君はいた確かにここに 曲名。 スピッツの名曲、ロビンソンの意味や由来は?歌詞の意味も

【King Gnu/壇上】歌詞の意味を徹底解釈!溢れ出す後悔の念。込められた想いに迫る!

君はいた確かにここに 曲名

作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而、唄:織井茂子 1 君の名はと たずねし人あり その人の 名も知らず 今日砂山に ただひとりきて 浜昼顔に きいてみる 2 夜霧の街 思い出の橋よ 過ぎた日の あの夜が ただ何となく 胸にしみじみ 東京恋しや 忘られぬ 3 海の涯に 満月が出たよ 浜木綿 (はまゆう)の 花の香に 海女 (あま)は真珠の 涙ほろほろ 夜の汽笛が かなしいか 《蛇足》 戦前の『愛染かつら』と並ぶメロドラマの傑作『君の名は』のテーマ曲。 放送中は、東洋音楽学校の教授で声楽家の高柳二葉が歌いましたが、レコードは織井茂子の唄で発売されました。 『君の名は』は、昭和27年(1952) 4月10日にNHKラジオで放送が始まり、29年(1954) 4月8日まで続きました。 毎回、ドラマの冒頭に入った ナレーション「忘却とは忘れ去ることなり。 忘れ得ずして忘却を誓 (ちこ) う心の悲しさよ」が忘れられません。 古関裕而の自伝『鐘よ鳴り響け』(主婦の友社) によれば、このナレーションは「放送開始から1年くらいたった北海道篇のあたりから、放送劇団の鎌田弥恵さんによって朗読され、最終回まで続いた」とあります。 しかし、小学校5年から毎週聴いていた私は、 来宮 (きのみや) 良子のナレーションだと思っていました。 ネット上にも、私と同じ記憶を記している人が多いようですが、これはどういうわけでしょうか。 太平洋戦争末期の東京大空襲の夜、焼夷弾が降り注ぐなか、見知らぬ同士の氏家真知子と後宮春樹は、助け合って逃げ回るうちに、銀座・数寄屋橋にたどり着きます。 そこで2人は「生きていたら半年後、それがだめならさらに半年後にこの橋で会おう」と約束します。 春樹は「君の名は?」と尋ねますが、真知子は答えないまま立ち去ります。 さまざまなメロドラマのなかでも屈指の名場面です。 ここから、九州から北海道まで全国を舞台とした真知子と春樹のすれ違いが延々と続くことになります。 最終回のとき、私は小学校6年生でしたが、重病で激しくあえぐ真知子の枕元に春樹が駆けつけられるかどうか、手に汗を握って聴いていました。 小学生でしたから、真知子は春樹が好きなのに、なぜ意志をはっきりさせないのか、各地を旅する費用はどこから出たのか、といったことは少しも疑問に思いませんでした。 昭和28年(1953) ~29年に松竹が岸恵子と佐田啓二の主演で映画化し、大ヒットしました。 上の写真はその1場面。 テレビ時代が始まると、何度かテレビドラマ化されましたが、時代が下るほどヒットしなくなりました。 とりわけ、平成3年(1991) にNHKが鳴り物入りで始めた朝のテレビ小説は、回を重ねるにつれて視聴率が下がりました。 人気を挽回するために次々と方針を変えた結果、世紀のすれ違いメロドラマが、終わりのほうでは、「奥さん、今晩のおかず何になさる?」「うちはコロッケよ」風のホームドラマになってしまいました。 メロドラマは、2人が結ばれた段階で終わらなくっちゃね。 『君の名は』は『鐘の鳴る丘』とともに、劇作家・菊田一夫(明治41年~昭和47年〈1908~72〉) の代表作です。 昭和20年代に少年少女期や青春期を送った人たちにとって、菊田一夫は忘れられない名前のはずです。 そこで、彼の思い出を少々。 雑誌記者をしていたころ、私は、評論家・扇谷正造をホストとする対談シリーズを企画・担当したことがありました。 そのゲストのなかでとりわけ強い印象を受けたのが菊田一夫でした。 彼がした話のうちで、よく覚えているのが次のエピソードです。 菊田一夫は実の親の顔も知らないまま、数組の養父母の間をたらい回しにされ、小学校を卒業しないうちに、大阪で丁稚 (でっち) に出されました。 神戸の古物商に奉公していたころ、文学を志し、17歳のとき、古物商を辞めて、東京を目指しました。 東京では、文学仲間のつてをたよって、サトウハチローの内弟子になりました。 そのころ、サトウハチローに子どもが生まれました。 赤ん坊が夜泣きを始めると、サトウハチローに、眠れないからと赤ん坊を背負わされて、外に出されました。 「木枯らしの吹いている夜などは、辛くて、赤ん坊といっしょに泣きたい気持ちだった」と彼は語っていました。 私に子どもができたとき、赤ん坊が夜泣きを始めると、たまには妻を眠らせなくてはと思い、抱いて深夜の街を2、30分歩き回ったことが何度かありました。 そのつど思い出したのが、この話でした。 私の場合は、自分の子どもだったうえに、夏だったので、べつに辛くはありませんでしたが。 その後、彼は文芸をあきらめ、中国に渡って肉体労働に従事しました。 そのうち、また文芸への志が復活し、もう1度東京でやり直そうと決意、わずかばかりの金をもって本土に戻ります。 しかし、名古屋まできたとき、手持ちの金が尽きて、にっちもさっちもいかなくなりました。 絶望して名古屋港に飛び込んで自殺する決心をしましたが、どうせ死ぬなら大好きな映画を見てから死のうと思い、なけなしの金をはたいてある映画館に入りました。 そのときやっていたのがフランク・ボーゼイギ監督の『第七天国』でした。 この映画は、 1927年にサイレントで作られ、10年後の1937年にトーキーでリメイクされました。 菊田一夫が見たのは、年齢から見て、オリジナルのサイレント版だったと思われます。 これは、次のような粗筋です。 パリの貧しい掃除人シコは、姉に虐待されていた少女ディアーヌを助けます。 それがきっかけで、2人はいっしょに暮らすようになり、やがて結婚します。 まもなく戦争が起こり、シコは出征。 2人は、毎日午前11時にそれぞれの場所から相手に語りかけようと約束します。 激戦のなかでシコは撃たれ、彼は戦死したとディアーヌに伝えられました。 しかし、それは誤報で、シコは失明したものの生きて帰ってきたのです。 シコが2人の住まいの屋根裏部屋へ駆け込んできたのは、戦争が終わった日のちょうど午前11時のことでした。 2人はひしと抱き合い、ディアーヌは、これからは私があなたの目になる、と誓いました。 彼はこれを見ながら、周りの人たちがびっくりするほど、身も世もなく泣き続けたそうです。 泣きに泣いて映画館を出たら、死ぬ気持ちがさっぱりなくなっていました。 その後、何とか旅費を工面し、東京に向かいました。 その後、菊田一夫はサトウハチローの紹介で浅草国際劇場の文芸部に入りました。 以後、順調に劇作家の道を歩むのですから、いくぶん身勝手なところがあったにしろ、サトウハチローが菊田一夫の大恩人だったことはまちがいありません。 『君の名は』のmp3を作りながら、こんなことを思い出しました。 (二木紘三) ラジオでドラマが始まると女湯がカラになると言われた『君の名は』の映画化が昭和28年ですか・・。 当時五歳の私が住んでいた島根県奥石見の小さな町にはこの映画が掛からなかったのか、近所の奥様連中に手を引かれて、山口県萩の映画館まで見に行ったことがあります。 もちろん五歳の私にとっては映画などよりもルンルンの旅行気分。 クルマ社会ではない当時のこととて、山口線で石見益田、山陰本線下りに乗換えて萩(おそらく東萩駅)まで。 ところが奥様連中は映画に熱中した挙句、終発に乗り損ねてしまい、仕方なく東萩駅の待合室のベンチでオーバーを掛け布団代わりの私を含め五、六人が始発までの夜を明かしたことがあります。 ・・遠い思い出です。 投稿: 乙女座男 2007年10月 3日 水 03時41分 「君の名は」のラジオ放送は、1952年から54年にかけてされたそうですから、生意気にも11歳から13歳にかけて私もラジオにかじりついていました。 そんな小学生の男の子の私でさえ聴いていたのですから、「この時間は女湯が空っぽ」伝説も嘘ではないと思います。 すごいですよね。 でも、このストーリーはどこかで見たことがあるけど、何だっかかなあと思って考えたら、「哀愁」 1940年 というアメリカ映画によく似ていることに気付きました。 冒頭の、戦時下での橋の上での出会いなどはそっくりですものね。 ここはアイデアを拝借したのでしょうね。 しかし、こんなことはあちこちのドラマによくあることで、菊田一夫さんのストーリーテラーとしての才能にいささかのけちをつけるわけではありません。 ただ、たくさんの大衆小説や脚本を書く作家は、やはり、世界各国の本の中からアイデアを頂いているものが多いんだろうなと思いました。 この曲はやっぱりなつかしいです。 投稿: 吟二 2009年6月27日 土 23時34分 私が子供だった昭和30年代、『君の名は』は既に半ば伝説化している番組でした。 お二人の橋の上でのすれ違いの場面だけは、子供ながらに知っていましたし、たまにこの歌がラジオから流れていたように記憶しています。 吟二様ご指摘の、映画『哀愁』との類似。 なるほどと思いますね。 『哀愁』はなかなか秀逸な日本語タイトルですが、原題は『WATERLOO BRIGE』ですからね。 そのとおり、冒頭とラストがウォーターロー橋での場面でしたね。 第二次世界大戦の戦地に赴く前、夜霧が立ちこめる橋上に佇む英国将校クローニン(ロバート・クーパー)。 彼が手に握りしめているのは、妻だった元バレエダンサーのマイラ(ヴィヴィアン・リー)の形見の品。 そこから第一次世界大戦時の二人の出会いから別離までの回想シーンが…。 橋上で初めて出会ったその夜、二人がとあるダンスホールで踊るシーンがありました。 生バンド演奏に合わせて、つかの間の至福のダンス。 そのラストの曲が『蛍の光』。 二人のその後の運命が暗示されているようで、あれほど印象的で切ない『蛍の光』はありませんでした。 一般的にヴィヴィアン・リーの代表作といえば、この映画とほぼ同時期制作の『風と共に去りぬ』です。 太平洋戦争中これを観た日本軍将校が、「こんな映画を作れる国と戦争しても勝てっこない」と密かに舌を巻いたというカラー巨編でした。 でも私の中でヴィヴィアン・リーの代表作は、白黒映画の『哀愁』を置いて他にありません。 (マイラ役の彼女の何と美しかったこと! ) のみならずこの映画は、史上最高の恋愛映画の一つだとも思います。 (何やら『哀愁』コメントになってしまい、申し訳ございません。 ) 投稿: Lemuria 2009年6月30日 火 01時51分 前からお邪魔しては、懐かしい曲を聴かせて頂き、時には大きな声で唄わせて頂き、楽しませて頂き有難うございます。 当時の事を思い出しながら懐かしさを満喫しております。 そして、コメントも書かせて頂いていましたが、どうしても此の「君の名は」につきましては書く事ができないで今日まで来ました。 この「君の名は」のラジオ放送がありました頃は、1歳に満たない長男をおいて結核療養所に入院していました。 この放送が始りますと同室の患者さんと聞いていましたが、物語よりも長男を思って泣いていました。 ですから「君の名は」の思い出は今も当時を思い出す唄になっています。 その長男も孫に恵まれておじいさんになっていますが、私にとっては、あの当時の一歳の子供が甦ります。 投稿: ちづる 2010年4月19日 月 23時49分 けんしさんの言われる「君の名はのつづき」がないかと言うご質問の意味と違うかもしれませんが、 1.「君の名は」の歌詞は二木先生が書かれたように3番までです。 昭和28年発売です。 2.これのアンサーソングとして、春樹の立場で書かれたのが「君いとしき人よ」です。 昭和29年発売です。 作詞作曲は同じく、菊田一夫詞、古関裕而曲ですが、唄は伊藤久男です。 株 全音楽譜出版社「日本の詩情」 昭和48年までの歌を収録 より。 3.この物語りの後日談ストーリーの歌は、私は知りません。 NHKの朝ドラは1,2回しか見なかったので、これ用のどんな歌が有ったのか無かったのか記憶にありません。 投稿: 吟二 2011年12月23日 金 11時29分 古関裕而の名曲ですね。 毎月アコーディオン伴奏をさせてもらっている某歌の会の集まりで、今月はこの曲他数曲を取り上げようと思っています。 ところで、MIDIを聞いて少し気になった点。 リズムに付点音符が使用されていますね。 原曲の織井茂子は付点を付けていなかったように思います。 原曲が頭の中に残っているので、何か違和感を感じます。 最近のフォレスタも付点を付けて歌っています。 楽譜を調べてみると、手持ちの「古関裕而作品集」では織井茂子の歌い方どおり、付点はついていない。 これが原盤かどうかは私にも分りませんが、多分そうだと思います。 その後の「歌謡曲の全て」では、付点のついた楽譜が掲載されています。 違和感を持つのは私だけでしょうか。 投稿: atsuo 2014年11月12日 水 22時46分 このドラマが放送されたのは、私が小学校2年生の時でした。 ハモンドオルガンをバックに「忘却とは忘れ去ることなり・・・・」のラジオから流れるナレーションは今でも鮮明に憶えています。 あらすじは幼いこともあり、深く理解できませんでしたが、なんとなく男女間の出来事であることは理解していたと記憶しています。 真空管のラジオは、カミナリが近づくとザーという雑音がはいり、夜になると海外放送などが混線し電波状態はあまり良くありませんでした。 しかし、テレビ等ない時代、新聞に次ぐ情報源としてのラジオは貴重な存在でした。 あらゆるメディアが存在し、自由に選択できる現代社会、まさに隔世の感があります。 そんな私も今年 2015年 は古稀を迎えます。 投稿: タケオ 2015年1月 4日 日 22時07分 今日の朝日「天声人語」に「アニメ・君の名は」が取り上げられています。 空前のヒット作のようですがまだみていません。 聞いている限りでは「転校生」のようなイメージですが、我々世代ではこの題名はちょっと?ではないでしょうか。 最初は「夢と知りせば」だったそうです。 「ライオンキング」と「ジャングル大帝レオ」に感じる違和感と同じかも知れません。 閑話休題。 この歌は生意気盛りの頃ラヂオで確か木曜日の夜に流れていました。 時は流れ新婚早々の転勤で東京に出た時ワイフの希望で数寄屋橋に行きました。 すでに「数寄屋橋ここにありき」の時代でした。 今も一番だけは空で歌えます。 レムリアさんの言われる「哀愁」とは大分離れていると思いますが、実はロンドンに旅した時ウオータールー橋に佇んだ思い出があります。 昼だったのであの大佐が人形を持つファーストシーンは無縁でした。 長いこと勘違いしていましたが「この世の花」がこの歌の続編だと思っていました。 投稿: しょうちゃん 2016年10月 6日 木 08時59分.

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君の名は: 二木紘三のうた物語

君はいた確かにここに 曲名

曲名には前置詞がないので、直訳するなら「ティーンエイジャーの暴動」とするのが妥当ですが、文法を無視して別の意味を考えることもできそうです。 些細なことで浮かれてはシーソーのように急激に落ち込んだり、小さな問題を割り切れず意固地になったり、妥協ができない分大人よりも深く人間関係に悩んだりします。 嵐のような胸中から生み出される主張は、たとえ未熟でも不合理でも、この時期にしかない輝きを秘めているように思います。 ひいらぎの解釈 きっと取り残されて野垂れ死ぬんだ。 格好つけて吸ったメンソール。 処分価格のコンバースを履いて、黄昏にメロディーを思い浮かべる。 「潮溜まり」には、干潮の流れに乗り損ね取り残された海洋生物が見かけられます。 広い世界に戻れないまま孤独に迎える最期は、とても望ましいものではありません。 「背伸び」して吸うたばこや、セールで手に入れた憧れのスニーカー、やたら多用される横文字からは、いかにもティーンエイジャーらしい鬱屈が感じられます。 若い主人公は感情を音楽に変えたくてたまらないようです。 「匂い出す」という表現から、インスピレーションを受けた彼の頭に自然と「メロディー」が浮かんでくるのがわかります。 今サイコロ振るように日々を生きて ニタニタ笑う意味はあるか 誰も興味がないそのGコードを 君はひどく愛していたんだ ひいらぎの解釈 意志の欠けた生き方をして、ニタニタ笑ったって何になる。 誰も気にしてくれなかったけど、君は奏でるGコードを愛していた。 「サイコロを振るよう」な生き方とは、偶然や運任せでその日をやり過ごすだけの、自主性も目標もない生活のことだと考えられます。 味気ない日々に浮かべる「ニタニタ笑」いからは自嘲と諦念が感じられますが、そこに「意味」を問うていることから、主人公が現状に不満を感じ違う生き方を望んでいることが伺えます。 「君」は不特定の他者と捉えることができますが、ここでは前後の文脈を踏まえ過去の主人公自身と解釈します。 彼は音楽を「ひどく愛していた」ので、退屈な毎日から抜け出すためにずっとギターを弾いていたのでしょう。 誰も見向きもしてくれなかったようですが、周囲の評価を無視できる程に彼の熱意は強かったのだと思われます。 煩わしい心すら いつかは全て灰になるのなら その花びらを瓶に詰め込んで火を放て 今ここで 誰より強く願えば そのまま遠く雷鳴に飛び込んで 歌えるさ カスみたいな だけど確かな バースデイソング ひいらぎの解釈 苛立たしい感情もいつか全て消えてしまうなら その片鱗に火を付けて今ここで放て。 誰より強く願うなら、爆音と共に遠くまで響く声で 歌えるさ、無様でも確かな一歩を踏み出した君の歌を。 「瓶」とは火炎瓶のことでしょう。 ガラス瓶などに液体可燃物を詰めて作る簡易的な爆弾です。 ここでは液体の代わりに「煩わしい心」の欠片である「花びら」を「詰め込んで」います。 色鮮やかな「花びら」は、どんな火花を散らすのでしょうか。 「雷鳴」には暗雲を駆け抜ける素早さと力強さ、音だけで心臓を震わせる破壊力が備わっています。 先に火炎瓶が登場しているので、ここでは同時に爆音も表現していると考えられます。 遠くまで轟く「雷鳴」に「飛び込んで」歌う「バースデイソング」は、主人公が自分自身に送る祝福と激励です。 それは同時に空の下にいる多くの人々にも勇気を与えるはずです。 ひいらぎの解釈 しみったれた顔がお似合いのダークホース。 壁に八つ当たりして開けた穴。 あの時言えなかった言葉。 ブラスバンドがメロディーを鳴らし出す。 ティーンエイジの思い出が断片的に綴られています。 主人公は「ダークホース」と目されていたようですが、半ば皮肉だったのではないでしょうか。 「しみったれたツラが似合う」ことから実際には活躍の機会はなかったと推察されます。 また、チームで演奏する「ブラスバンド」の練習を主人公がただ聞いていることから、彼の孤独感が伺えます。 「壁」に向かって鬱憤をぶつけたり、素直になれなかったり、彼にとってはあまり華々しい時代ではなかったようです。 真面目でもないのに賢しい顔で ニヒリスト気取ってグルーミー 誰も聴いちゃいないそのDコードを それでもただ信じていたんだ ひいらぎの解釈 真面目じゃないくせに賢そうなふりをして、ニヒリストを気取り陰鬱に浸った。 誰も聴いていなかったけど、奏でるDコードに力があると信じていた。 「ニヒリスト」「グルーミー」と、明るい印象の「Dコード」は相容れない要素に思われます。 しかし主人公が「信じていた」のは「Dコード」の方です。 悲観的な態度の方がクールに見えてしまうのは、ティーンエイジ特有の抗い難い性質のように思われます。 音楽に力があることを本当はひたむきに「信じていた」主人公も、その性質に飲まれていたようです。 「それでも」、誰にも認めてもらえずとも奏でることを止めなかったところに彼の意志の強さが現れています。 よーいどんで鳴る銃の音を いつの間にか聞き逃していた 地獄の奥底にタッチして走り出せ 今すぐに 誰より独りでいるなら 誰より誰かに届く歌を 歌えるさ 間の抜けた だけど確かな バースデイソング ひいらぎの解釈 スタートを知らせる銃声を聞き逃し、気付けば取り残されていた。 どん底を蹴って今すぐに走り出せ。 誰より孤独を知っているから歌えるんだ、誰より誰かに届く歌を。 間抜けでも確かに生まれ変わった自分の歌を。 本来は「よーいどん」で切るはずだったスタートダッシュを、主人公はしそびれました。 「いつの間にか」自分だけが取り残されていることに気付いたようです。 「地獄の奥底」は、それ以上落ちようのない絶望の限界値です。 「タッチ」は走者の変更を意味しますので、ここでは落ち込んでばかりだった状態からの意識的な脱却と解釈できます。 孤独を知る主人公だからこそ、孤独な誰かの心に響く歌がわかります。 周囲と足並みが揃わない彼は確かに間抜けに見えるかもしれません。 それでも人生を作り変えようと足掻く後ろ姿は、よく似た苦しみを抱えた人の目には、追いかけたくなる程格好良く映るはずです。 持て余して放り出した叫び声は 取るに足らない言葉ばかりが並ぶ蚤の市にまた並んで行く 茶化されて汚されて恥辱の果て辿り着いた場所はどこだ 何度だって歌ってしまうよ どこにも行けないんだと だからこそあなたに会いたいんだと 今 ひいらぎの解釈 持て余した感情を叫びに変えても 取るに足らないとあしらわれ、価値がないと受け流される。 茶化されて貶されて恥辱に耐えて辿り着いたここはどこだ。 いつまでも歌が止まらない。 どこにも行けないと、 だからこそ今あなたに会いたいと、 叫んでいる。 「持て余して」つまり上手く処理しきれなかった感情は「叫び声」になって「放り出」されます。 周りの人々はそれを「取るに足らない言葉」として、不用品を片付けるための「蚤の市」に「並」べます。 「また」とあることから、主人公がぞんざいな扱いを受けたのが一度や二度では済まないことがわかります。 心からの「叫び」を馬鹿にされ否定され、苦い経験を重ねるうちに、主人公はかつて自分がいたのとは違う「場所」へ「辿り着いた」ことに気付きます。 しかし、そこがどこなのか判然としません。 「どこにも行けないんだ」との歌声は、どうしても望む「場所」へ行き着けない彼の苦悶を表しています。 続く一節に登場する「あなた」は、特定の人物ではなく、主人公と共感し合える誰か、苦しみを分け合い励まし合うことのできる誰かだと捉えられます。 煩わしい心すら いつかは全て灰になるのなら その花びらを瓶に詰め込んで火を放て 今ここで 誰より強く願えば そのまま遠く雷鳴に飛び込んで 歌えるさ カスみたいな だけど確かな バースデイソング.

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英語歌詞『Barking At The Moon』の和訳と解説

君はいた確かにここに 曲名

楽曲の基本情報 今回紹介していく 「壇上」は、King Gnuのアルバム 「CEREMONY」の最後に 閉会式を除くと 収録されているナンバー。 King Gnuの作詞作曲を担当するギターの常田さんがメインボーカルとして歌い上げる本楽曲は、常田さん自身の音楽に対する想いが凝縮されています。 アルバム全体を見ても 「壇上」は異質な存在感を放っていると感じた方は多いのではないでしょうか。 常田さんの楽曲へのコメントは以下。 作り方もそうですけど、やっぱり、タイアップも含めて、求められるテンプレートみたいな形ができてきていたんですよね。 昔はもっと自由に「ああでもない、こうでもない」とやっていたものが、去年はどんどん工場生産のようになっていった。 スケジュールも時間もない中で、合理的に、クオリティを担保できるやり方をとらなきゃいけなかった。 だからもう1回「壇上」みたいな作り方に回帰しなきゃいけなかったんです。 そういう意味ではけっこう2019年はしんどかった。 俺だけじゃないと思うんですけど、 ルーティンとかテンプレートに縛られて、気持ち悪さを感じていたので。 でも、いい区切りになったアルバムだと思います。 でも、それは来年からアンダーグラウンドに回帰するという話じゃまったくなく。 何を作るにおいても、クラシックになりうるポップスを作るという心構えはやっぱり重要というか、そのスタンスは守らなきゃいけないなと思っているので。 そういう意味でのいい区切りになるアルバムだと思います。 確かにアルバム「CEREMONY」の大半はタイアップ曲。 King Gnuの勢いが凄すぎる。 確かに 「CEREMONY」の収録曲はキャッチーで歌謡曲感が強い。 特にKing Gnu名義での初アルバム 「Tokyo Rendez-Vous」と聴き比べるとそれは顕著に分かります。 人気が出るにつれて、音楽としての在り方に「窮屈」を感じていたわけですね。 その結果生まれた楽曲が「壇上」だったと。 楽曲を聴くだけでも漠然と伝わる「強い意志」と「メッセージ性」は、ここに由来していたのです。 それでは楽曲背景を押さえたうえで本題の楽曲考察に移っていきましょう。 楽曲名「壇上」とは 「壇上」とは 教壇、演壇といった壇の上。 を示す意味の言葉になっています。 楽曲の基本情報の欄で述べたように「壇上」は常田さんがKing Gnuとしての活動に窮屈さを感じていたときに作成した楽曲になります。 また何でも 「King Gnuを解散したいぐらい追い詰められてた時に書いた」とのこと。 そんな逆境の中で語りかけていく詞だからこそ 「しっかり壇上に立って意思表明をしたい」ということで、本楽曲のタイトル名に繋がったのではないかと筆者は考えています。 スポンサーリンク 歌詞 叶いやしない 願いばかりが積もっていく 大人になったんだな ピアノの音でさえ胸に染みるぜ 君はすっかり 変わってしまったけど 俺はまだここにずっといるんだ 汚れた部屋だけを残して ちっぽけな夢に囚われたままで 売り払う魂も残っちゃいないけど 君のすべては俺のすべてさ なんて言葉は過去のもの 今ならこの身さえ差し出すよ 何も知らなかった自分を 羨ましく思うかい? 君を失望させてまで 欲しがったのは何故 何もかもを手に入れた つもりでいたけど もう十分でしょう もう終わりにしよう 目に見えるものなんて 世界のほんの一部でしかないんだ 今ならそう思えるよ 本当に泣きたい時に限って 誰も気づいちゃくれないよな 人知れず涙を流す日もある 履きなれた靴で出かけよう 靴音を高らかに響かせながら 決して足跡を消さないで いつでも辿れば 君の元に帰れるように そばにいて欲しいんだ、どんな未来でも 譲れぬものだけを胸に歩いていくんだ 自分の身の丈を知り、それでも 背けずに見つめられるかい? 骨までずぶ濡れの明日さえも 信じられるかい? 最終列車はもう行ってしまったけれど この真夜中を一緒に歩いてくれるかい? 何時間かかってもいいんだ ゆっくりでいい この足跡を辿って 確かな足取りで帰ろうよ 何も知らなかった自分を 羨ましく思うかい? 君を失望させてまで 欲しがったのは何故 何もかもを手に入れた つもりでいたけど もう十分でしょう もう終わりにしようか そばにいて欲しいんだ、どんな未来でも 譲れぬものだけを胸に歩いていくんだ 自分の身の丈を知り、それでも 背けずに見つめられるかい? 骨までずぶ濡れの明日さえも 信じられるかい? 叶いやしない 願いばかりが積もっていく 大人になったんだな ピアノの音でさえ胸に染みるぜ 君はすっかり 変わってしまったけど 俺はまだここにずっといるんだ 汚れた部屋だけを残して 作詞作曲:常田大希 スポンサーリンク 歌詞の意味・解釈 1番 叶いやしない 願いばかりが積もっていく 大人になったんだな ピアノの音でさえ胸に染みるぜ まず冒頭部分の歌詞から伺えるのは 圧倒的な後ろめたさと傷心です。 「あれがしたかった」「これがしたかった」と、どんなに後悔しても時間は淡々と過ぎていく。 とはいえ後悔ばかりの人生は、過去の自分が自ら選択したことで成り立っているものだから 「胸に染みるぜ」と受け入れるしかないのです。 主人公は過去に悔やんで傷心している。 君はすっかり 変わってしまったけど 俺はまだここにずっといるんだ 汚れた部屋だけを残して ここで「君」が登場します。 なお、恋愛ソングのような語法で歌詞が綴られていますが、本楽曲はただの恋愛ソングではありません。 楽曲の基本情報の欄で述べたように 「万人受けるKing Gnu」を作るが故に窮屈さを感じた常田さんが想いを歌に変換したものです。 そのため歌詞中の「君」は恋愛相手の君としてではなく、 昔の音楽が好きだった君として置き換えると解釈の解像度がググっと上がると思います。 これらを踏まえたうえで上記の歌詞を見ると、 「君はすっかり変わってしまった」というのは、自らの音楽性が変わってしまったために、見向きもしてくれなくなった様子を表しており、遠まわしに 「寂しさ」を演出していることが分かる。 そして 「汚れた部屋だけを残して」という歌詞は、もっと深くて切ない。 汚れた部屋というのは言い換えれば 「昔の音楽」そのものであり、 「外から見たら変わってしまったかもしれないけど、内に宿っているものは変わっていないよ」という意志が表れた一文になります。 言葉の意味 魂を売る…人が金品や地位を得るために、道を踏み外すこと。 音楽のテンプレートに従った自分を悔いているから「売り払う魂も残っちゃいない」と嘆きをこぼしている。 だが本心では昔の音楽を愛してくれた君に寄り添いたいと思っている。 今ならこの身さえ差し出すよ と言っても大袈裟ではないくらい、過去の自分が形成していった今の自分を悔やんでいるのです。 サビ1 何も知らなかった自分を 羨ましく思うかい? 君を失望させてまで 欲しがったのは何故 何もかもを手に入れた つもりでいたけど もう十分でしょう もう終わりにしよう かなり衝撃的なサビ。 何もかもを手に入れたつもりでいたけど もう十分でしょうもう終わりにしよう 特にこの部分はファンの間で「え?King Gnu解散するの?」という話題が出たくらい意味深な歌詞になっている。 実はここの歌詞については常田さんが King Gnuを「紅白」を最後に解散したいなと思って書き始めたら、すぐできました。 とインタビューコメントを残しています。 実際に解散するわけではないのですが、楽曲タイトルの考察欄で述べた 「King Gnuを解散したいぐらい追い詰められてた時に書いた」という常田さんの心境は、歌詞にも顕著に表れていたということです。

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