじ。 恐怖の伝染病「ペスト」はこうして始まった

カミュ『ペスト』書評:不条理小説とコロナの広がる世界

カミュ ペスト あらすじ

本記事の内容• リウー ベルナール・リウー。 物語の主人公で、アルジェリアの第二の都市オランに暮らす医師。 年齢は35才位。 療養中の妻と離れて暮らし、ペスト流行初期から行政の対応の遅さに危機感を持ち提言を行い、職務を全うするため日々朝から夜中まで働く。 一方田舎の医師でも教区で臨終の人に接したことがあれば私と同じに考える(まず手当をする)」と述べた。 ペストと戦う唯一の方法は誠実さということ」「僕の場合、自分の職務を果たすこと」と述べる。 タルー ジャン・タルー。 がっしりとした彫の深い顔で濃い眉毛の若い男。 ペスト流行の数週間前からオランの街の中央にある大きなホテルに住む旅行者。 いろんな収入で楽に暮らしているように見えたが、謎が多く誰も彼の詳細を知らない。 リウーの住むアパートの他の階に出入りしていてリウーと知り合いになり、ペスト治療の保健隊の組織を提案・実現する。 この町に来てから目にした出来事を手帳に記録していて、物語は、タルーの手帳も一部参照しているという形を取っている。 徐々にリウーと親しくなり、物語の後半では自身のことをリウーに語る。 (検事の父が人を極刑にする姿を見て以来嫌いになり、人を裁き極刑に追いやる社会に生きるている=そのことを肯定している、と捉え苦しみを感じている、という内容) 3. グラン ジョセフ・グラン。 長く臨時職員として市役所に勤める、やせた風貌で口下手な50才前後の男。 リウーの昔の患者だが、貧乏だったのでリウーは無料でみていた。 もともと市庁で統計課や戸籍の仕事もしていて、ペスト流行拡大に伴い保健隊の仕切り役として統計などの業務を引き受け献身的に働いた。 アパートの3階に住み、小説の執筆が趣味というつつましい生活を送る。 身寄りはフランス本国にいる妹家族のみ。 元妻が自分の元を去ったことを後悔していてる。 コタール グランの隣人で人を警戒した感じの丸太りの小さな男。 自傷騒動を起こしグランに助けられ、その場に呼ばれたリウーとも知り合いになる。 ペストの流行により周囲と対照的に元気で社交的になった。 (罪を犯していていつ捕まるかという状態だったので(自傷もそのせい)、感染症の流行でそれどころでなる事、皆も自分と同じように困っている状況に心が軽くなった) もともと密売で生計を立てていて、ペストの流行で物価が上がりさらに利益を得る。 タルーが彼に興味を持ち、よく会話をしていた。 ランベール レイモン・ランベール。 フランスから来て一時滞在していた新聞記者の若い男。 リウーに取材したことがある縁で知り合いとなる。 タルーと同じホテルに滞在。 国に恋人を残している為、「自分はこの町には無関係な人間だ」と出国を望み(出兵の経験から、自分の愛するものの為に生きて死にたいと考えている)、手助けできないというリウーに対し、「愛する人が離れ離れになることがどんなことなのかあなたには理解できない」「あなたは抽象の世界にいるんです」と言い苛立ちを見せた。 しかし出国はなかなか実現せず、リウーが自分と同じように妻と遠く離れている中職務に従事していることをはじめて知り、国に帰るまで保健隊で働くようになり、帰国がかなう段になってもオランに残ることを選択した。 カステル リウーよりかなり年配のリウーの医師仲間。 海外でペストの症例を見た経験を持ち、リウー同様流行初期の頃から感染症の拡大に危機感を持ち、血清の製造に全力を尽くした。 パヌルー神父 市民の尊敬を得ていて博学な、キリスト教イエズス会(男子修道会)の司祭。 中背のずんぐりした容姿。 ペストの集団祈祷を行い、後には保健隊にも加わり最前線で活動、自身が罹患した際には医師を呼ぶことを拒んだ。 オトン氏 予審判事。 いつも黒い服で正装し育ちの良いふくろうのような風貌。 タルーが滞在するホテルに、よく妻と娘、息子(フィリップ)と共に食事に来ていた。 息子は後にペストに罹患する。 リウーの母親 医師リウーの母。 嫁が療養で不在の間、家のめんどうを見に来ている。 明るい栗色の目をして落ち着いた雰囲気の婦人。 リシャール オラン医師会の会長。 喘息持ちのじいさん リウーの患者で年金暮らしの老人。 落ちくぼんでいかつい顔をした年寄りのイスパニア(スペイン)人。 50才までは小間物屋を営んでいて、その後は喘息で寝込むようになった。 若い頃から普通の若者が好むような遊びに興味を持たず、オランの町を出たこともないという浮世離れした生活を送っていて、リウーが往診するといつも、エジプトえんどうのより分けをしているというはじめから終わりまで変わらない日常を過ごす。 タルーは彼のことを気に入り、観察した様子を手帳に書き留めている。 語り手 物語の終盤で、語り手の正体は医師リウー本人であることが明かされる。

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コロナがこれからどうなるか?それはカミュの「ペスト」を読むと解ります!|ネコ缶さとこの読書は楽し

カミュ ペスト あらすじ

第二次大戦の只中、「異邦人」「シーシュポスの神話」等の作品で「不条理」の哲学を打ち出し戦後の思想界に巨大な影響を与え続けた作家アルベール・カミュ 1913- 1960)。 彼が自らのレジスタンス活動で培った思想を通して、戦争や全体主義、大災害といった極限状況に、人間はどう向き合い、どう生きていくべきかを問うた代表作が「ペスト」である。 舞台は、突如ペストの猛威にさらされた北アフリカの港湾都市オラン市。 猖獗を極めるペストの蔓延で、次々と罪なき人々が命を失っていく。 その一方でオラン市は感染拡大阻止のため外界から完全に遮断。 医師リウーは、友人のタルーらとともにこの極限状況に立ち向かっていくが、あらゆる試みは挫折しペストの災禍は拡大の一途をたどる。 後手に回り続ける行政の対応、厳しい状況から目をそらし現実逃避を続ける人々、増え続ける死者……。 圧倒的な絶望状況の中、それでも人間の尊厳をかけて連帯し、それぞれの決意をもって闘い続ける人々。 いったい彼らを支えたものとは何だったのか? 「ペスト」はナチスドイツ占領下のヨーロッパで実際に起こった出来事の隠喩だといわれる。 過酷な占領下で、横行した裏切りや密告、同胞同士の相互不信、刹那的な享楽への現実逃避、愛するものたちとの離別等々。 カミュ自身がレジスタンス活動の中で目撃した赤裸々な人間模様がこの作品には反映している。 それだけではない。 「罪なき人々の死」「災害や病気などの避けがたい苦難」「この世にはびこる悪」……私たちの人生は「不条理」としかいいようのない出来事に満ち溢れている。 「ペスト」は、私たちの人生そのものの隠喩でもあるのだ。 番組では、カミュが描き出そうした、人間にとって不可避な「不条理」に光を当て、「ペスト」という作品を通して、人間は「不条理」とどう向き合い、生きていけばよいのかを読み解いていく。 4月11日(土)【Eテレ】午後3:00~4:36 カミュ「ペスト」再放送に寄せて 〜「誠実さ」を武器に闘うこと〜 100分de名著・カミュ「ペスト」一挙アンコール放送をご覧いただき、ありがとうございました。 SNS上では今までにない数のご意見や感想をいただきました。 全て目を通させていただき参考にしています。 今回の再放送決定には特別な思いがありました。 再放送に向けてのチェック作業のために番組を見直す中で、医師リウーとその友人タルーたちの姿に、今、日本全国、全世界で最前線で闘う医療従事者の姿が重なってみえたのです。 専門家ではない私は、ただ祈り応援するしかありませんが、下級役人のグランのように一市民として彼らを支えたい、そう強く願っています。 当面、私ができることは、「名著」の中に、厳しい状況に立ち向かうための智慧や勇気を見出し、お届けすることしかないと思っています。 この作品が何よりも凄いところは、今いるそれぞれの現場で、私たちが何を大事にして行動しなければならないのか、どんな声を上げていかなければならないのかを教えてくれることです。 「ペストと闘う唯一の方法は誠実さだ」と主人公のリウーは語りました。 「自分の職務を果たすことだ」とも。 今の私たちが新型コロナ・ウィルスと闘うために必要なのは、何よりもこの「誠実さ」だと思います。 「ペスト」を読み返す中で、私自身も、自らの甘さを痛感させられましたし、心を新たにさせられました。 NHKオンデマンドで、現在も配信中です。 今後も一人でも多くの人にみていただきたいと願っています。 ペスト蔓延という事態の中で繰り広げられる出来事は当時の状況と瓜二つである。 それは現代社会にも通じているといってよい。 後手に回り続ける行政の対応、人々の相互不信、愛する人との過酷な別離…精神も肉体も牢獄に閉じ込められたような状況の中で、それに照らし出されるように浮かび上がってくる人間の尊厳。 極限状況の中で、「誠実さ」「自分の職務を果たすこと」といった言葉を唯一の支えとして敢然と災厄に立ち向かっていく人々が現れる。 第一回は、やがて多くの人々や行政をも突き動かしていく医師リウーやその友人タルーたちの姿を通して、極限状況下における人間の尊厳とは何かを考えていく。 ペスト予防や患者治癒の試みがことごとく挫折する中、現実逃避を始める市民に対して神父パヌルーは「ペストは神の審判のしるし」と訴え人々に回心を迫る。 その一方で、保健隊を結成しあらん限りに力をふりしぼってペストとの絶望的な闘いを続ける医師リウーやその友人タルー、役人グラン、脱出を断念し彼らと連帯する新聞記者ランベール。 彼らを支えたのは、決して大げさなものではなく、ささやかな仕事への愛であり、人と人とをつなぐ連帯の感情であり、自分の職務を果たすことへの義務感だった。 第二回は、人々を絶望な状況に立ち向かわせる「希望の源」は何なのかに迫っていく。 しかし、それは病状を改善させるどころか苦悶の中での死をもたらした。 罪なき子どもの死に直面した神父パヌルーの心は大きく動揺。 神を信じないという医師リウーは彼に対し「罪なき子どもが死ぬような世界を自分は愛せない。 私はそれと闘い続ける」と宣言。 それを受け、パヌルーは異端すれすれの思想を人々の前で表明、リウーたちと信条を超えて助け合うことを確認する。 一方、リウーの友人タルーは、若き日の挫折から抱き続けた罪悪感を告白し、「神によらずして聖者たりうるか」を自らに課すという信条を吐露する。 第三回は、それぞれの闘いを通して、人は「神」という存在なしに倫理を貫き人間の尊厳を守り続けることができるのか…というカミュの根源的な問いについて考える。 そんな中、医師リウーを支えてきたタルーがついに発病した。 彼は「今こそすべてはよいのだ」という言葉を遺し静かに死を受け容れる。 追い討ちをかけるように、遠隔地で結核の治療を続けていた妻が死んだという知らせがリウーのもとに届く。 最後までリウーを打ちのめし続ける「不条理」。 それでもなおリウーは後世のためにこれら全ての記録を自ら記し残していこうと決意する。 第四回は、思想家の内田樹さんを交えて、彼の思想の根幹にあるキーワード「反抗」の深い意味を明らかにし、人間は、私たちを打ちのめし続ける「不条理」とどう向き合えばよいのかを探っていく。 グランのように闘うこと 中条省平「実は、こんな風に作品のエッセンスを凝縮してしまうと小説の面白さというものが見えなくなってくるんです。 たとえば、いろいろな人生の不条理や悲惨っていうものと闘うとか敗北するといった物語を書いていながら、一方で「セラヴィ(それが人生さ)」と語るおじいさんをぱっと出してくる。 カミュは人間を見る目が多面的だから、こういうことができるのであって、英雄が物語を進行させているんじゃない。 だから、ぜひ原典を読んでいただきたいという気持ちが強いです」 内田樹「文学作品っていうのは、いろいろな読み方があるわけで、たぶんここで提示したのは一つの読み方であって、本当に無数の読み方がある。 今回、焦点を合わせた登場人物とかエピソードとか言葉とかだって、全体の1パーセントにも達しないわけで、残りの99パーセントの中にも珠玉の言葉や場面があります。 トーク内容の密度が高すぎて、どうしても編集で落とさざるを得なかった言葉ですが、「ペスト」ほど、中条さんと内田さんがおっしゃったことを痛感した回はありません。 また、番組ではほとんど触れることができなかったリウーの母親、人生の深みを知りぬいているような、豆を数え続けるおじいさん…彼らのような名もなき人々の存在感もすごい。 点描される彼らの人生からも私たちは大きなことを学べます。 ですから、ぜひ「ペスト」は原典を読んでほしい。 これは制作者としての切実な願いです。 いいようのない衝撃に打ちのめされるとともに、不思議に「生きる力」や「勇気」を与えてくれた本で、何度も読み返しました。 信じていた友人の裏切り、両親との意見の相違、受験戦争の空虚さ……スケール感はまことに小さいですが、さまざまな「不条理」に直面していた私にとって、カミュは生きるための武器を与えてくれました。 それは、リウーのいう「誠実さ」であり、「職務を果たすこと」というシンプルな言葉。 この頃の私にとって、これらの言葉がどれだけ支えになったことでしょう。 今から15年くらい前のことと記憶します。 社会人になって中堅どころの位置をしめるに従って、どこか惰性に陥っていた私に冷や水を浴びせてくれました。 この本をきっかけに猛烈にカミュの著作を読み返したのを今でもよく覚えています。 そこまで極端ではなかったかもしれませんが、カミュがもっとも忌み嫌ったそんな思考法に、当時の私は陥っていたと思います。 世界は複雑で、シンプルに色分けして理解できるわけはないのに、善と悪という二色で塗り分けることにどこか快感を覚え、その論理を振り回してしまうこともありました。 中条さんが執筆した番組テキストからその解説を引用させていただきます。 この現実には完全に正しいことも完全な間違いもない。 それなのに、この世界を善と悪、白と黒に塗り分け、自分を正義の側に置き、邪悪な存在を「外側」に作り出して糾弾をし続ける精神のありよう。 それこそが「ペスト」という象徴を使って、カミュが指し示そうとしたことだったのだと気づきました。 そして、自戒をこめて思うのですが、「ペスト」が暗示したこのような精神のありようは、今、世界やこの国にも蔓延しています。 この点については、番組の中でもいろいろなポイントが語られましたが、ここでは、時間の関係でどうしても番組の中にいれられなかった議論を一つご紹介いたします。 でも、そこに深い愛情をもっているわけですよね、グランっていう人間は。 それと同じような情熱をもって、淡々とペストとの闘いを引き受けていく。 読んでいると、グランっていう人間に、書き手がずっと敬意を込めていることがわかる。 そんな思いを新たにしました。

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不条理を説いたカミュの小説!『異邦人』のあらすじや感想、解説・評論

カミュ ペスト あらすじ

なぜ私たちはこんな目に遭わなければいけないのか。 コロナがもたらす意味は果たしてあるのか。 人々が起こす混乱を避けることはできるのか。 その結末はどこにあるのか。 こんなときだからこそ、 今こそ読むべき本として挙げられているのが アルベール・カミュの「ペスト」です。 中世ヨーロッパでの疫病騒ぎの中、 人々の行動や裏側にある思想を描いた本です。 望まない出来事が我々にもたらす意味や 人々の行動を読むにつれ 今の東京や大阪と状況を重ねてしまうのです。 今回コロナの影響で再び注目を集め、 100万部を突破しました! この本の結末を一言で表すのはあまりにも難しく、不可能に近い気がします。 なぜなら、コロナのような抽象的な敵に対する私たちもまた、 抽象的であるからです。 社会的に正解とされることが、果たしてすべてにとって正解といえるのでしょうか。 コロナで騒がれる今、 私たちが求められるものは何なのか、 今の結末はどうなるのか。 あらすじや結末をまとめたいと思います。 ・登録料無料 ・初回50%オフクーポンが発行されます。 ・「ペスト」825円 税込 が、413円で読むことができます! アルベール・カミュの人物紹介 アルベール・カミュ フランス文学を代表する小説家・哲学者で カミュと言えば「異邦人」が有名で、 43歳の若さでノーベル文学賞を受賞した作家です。 アルジェリア出身。 「ペスト」は 不条理の哲学を謳った作品で、1947年に発表しました。 目的や意味がないこの世界で それでも人間は生きていかなければいけない。 納得がいかない、腑に落ちない出来事は多くあるのに、それでも生きていかなければいけない。 ペストという不条理との戦いを描いたカミュの代表作で不条理哲学と呼ばれています。 「ペスト」あらすじ 舞台となる街 舞台はオランというアルジェリアの街。 「ペスト」という疫病が街を襲う。 登場人物• 医師:ベルナール・リウー・・・神を信じずに、不条理な状況に立ち向かい人を救おうとする医師。 新聞記者:ランベール・・・街が封鎖された直後、ひとりだけ地元パリに戻りたいという。 旅行者:タルー・・・死刑反対運動をするが、それこそ人の死に加担していることを恥ずかしく思い悩む。 自分は加害者にも被害者にもなりえるのだと。 下級役人:グラン・・・特段偉業を成し遂げてきたわけではないが、患者のお世話をする保健隊に入り、誠実に仕事をこなす。 密売人:コタール・・・ペストで騒がれる世では、自分が悪人であることが薄れ、普通に生活できるようになった。 イエズス会の神父:パヌルー・・・「このペストは特定の人への罪に対する神からの罰である」と説教する。 あらすじ 疫病ペストで店や交通は閉鎖される。 ランベールは恋人のいるパリに戻るための脱出を考え、コタールは密輸業者を紹介する。 その頃教会ではパヌルーが「ペストは罪人に神が与えた罰である。 反省すべき時がきた」と、特定の人に対し罪を与えられたような言い回しで説教をする。 患者がどんどん増える中、リウー、タルー、グランは懸命に患者の治療を続ける。 ランベールは、リウーとタルーにパリへ戻ることを告げるが ただ誠実に現状や患者と向き合い戦うふたりをみて、 またリウーの妻が別の街で闘病中であることを知り、 パリへの脱走をやめ、 タルー、グランのいる保健隊で、患者に向き合うことを決める。 ある日、ペストに侵された少年が、もがき苦しみながら死んだ。 それでもまだ「神が与えた罰だと言うのか」と神父パヌルーへ問う。 その後、パヌルーも死んだ。 そしてタルーも死んだ。 そしてペストの終息。 人々は元の生活に戻り、ランベールは妻と再会。 コタールは逮捕。 そこでリウーは、闘病中だった妻が死んだことを知る。 「ペスト」結末 最後に、この物語の語り手がリウーであったことが明かされる。 ペストを読み解く鍵 倫理とは• リウー リウーは、この疫病による人間が太刀打ちできない状況において あらがうためには 見極めることが大事だという。 神と言う存在に支配されずに、人間の手で、不条理に立ち向かうことこそ倫理だとする。 グラン 保健隊で活躍する下級隊員グランは、偉業を成し遂げることはなくとも、ささやかな仕事で役に立ちたいと行動する。 目の前の出来事に、誠実に向き合い行動することが、グランにとっての倫理だった。 ランベール 戦争を既に経験してきたランベールにとって、理念という言葉は、社会の中で都合よく使われる言葉でしかなかった。 誰かが作り出した理念の為に死ぬのではなく、自分が愛するもののために生き、死にたいと考えていたランベールは リウーやタルーをみるうちに、理念の為ではなく、自分にとっての倫理の為に残ることを決める。 コタール ペストのおかげで悪人として捕まらずに、ラッキーとすら思っている。 終息後に捕まることになるが、その事実が、罰を与えるのは、神ではなく人間であると表現されているよう。 パヌルー 死因は不明。 ポイントは、この不条理な事実に立ち向かう人々の原動となるものが 「誰かに作り出された理念」 ではなく、 「それぞれの倫理」 であることだと感じました。 神の存在 神を信じる者と、神を信じない者。 ペストやコロナのように、人間を襲う不条理な出来事に、神は意味をもたせたのか? もたせたとして、じゃあ神は人間を救うのか? そんな無責任な思想を信じ従うよりも、 人間である自分がこの不条理な出来事に抵抗するしかないというリウーの考えがカミュの主張のひとつだったのでしょう。 「ペスト」とは この小説の「ペスト」は疫病ですが、 このペストはつまり、我々が生きていくうえで、 自分ではどうしようもない、受け入れたくない事実の象徴とされています。 いじめだったり、親しい人の死もまた同様ですね。 カミュが伝えたいこと ペストからなにを学ぶか? 今回のコロナのような、不条理な出来事から人は何を得るか。 リウーの言う 「ただ、その人と過ごした認識と記憶」 ではないでしょうか。 この小説の語り手が、リウー自身であったこと自体が、カミュの主張なのですね。 登場人物が持っている「不条理な物事への見極めと理解」は、絶望の上に出来事に立ち向かう人の意思を感じるもので、我々が今まさに必要とされているものです。 倫理、そして市民の連帯。 コロナの終息には、これこそが必要だと気づかされます。

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