種苗 法 改正 わかり やすく。 種苗法改正の問題わかりやすく解説~典型的なショック・ドクトリン

移民問題とは?わかりやすく日本や外国の政策、難民との違いを紹介

種苗 法 改正 わかり やすく

東京大学大学院農学生命研究科教授 鈴木宣弘さんに聞く 米国抜きの環太平洋連携協定(TPP)が「TPP11」という形で締結されたかと思えば、今度は日米閣僚間の通商協議(FFR)。 さらに日米2国間の自由貿易協定(FTA)交渉開始が合意された。 日本政府は「FTAでなく、TAG 物品貿易協定 」と主張するが、「日米FTAはやらないとしておきながら、まさに稚拙な言葉のすり替えというしかない。 TAGは日米FTAそのものだ」と東京大学大学院教授の鈴木宣弘さんは、2018年9月28日にテレビ番組の「グッド!モーニング」でコメントした。 そうした国民を平然と欺くかのような政府の「なし崩し」的な振る舞いを本欄ではシリーズで追ってみたい。 しかし、その前に今回は「ウォール街、グローバル種子企業、製薬企業」などで構成される米国投資家の追加要求に「規制改革推進会議」を通じて対処をすることを「TPP日米合意文書」にもとづき、米国の意向に沿って「自主的」に承認したとされている「種子法」廃止の背景を探ってみた。 まずは「種子法」とはどんな法律なのかについてお聞かせください。 「いのち」の源である基礎食料のコメの源となる種子は、安全保障の要です。 国として、県として、いい種を安く供給し、生産と消費を支えるのが当然の責務として、まだ戦争の余韻が色濃く残る1952年に制定されました。 それをやめて、コメの種子開発と供給を企業に任せなさいというのが種子法廃止です。 そうです。 その目的遂行のために政府は予算を確保。 それを活用して国と地方自治体が実務にあたり、各地域の地理や気候条件に適した品種改良を継続的に担ってきました。 こうした種子法にもとづく事業から、新潟県の「コシヒカリ」や北海道の「ユメピリカ」などの優良銘柄が誕生しています。 政府は「決して予算を切るわけじゃない」という言い方をしていますが、特定財源を地方交付税の一般財源にするというのは、何に使ってもいい財源の一つだよという話ですよ。 それが基礎食料の種子を開発・改良する原資になる保証はどこにもないのです。 政府の真意は明白です。 種子法廃止にあたっても「優良な種の安価な供給には、従来通りの都道府県による体制が維持できるように措置すべき」との附帯決議が入ったから大丈夫ではないかとの意見が私に寄せられましたが、「あくまでも附帯決議は言い訳に過ぎない。 むしろ、種子法廃止を裏付けるための決議だ」と答えました。 案の定、2018年4月1日の種子法廃止に備えた前年11月の「通知」は、「従来通りの都道府県による体制が維持できるように措置する」という附帯決議に真っ向から反し、早く民間事業者が取って代われるように、移行期間においてのみ都道府県の事業を続け、その知見も民間に提供して、スムーズな民間企業への移行をサポートしろと指示する内容でした。 つまり、至れり尽くせりで、早くグローバル種子企業がもうけられる下地を農研機構や都道府県が準備することを要請しているだけなのです。 しかも、所管官庁の担当部局と主要県の担当部署が相談して「都道府県の事業継続のための案」を工夫して仕上げたのですが、「お上」の一声で、「県が継続して事業を続けるのは企業に引き継ぐまでの期間」という文言を勝手に入れられてしまったという看過できない重大な事実もあります。 どんなに担当部局が頑張っても、最後は「鶴の一声でジ・エンド(おしまい)」で、そこにはグローバル種子企業をもうけさせるための「お上」の強い意思が働き、最初から方向性は決められているのです。 今後、予算カットや各種の卑劣な圧力で県は締め付けられるでしょう。 いうまでもなく種子開発には10年以上の時間と多額な費用が必要です。 そうした手間とコストをかけ、優良な品種が出てきたら、その種子をたくさん確保するために、地方自治体が指定する「種子農家=種づくり農家」に栽培を委託してきたのです。 コメ、麦、大豆のいずれかの種をとることを専門にしている各県の農家ですね。 種子農家には交雑の可能性がある別の品種や作物が自分の農地の周囲にはないことを確認し、作付けしてもらいます。 彼らの仕事はコマーシャル品種(販売普及用種子)の生産で、おおもとの原・原種、その子どもの代の原種は各県の農業試験場が保有しています。 やはり、今回の種子法廃止は種子農家にとっても死活問題だといえるでしょう。 これでは民間企業が種子開発事業に参入できない」と政府は訴えました。 今回の種子法廃止は、規制改革推進会議の「農業競争力強化プログラム」を実現する関連8法の1つとして、「生産資材価格を低減させる」ことを大義名分に実施されたのですが、種子の価格を下げるためといいながら、現在の「種子価格は安すぎる」と矛盾した発言を政府は平然としています。 ここにも彼らの裏の意図が透けて見えます。 彼らの真の狙いは、地方自治体に替わってコメの種子開発をグローバル種子企業に委ねようということです。 それは種子法廃止と同時に成立させた「農業競争力強化支援法」の8条4項を見ればわかります。 そこに「これまで国や県の農業試験場が開発してきたコメの品種とその関連情報を民間企業に提供せよ」と書いてあるのを見れば明らかでしょう。 昨年2月に韓国で開催されたピョンチャン五輪の際には「日本のイチゴの苗が勝手に使われているとは何事か」と大騒ぎしておきながら、コメの種子は企業に「気持ちよく進呈なさい」と法律で命令するとはどういうことでしょうか。 農業競争力強化法は農協の共販制度を崩して、もっと農産物を流通大手が買いたたけるようにすることを推奨もしています。 だから、私は農業競争力弱体化法と呼ぶことにしているのです。 いざというとき日本がまず確保しなければならないのは、コメ、麦、大豆でしょう。 その種子供給を民間企業に依存するとなると、私たちの「生命」がグローバル種子企業の掌の上で翻弄させられることになります。 今回の種子法廃止の背景には、「公共種子・農民種子」をグローバル企業開発の特許種子に置き換えようとする世界的な種子ビジネスの攻勢がある」と京都大学教授の久野秀二さんは指摘しています。 確かに、大豆やとうもろこしの次に、コメや小麦という主要食料の種子の遺伝子組み換え(GM)化を準備しているグローバルGM種子企業にとっては、今回の日本の種子法廃止と種子の関連情報の譲渡命令は「濡れ手で粟」です。 「払い下げ」で手に入れた種をベースにGM種子に変え、特許化して独占し、それを買い続けない限り、コメの生産が継続できなくなり、価格もつり上げられていく危険性が高まっています。 まさに国民の命の源を握られかねない重大の危機なのです。 野菜の種は大半を日本の種子メーカーが販売し、目下のところは遺伝子組み換えになってはいませんが、ほとんどが「F1(1代雑種)」で、農家は必ず買い続けなければいけなくなっています。 野菜の生産費に占める種子のコストは平均2割とされますが、種子の開発と供給を企業に委ねれば、価格が高くなる傾向は強まるでしょう。 さらに重要なことは、野菜の種は日本企業が供給しているといわれていることです。 その9割は外国の農場で種とりされ、社名こそ表には出てきませんが、かなりの部分がグローバル種子企業への委託生産になっているというのです。 そして、いよいよ総仕上げとして、基礎食料、中でもコメの種子が狙われているのです。 種子法廃止に続いて政府が実施しようとしている「種苗法」の改正で、それも原則禁止とされます。 今後、農家はどんな種子も買わなければならなくなったのです。 これは実に苦々しい話で、代々自分の農地で自家採取した種子で栽培していた作物であっても、品種登録してなければ、自分のものではないとされるのです。 その作物を栽培農家より早くに民間企業が登録してしまえば、その農家は特許権侵害で告訴され、損害賠償を求められることにもなりかねません。 グローバル種子企業は自社の特許権が侵害されるのを防ぐため、独自の「ポリス」 監視組織 の目を張り巡らせているとされ、その監視網で証拠をつかんで訴えを起こします。 さらに農家への攻撃は様々な手口で進められ、カナダなどでは在来種を栽培していた農家の作物とGMが交雑し、被害を受けたのは農家であったにもかかわらず、「当社の品種を勝手に栽培した」と農家をGM開発企業が特許権侵害で告訴するという問題が実際に起こりました。 種子法廃止と種苗法改定による自家採種の禁止措置はセットです。 種子法廃止で種を手に入れたら、手に入れた種の登録者の権利を強化してもらう必要があるのです。 グローバル種子企業の世界戦略は種子を握ることです。 種を制するものは世界を制する。 種を独占して、それを買わないと人々は生きていけなくすれば、巨大なビジネスとなり、人々を従属させられます。 だから、公共の種子の提供を後退させ、自家採種を禁じて、自分たちのものにして、遺伝子組み換え、F1(一代雑種)化して、買わざるをえない状況を世界中に広げてきました。 それを日本でもやりたい。 それに日本は従順に応えているのです。 あえて繰り返しますが、種子法廃止で日本の公共種子事業をやめさせ、農業競争力支援化法で国と県がつくったコメの種の情報を企業に譲渡させ、自家採種は禁止する 種苗法改定 という3点セットを差し出しました。 一連の改定をセットで見ると、意図がよく読み取れます。 【続く】.

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種苗法の全文・条文

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ボクは、今回の種苗法改正案に賛成しております。 そのことを、twitter上に掲載したところ、ご質問3点(下記赤文字)をいただきました。 自分の勉強もかねて、自分なりの回答をさせていただいたのが下記のものです。 けして、論破しようとかそういう意味ではなく、賛成も反対もいろいろ考える必要があると思い、専門家ではありませんがまとめました。 ご笑覧くださいませ。 農家および消費者が十分に説明を受けられないコロナ禍の中で、早急に進めないといけないのですか? 今回の法改正のポイントは、『 日本で開発された優良品種が海外に流出し、第三国に輸出・産地化される事例がある(農水省HP抜粋)』という点であると考えています。 現在、我が国は武漢肺炎の影響を受け、国家全体が経済的に苦慮しているところではありますが、この問題は農家の間(もちろん、様々な農家がいるので全てとはもうしません。 ただ、心ある農家間では議論されていたことは間違いありません)ではかねてより議論されてきたことですので、「武漢肺炎の影響」関係なく進めるべきものであると思います。 また、今回の法改正により消費者に不利益を被るとは思えません。 *今回の法改正は、品種の「知的財産」を守ることが重要な点であると理解しています。 我が国で研究開発された品種を我が国で育て、最後は消費者に届けるということは不利にはならないのではないでしょうか。 逆に我が国で研究開発された品種が海外に流失し、安い価格で日本国内にて販売される、または海外で売られることは、一時的には消費者の利益になるかもしれませんが、それは我が国全体として「不利益」につながります。 今回の対応については、ボクとしては「早急」だとは思いません。 「遅い」です。 国民の税金を使い、研究開発してきたものが他国に利用されることは、ボクは「知的財産の侵害」であると考えています。 国・県の研究者たちが一所懸命作り上げ、農家が育てた品種を簡単に海外に流出して、我が国の農家の経済を侵害することは許せません。 今まで良かったものをわざわざ申請する必要がある制度に変えて、どんなメリットがありますか? 前質問と重なる部分のあるかと思いますが、今までの通りであれば、優良品種が海外に流出する可能性があります。 *実際、流出しているケースはあります。 おそらくネットで簡単に調べることができると思います。 今回の法改正は『自家増殖に許諾が必要となるのは、国や県の試験場などが年月と費用をかけて開発し登録された登録品種のみ(種苗法改正概要より)』となっています。 現在の状況では、研究開発した優良な品種が海外に流失し、我が国の農家の経済に大きな影響を与えてきたことを考えれば妥当だと思います。 正直、「今頃・・」という思いです。 いずれにしても、「申請する」という形にすれば国や県の研究機関で開発された品種が簡単に海外に流失することを防ぐ意味があると考えています。 許諾のためのステップも保障すべきですが、不鮮明なのはなぜですか? 『現在利用されているほとんどの品種は一般品種であり、許諾も許諾料も必要ありません。 (農水省HP抜粋)』と記されています。 また、今回の法改正により「許諾」が必要なものについては、下記の通り(下記図参照:農水省HP抜粋)となっています。 つまり『自家増殖に許諾が必要となるのは、国や県の試験場などが年月と費用をかけて開発し登録された登録品種のみ(農水省HP抜粋)』です。 「許諾」に関しては農水省の法改正概要をみると下記の通りです。 ただ、ボクの勉強不足でご質問の「不鮮明」ということは、わかりませんでした。 *例えば、何が不鮮明なのか・・《法制度なのか?》《JA等の団体の仕組みか?》等を含め この点については自分自身もわからないので回答は差し控えます。 従来法でこの記事の内容のような保護についてはすでにされていると思います。 問題なのは、登録において「重要な形質に係る特性の全部又は一部によって他の植物体の集合と区別することができる」の判断で、何をもって重要とするかは個人判断になるわけです。 改正案ではこの判断に• そうすると別の特性は現れていてもその権利を主張できない可能性があります。 別の品種特性を有していても登録できないのであれば、改正案では海外製品であれば海外に権利が発生します。 明確な基準がない運用になるため別途費用が掛かる改正案では、今後日本での品種改良の規模が縮小される恐れがあります。 この辺の特別運用が改正案ではもられていないので、本改正案では不十分で刺し戻されて当たり前だと思います この辺については岐阜大学の先生が詳しく書かれていますね.

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種苗法改正案のデメリット. 利点はあるのか?

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この法律がTPP反対運動の先頭に立ってきたJAグループを狙い撃ちにして、その解体、弱体化を狙ったものであることは明らかである。 しかし法改定の端緒となった規制改革会議の『農業改革への提言』への現場の反発もすさまじく、自民党公認候補がJAの擁立した候補に大敗した佐賀県知事選挙に見られるような、地方政治の危機を招きかねない事態も生まれていた。 こうした動きに押されて、実際に成立した法律は規制改革会議の提言とはかなり遠いものとなった。 とりわけ提言の目玉ともいえる信共分離や専門農協化などの総合農協解体が盛り込まれなかったことは大きい。 規制改革会議の金丸委員長が「骨抜きにされた」と悔しがったというのも事実であろう。 一方で全中は農協法上の地位を失って一般社団法人となり、全農の株式会社化は農林中金や全共連も含めて選択制とされて将来に含みを残している。 また「組合は営利を目的として事業を行ってはならない」という協同組合理念が農協法から抹消されるなど、農協のビジネス化、営利企業化に道を開いていることも見逃せない。 焦点の一つであった准組合員の事業利用制限については、「5年後に再検討」という形で先延ばしされた。 総じて言えば、JAグループは焼き討ちに対しては消火作業が功を奏して建物の主要部分を守ることが出来たが、まだあちこちに火種が残っている状況である。 安倍政権の「農協改革」に対抗して農協運動を確かな軌道に乗せることができるかどうかはこの自己改革にかかっている。 農協の自己改革とは、政府のいう農協改革に迎合して、あるいはにわかな対抗措置として行われるべきものでないことは言うまでもない。 JAグループはすでに自らの改革目標をもち、その取り組みの途上にあることを忘れてはいけない。 その原点は1991年の第19回全国大会で決定された「組織・事業改革」にある。 もう4半世紀も前の話かと言われるかもしれないが、単協の広域合併と連合会の統合を目指したこの改革が未だ途上にあることは少し考えればわかる。 単協の合併は現在進行形で行われているし、連合会統合も共済連を別にすればとても完了したとは言えない。 広域合併と連合会統合が、バブル経済の中で発生していた不良債権問題が直接の引き金になっていたのは確かである。 その点では銀行の合併と同じである。 しかし、銀行の合併が膨大な公的資金の注入を必要としたのに対して、JAグループの場合は国民に迷惑をかけず自力更生に成功した。 農協の会計監査と業務監査のシステムが有効に働いたのである。 しかし、この改革の意義はそういうところに留まるものではなかった。 それまでの系統農協が1町村1農協、3段階という行政組織への対応を基本としていたのに対して、広域農協と「中抜き2段階」というこれまでにない組織形態を目指していたことが重要である。 私はかつての著書『明日の農協』において、日本型農協を「制度としての農協」と特徴づけたが、それは食管制度を中心とする国の制度に即応し、その運用実務に当たるあり方を指していた。 行政代行が主要な業務であれば、組織もまた行政に対応しなければならなかった。 「制度としての農協」は1994年の食管法の廃止で一つの区切りを迎える。 それでも行政が農協を必要としたのは減反政策が続いていたからだった。 減反政策も国の業務なのであるが、集落の中まで入って目標を達成するためには農協の力を借りなければならなかった。 その減反政策も終わろうとしているタイミングで「農協改革」が出てきた意味を考えなければならない。 農水省の一部にはこれで農協の役割は終わったという考え方があり、それが農協のもつ金融資産や農村市場を火事場泥棒的に横取りしようとする財界の野望と結びついたのが、安倍政権の「農協改革」であると考えられる。 その意味ではJAグループはいま新しい歴史段階に入っている。 それは農協法が改正されたからではなく、「制度としての農協」の終焉というもっと大きな要因によるものである。 そしてJAの側も制度の枠に縛られない新しいあり方をすでに打ち出していた。 だから「農協改革」には2つの道がある。 農協の官僚的利用価値が終わったとしてこれを解体するか、制度のくびきから脱して本来の協同組合としての発展を目指すかである。 全国大会の決議でも「協同組合」を前面に出しており、都道府県段階の大会でもそれは同じである。 私はいくつかの道県のJA大会に出席する機会を持つことができたが、この点ではたいへん心強い思いをした。 例えば佐賀県JA大会の議案では「現在、政府等からは『協同組合の理念』『JAの総合事業体としての特性』を無視した農協改革が求められているが、我々は、協同組合としてのJAの目指すべき方向を見失うことなく~」と対抗軸が明確にされている。 「制度としての農協」と「自主自立の協同組合」では何がどう違うのだろうか。 組織と事業についてはこれまで取り組んできた自己改革をさらに創造的に進めることである。 すでにこれまでの歩みの中で、改革の中身は多彩で創意性に富むものになってきている。 合併については1県1農協という大型合併もあれば、北海道十勝のように合併はせずに農協間のネットワークで共販を広げるやりかたもある。 連合会にも共済のような全国的統合もあり、全農と経済連の並存もある。 信連についても多様なかたちが出てくるだろう。 まさに地域の実情と事業の特性に応じて多様な形態が実践の中から現れてきているのであって、そのことが「一律的な指導」などなかったことの証左である。 大切なことはJAグループが制度の縛りから解放されて、協同の成果が最大になるように結びつくことである。 最も変わらなければならないのは組織としての政治的スタンスであろう。 「制度としての農協」は保守長期政権との抱合を半ば当然視してきた。 しかし、財界に軸足を移した保守政権は農業の守り手ではなくなりつつある。 TPPはそれを決定づける歴史的事件である。 さしあたりこの経験が新しい時代のJAグループの参考になるだろう。 行政との関係はどうなるか。 この問題はむしろ行政の側にこそ問われるべきであろう。 農水省の中には農協無用論があるようだが、果たして農協の力を借りずに農政を進めることが可能だろうか。 たとえば39%の食糧自給率を45%に上げるという農業基本計画に本気で取り組むのであれば、生産現場の農協の協力なしに成功することはありえない。 自給率向上の課題をあきらめて輸入による安定供給を図るというような姿勢を取るならば、その時は独立省庁としての農林水産省の存在そのものが問われることになるだろう。 国民生活の安定のためには、農協と行政のパートナーシップが必要である。 そしてその関係を対等平等なものとして担保する新しい農協のナショナルセンター(全中)をどうつくっていくかということも自己改革の重要な課題である。 (写真)「創造的自己改革」を掲げた昨年10月の第27回JA全国大会、太田原 高昭 氏 北海道大学名誉教授.

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