千 と 千尋 神木 隆之 介。 アフタヌーン四季賞

出身地別日本画家・UAG美術家研究所

千 と 千尋 神木 隆之 介

物故日本画家一覧 【あ行】 相生垣秋津(1896-1967年04月27日)川端画学校卒、師川合玉堂、俳句に親しみ俳画を描く 相川松瑞(1894-1969)美校卒 相澤積翠(1845-不明)師荒川晴海 合沢仙居(不明-不明)南画 相田黄平(1911-1995年12月15日)元現代水墨画協会理事長・顧問 会田耕源(1851-1913)師青山永耕 会田蘭涯(1867-1953)師小松雲涯・滝和亭 会津勝三(1905-1991年05月04日)京都絵画専卒、帝展等 (1905-1991)京絵卒、師中村大三郎 相場朋厚(1834-1911年06月22日)下野足利藩士、師田崎草雲、号古雲 合屋南山(1830? -1897年02月28日)日出町西教寺第十世寺主 相山公秀(不明-不明)池上秀畝の門と伝えられる 青樹逸岳(1883-不明)師今尾景年、名晨、字吉甫、別号清滋 (1900-不明)師玉置頼石 青木江崖(不明-1916年09月16日)師山本梅逸 (1825-1901)師高橋杏村 青木翠山(1842-1896年12月13日)師福田半香、別号蓬斎 青木栖古(1880-不明)師佐々木介堂・服部石仙、名浅次郎、別号交墨庵 青木生冲(1891-1973年06月28日)京都絵画専卒、師竹内栖鳳、日展 青木石農(1889-1968年11月)師笹澤櫟亭、名丈夫、別号荻村、信濃美術会結成に参加・後に会長 青木大乗(1891-1979年04月05日)京都絵画専卒、川崎小虎と大日美術院を結成・解散後は無所属、日本表象美術協会創立時名誉会員 青木天華(1903-1971)師伊藤天外 青木田卿(1912? -2001年01月20日)無所属 青木淑江(1960-2008年04月07日)日本美術院院友 青木梅岳(1867-1947)師杏雨 青木柏堂(1863-1929年02月12日)師貫名天蓼、本名輝吉 青木英夫(1922-1987年11月11日)師加藤栄三、日展会友、炭火書画研究会会員、元日本美術院院友 青木木平(不明-1974年01月16日)日本画府理事 (1842-1877)師狩野勝川院雅信 青野琳江(1900-1984)小倉美術協会会長 青谷保男(1935-2002年04月29日)日本美術院院友 青柳喜実子(1905-不明)師矢沢弦月 青柳琴僊(1867-1962年02月22日)師林青山・児玉果亭、全国南画共進会等で受賞 青柳青蛙(1884-1907)師水野年方・鈴木華村 青柳八十二(1925-1989)日本美術院院友 (1817-1879)師丸野清耕・狩野永真立信 青山百合子(1918-1997年01月28日)日本画院同人 阿嘉宗教(1826? -1890? )琉球の絵師 赤井伸生(1899-1967年04月23日)師木村武山・安田靫彦、日本美術院院友 赤井稲斎(1839-1878)師鉄翁 赤井龍民(1898-1945年12月01日)師菊池契月、帝展出品 (1835-1912)都城の四条派、師若松則文 赤座再生(1829? -1902年05月01日)旧岡藩士 赤坂青竜(1926-2003年04月08日)現代水墨画協会理事、近代水墨画院理事、青森水墨画会会長 赤坂石泉(1805? -1887)師岩礼 赤澤白翠(1910-1982)師平福百穂、北海道日本画協会を設立・会長 明石翠光(1899-1972)菅野舞山らと宝樹社で活動 明石元二郎(1864-1919年10月26日)軍人・陸軍大将 縣六石(1823-1881)江戸後期から明治期の画家、宇都宮藩士、名信緝、通称勇記 赤羽雪邦(1865-1928年08月25日)師尾崎雪濤・橋本雅邦、東美卒、別号知足 (1891-1964年01月)師森村冝稲、桂林寺住職 赤松雲嶺(1892-1958年10月16日)師姫島竹外、文展無鑑査 赤松寸雲(1817-1879)美作津山の人で諸国を遊歴した 赤松柳史(1901-1974年09月15日)俳画界の第一人者、砂丘俳画会を主宰 赤松燎(1922-1996年05月31日)日展会友、晨鳥社所属 安芸菖渓(1831-1900年03月21日)俳人・画もすぐれた 秋岡友哲(1816? -1878年07月04日)医師、師帆足万里 穐月明(1929-2017年04月15日)無所属 秋田仙橋(1899-1976)新興美術院会員 (1867-1932年06月29日)東美蒔絵科卒、洋画も手掛けた 秋月石窓(1842? -1909年09月03日)師帆足万里 (1833-1904年10月17日)徳川家茂や明治天皇の侍読をつとめた 秋月必山(1841-1913年05月10日)佐伯藩の儒者 秋根墨石(不明-不明)南画、師川田墨鳳 秋野松堂(1880-1957)師武藤鶴城・奥原晴湖・奥原晴翠 秋野不矩(1908-2001年10月11日)文化勲章、文化功労者、師石井林響・西山翠嶂、創画会員、京都市立芸術大学名誉教授 秋葉長生(1911-1978年05月12日)師山口蓬春、日展会員、菊華賞 穐本砂人(1943-2017年06月22日)日本芸術協会副理事長 秋吉天呉(不明-不明)南画 (1889-1925)師寺崎広業 浅井貫希(1918-1998年04月18日)大阪美術協会顧問、全日本水墨画協会理事 朝井観波(1897-1985年11月06日)師荒木十畝、元日本美術院院友、漢学者・朝井国南の子 浅井呉竹(1868-1945年06月03日)師曽我徳丸・尾竹竹坡 浅井秀水(1919-2014年05月09日)師伊東深水、日展会友 浅井小仙(1894-1938)師山本石叟 浅井菁亭(1929-2011年12月25日)全国水墨画会会長 浅井蒼石(1872-1946年01月22日)師越智東予、墨香会会員、浅井弥兵衛の養子 浅井蘇来(不明-不明)四条派 浅井聴石(1884-1957)師山本石叟 浅井楠荘(1895-1978)師神谷石洞・山本香雲、名清、日置流弓道の妙手 浅井正臣(1896-1979)京都絵画専卒、師西山翠嶂 (1842-1907年11月23日)師谷口靄山・木下逸雲・日高鉄翁、全国南画共進会受賞 朝一圭鳳(1895-1969)師月田淡山・板谷桂舟 朝岡翠洲(1847-1934年04月24日)師横地清渓・伊藤翠雲・岡本柳南、名正備、朝岡宇朝の長男 (1886-1906)朝倉政通の娘、松平雪江の門 朝倉摂(1922-2014年03月27日)文化功労者、師伊東深水、新制作協会日本画部や一采社に参加、絵本・挿絵なども手がけ、舞台美術家としても活躍、朝倉文夫の長女 浅田蘇泉(1911-2001年12月24日)師松田杏亭・中村岳陵、白士会結成に参加 麻田鷹司(1928-1987年07月01日)師父麻田辨自、創画会会員、武蔵野美術大学客員教授 浅田庭史(1909-1981年08月21日)師矢野橋村・中村貞以、日本美術院特待、春泥会員 麻田辨自(1900-1984年10月29日)日本芸術院賞、京都絵専卒、師西村五雲、日展参事、文部大臣賞、旧号辨次、国画創作協会 浅野鶴汀(1891-1965年12月04日)京都絵画専修、師渡辺公観・橋本関雪、運筆画展 浅野錦州(不明-不明)杵築の人 浅野耕園(1910-1982年12月07日)師熊耳耕年 (1856-不明)師安田老山・武山霞岳 浅野紫露(1917-2001年06月06日)師川端龍子、新美術協会顧問 (1847-不明)南画 浅野梅堂(1816-1880年02月17日)南画家、赤穂浅野家支族 浅野芳邨(1889-1975年09月02日)師黒住章堂 浅野雄飛(1812? -1880)師月僊 麻畑雅泉(不明-不明)東美卒 朝見香城(1890-1974年08月29日)師森月城・西山翠嶂、名寅次郎、別号泰冝・松籟荘、文展・帝展・日展出品、中京美術院を開設 浅見松瑩(1886-1969)師上村松園・寺崎広業・松岡映丘 浅見松江(1890-1969)師上村松園・寺崎広業・松岡映丘 (1837? -1878)師兒島竹處 芦田恭子(1917-2009年04月29日)師真道黎明・小松均、日本美術院院友 葦名晴畝(1868-1959)師荒木寛畝 葦名蘆洲(1842-1896)師東東莱・大槻磐溪・安田老山 葦原眉山(1838-1887年07月05日)師鉄翁、僧名維新、奥村石蘭らと同好社創立 小豆澤禮(1922-2011年02月18日)京都絵画専卒、師池田遙邨、日展会友、青塔社 東韶光(1922-2014年02月20日)師中村岳陵、日展参与、審査5、菊華賞、特選 東笙蒼(1926-1990年06月20日)師小野寺梅丘、日本清興美術協会会員、扇面画家として活躍 東草江(不明-不明)師別所春濤 東桃園(1881-1966年01月15日)旧制山口中学を国文漢学を教え退職後南画家・俳人として活動 東東龍(1833? -1911)山本琴谷とともに中国人に学んだとされる 麻生玉僊(不明-不明)師渡辺秋谿・野口小蘋、名順子 麻生貞樹(1837-1919年05月01日)日出藩の人、帆足文庫創立に尽力した 麻生珠溪01(1876-1958年02月01日)師富岡鉄斎・川端玉章 麻生珠溪02(不明-不明)師田能村竹田 (1836-1908)師村田東圃 (1844-1921年08月22日)師浅井柳塘・後藤田南渓・渡辺小華・佐依篁石 足立芸香(不明-不明)女性画家、東美卒、師寺崎広業 安立完二(1914? -2000年05月07日)創作画人協会理事 足立玉興(不明-不明)師池田興雲 足立光嶺(1904-不明)師堂本印象 (1825-1895年12月25日)師十市石谷・田辺文琦 (1836-1923)師前村洞泉、狩野派、土陽美術会高知支部会員 足立雪山(1845-1921)師福田半香 安達丹霞(1858? )名は虎三、別号は稲川、東淋 (1834-1902)琉球王府最後の絵師、唐名は東承徳 安孫子荻声(1901-1987年08月14日)京都絵画専卒、師福田平八郎、創作画人協会の創立に参加 阿部王樹(1888-1974)俳画、師坂本繁次郎・森三美 阿部鶴峯(1813-1880)師僧恵教・岸良 安倍清隆(1953? -2019年10月10日)大阪美術協会常任委員 安部止水(1865-1949年12月24日)師木村香雨 (1877-1956)師深田直城・菊池芳文、文展褒状等 (不明-1887)松山藩最後の絵師、別号養年 (1823-1879年04月10日)師滝山霞崖、画僧 (1876-1915年05月15日)師柿本柿融・森川曽文・谷口香きょう (1851-1911)師門脇笛斎・浅井柳塘・田能村直入 安部信雄(1916-2006年04月08日)帝美卒、元新興美術院会員、元創造美術会員 阿部梅處(1857? -1940年04月02日)師帆足杏雨 阿部風木子(1923-2018年11月23日)国際墨画協会会長、フジ芸術友の会会長、パリ・ド・フランス会長 安部孫一(1918-2005年11月26日)師大山忠作、日展会友 阿部芳明(1934-1999年11月11日)日本美術院院友 阿部能人(1913-1992年10月10日)師契月、前号尚一 (不明-不明)師岸駒 阿部蓮舟(1855-1911)師小松雲涯 阿部六陽(1906-1987)師川合玉堂、白合会同人 天草神来(1869-1917年04月27日)師淵上誠方、東美卒・助教授、朝鮮で李王家の壁画等を制作 天田慎子(不明-1999年10月27日)日本美術院研究会員 天沼青蒲(不明-不明)師鏑木清方 天野耕造(1938-2011年11月19日)日本画府理事 天野痩石(1837-1896)師金子雪操 (1837-不明)師近藤桃江・金子雪操 天野大虹(1906-1999年01月27日)京都絵画専卒、師山口華楊、日展会友、晨鳥社幹事 (1824-1894年12月26日)師中林竹洞・森田樵眠、名俊、字太吉 天野耕峰(1890-1964)師菊池芳文・川北霞峰 雨宮芳洲(不明-1885)江戸後期から明治期の画家・下館藩士、真岡の三楽及び立山南圭らに学ぶ 雨森敬亭(1793-1881年11月11日)師松村景文・西村楠亭 阿邑梧堂(1857-不明)師藤島華僊、名新晤、別号清蔭・百花園・桜隠閑人 雨森白水(1793-1881年11月11日)師松村景文・西村楠亭 綾岡輝松(1817-1887年05月24日)綾岡有真の父、師柴田是真・中川憲斎 綾岡有真(1846-1910年04月03日)師柴田是真、父綾岡輝松を継いで書画や図案の制作に従事 綾部文盟(1797? -1881年09月21日)師十市石谷・帆足万里・海野祐憲 新井勝重(1821-1893 )幕末から明治期の画家、新井勝房の子、俳号五村 荒井寛方(1878-1945年04月16日)師水野年方、文展無鑑査、日本美術院同人 荒井篁一郎(1899-1934)東美卒、師小貫博堂・結城素明 新井広成(1876-1940年10月25日)師平福穂庵・松本楓湖 新井勝利(1895-1972年06月21日)師梶田半古・安田靫彦、日本美術院同人、多摩美術大学名誉教授 荒井翠圃(1879-1939)師小松雲涯・小室翠雲 新井清堂(1906-1991年08月)師山川永雅、日本美術協会褒状 荒井草雨(1890-1967)師関雪・林響・大観、名聳、京都の画塾で学ぶ 荒井朝吉(不明-1998年10月)創造美術会運営委員 新井洞巌(1866-1948年05月02日)師長井雲坪・菅原白竜・高森砕巌 新井白鳳(1910-1935年05月30日)師中村岳陵、日本美術院院友 新井豊(1913? -2000年05月04日)創作画人協会理事 荒井緑荷(1900-1986)名信次郎、永田春水の門 (1847-1928年12月05日)本名常吉 荒金丘烏(1832? -1901年09月14日)醸造業、画をよくした 荒金嘯雲(不明-不明)醸造業、師桂仙 荒川華関(1870-1941年08月31日)師国井雲嶂・小林寒林・野澤白華、日本南画院等に出品、鹿島村村長を務める (1863-1923年08月12日)名保真、通称栄七 荒川公圭(不明-不明)師渡辺秋谿 荒川静渕(1887-1957年12月27日)師奥村恭法・寺崎広業、名秀太郎、名秀太郎、別号秀法 荒川晴海(1817-1876)仙台藩画員、師狩野晴川院 荒川青亭(1894-1977年10月27日)師結城素明 荒川梅挙(1894-不明)師白石松挙・鈴木松年、名慶次、別号楓館・天龍館 (1826? -1905)師戸祭雪湖 荒木雲石(1842? -1926)備中岡田藩士、画をよくした 荒木淵泉(1854? -1900)師川田甕江・三島中洲 荒木寛一(1827-1911)師江崎寛斎、荒木寛友の父、荒木寛快の養子、梅隠斎 荒木寛畝(1831-1915年06月02日)江戸後期から明治期の画家、帝室技芸員、師荒木寛快、東美教授、万国博受賞 荒木寛友(1849-1920年11月23日)師父荒木寛一・山本琴谷、荒木寛一の子 (1789? -1878)師白神こう々 荒木月畝(1873-1934年11月18日)師田崎草雲・荒木寛畝・荒木十畝 荒木幸子01(1923-不明)日展会友、師堂本印象 (1872-1944年09月11日)日本芸術院会員、日本画院創立委員、師荒木寛畝、帝展審査 (1807-1876年06月15日)唐絵目利頭取をつとめた、師渡辺鶴洲 (1857-1931年04月09日)師菊川淵斎・狩野探美、日本画会の結成に参加 荒木墨仙(1856-1897)師野村文挙 荒木柳城(1894-不明)師横山大観 荒瀬乙彦(1925-2002年12月)東美卒、日展会友、23特選 (1891-1970)加藤英舟・橋本関雪に師事 (1852-不明)師如林宗信・塘雲田 在原古玩(1829-1922年08月13日)土佐派、日本美術協会審 (1868-不明)師高瀬梅堂・平山東岳・天野方壺・鈴木百年・後藤碩田 (1835-1906年05月30日)師父有馬千里・馬外翁、通称麿助、号酔漁 有松晩翠(1854-1927)南画 有賀伊波留(1921-1994年01月18日)日本芸術家協会会員 (1898-1931年12月21日)本名浅之助、別号紫水、大滝雨山・平福百穂に師事 淡島椿岳(1823-1889)幕末から明治期の画家、円山派、師椿年、別号南平堂 粟田栄暉(1911-1993)師西村五雲 (1883-不明)下妻一高の図画教師を務めた 安西啓明(1905-1999年01月11日)師東畝・川端龍子、元青龍社社人 安斉義郎(1933-2014年10月24日)日府展理事 安静木公(不明-不明)南画 安東九華(1825-1904年01月08日)師帆足万里、画をよくした 安藤旭亭(不明-1935)昭和期に田川郡添田町で活動 安藤錦城(不明-1885)田辺の画家 安藤耕斎(1862-1939年02月03日)文人画家・政治家、富岡鉄斎に私淑 安東黄石(不明-1934年04月27日)俳人、画もよくした 安藤重春(1912-2006)日展会友 安藤州一(1872? -1950年12月27日)真宗大学教授をつとめた 安藤松陽(1849-1931年02月05日)官職のかたわら書画をよくした 安藤翠浦(1909? -1988年03月10日)現代俳画協会会長 安藤正楽(1866-1953年07月24日)号任堂、政治家・歴史家 安藤石友(1824-1892年01月15日)醸造業、画をよくした 安藤得醐(1836-1891年10月06日)四方の志士とまじわった 安東南豊(1889-1977)小山正太郎に洋画を学び荒木十畝に日本画を学ぶ、茨城美術展等出品、茨城県内の高校校長をつとめた 安東碧蓮(不明-不明)俳人、画もよくした 安藤義行(不明-1993年03月)師嶋谷自然、日展会友 (1843-1911)師高橋杏村 安徳義洋(1941-1993年03月13日)日展出品 安養寺智雄(1829? -1897年05月18日)臼杵安養寺第十二世寺主 飯尾剛史(1915-2009年11月14日)川端画学校卒、師小林古径 小池池旭(1824-1878)大沼枕山の義妹、号紫雪、梅蔭 飯島杏堂(1825-1907)師木村耕巌・梁川星巌 飯島光峨(1829-1900年02月11日)師沖一峨、別号後素堂 飯田雅泉(1907-1993)木村武山・堅山南風に師事、日本美術院院友 飯田九一(1892-不明)東美卒、師川合玉堂、別号鳩一巣 (不明-1887)江戸後期から明治期の画家、奥原晴湖の門人 (1821-不明)師上部茁斎・横山清暉 飯田柏石(1858-1915)猪瀬東寧に学ぶ、名新右衛門 (1868-1940)津島寿山の門人、図画教師 飯塚香山(1838-1910)渡辺小華の門人、名穆、通称孫次郎、別号椿田 飯塚聖林(1877-1946)松本楓湖に師事、名就、字子錦、初号楓溪、飯塚椿田の子 飯塚栖圃(1915-1999年07月18日)師望月春江、日本画院同人 飯野雲樵(不明-不明)師小松雲涯 飯野隆(1922? -2007年04月09日)埼玉県美術協会会員 飯淵櫟堂(不明-不明)村上天心の師 (1845-1917)師垣内雲りん、字勝之助のち精一、別華郷 家永千絵(1911? -1988年09月25日)月燿会主宰、無礎会会員 猪飼嘯谷(1881-1939年06月16日)師谷口香きょう、文展・新文展出品、歴史画を中心に描いた 伊貝良一(1901-1969)師西田青草 (1895-1948)師竹内栖鳳、愛媛美術協会結成の発起人 五十嵐真穂(1907? -1982年09月21日)肖像画家、師山川秀峰・永田春水、現代創像美術協会名誉会長 五十嵐悌二(1904-1975)東美卒、師小貫博堂 五十嵐秀人(1919-2003年02月)現代金箔研究所主宰 (1874-1955)師小荒井豊山 井川洗厓(1876-1961年10月13日)師稲野年恒・富岡永洗、新聞小説の挿絵 (1828-1885)師貫名海屋・日根野對山 生重定(不明-1988年05月26日)新世美術会創立会員、元青龍社所属尾 生島竹雨(1898-1943年10月14日)師鏑木清方、松江絵を語る会同人、美人画 生田花朝女(1889-1978年03月29日)師北野恒富・菅楯彦・帝展受賞、 生田南水(1860-1934)俳人・国学者 井口華秋(1880-1930年07月12日)師竹内栖鳳、池田桂仙らと日本自由画壇を結成 井口玉秀(1894-1941)師望月玉溪・玉泉 井口香山(1877-1951年11月03日)師松林桂月 井口邨僊(1867-1941)師村田香谷 生野秀峯(不明-1966)東美卒 (1895-1926年05月)師湯浅桑月・上島鳳山 池内秋峰(1863-1938)師宮田洞雪 (1835-1885)師橋本小霞 池上秀畝(1874-1944年05月26日)師荒木寛畝、旧帝展審査員 池上文僊(1887-1921年01月19日)師野村文挙、父は池上雲昂、号禅画堂 池沢青峰(1895-1960年09月30日)師蔦谷龍岬・安田靫彦、日本画会無鑑査、帝展・新文展・再興院展に出品 (1844-1907)師木下逸雲 (不明-不明)住吉弘定に学ぶ、水戸藩の画員池田養信の子 (1825-1886年06月30日)師中西耕石・前田暢堂、名政敬、字公維、別号半仙 池田雲鳳(1890? -1950年04月16日)東美卒、師川合玉堂 (1901-1992年02月25日)師安田靫彦、日本美術院特待 池田秧青(1901? -1992年01月23日)創造美術会員 池田駒城(1818-1873)師鉄翁 池田桂仙(1863-1931年12月27日)文人画家、日本南画院の設立に参加 池田月潭(不明-不明)師村田丹陵・松本楓湖 池田憲二01(1917-1999年08月05日)川端画学校卒、師小林古径、日本美術院特待 (1892-1956年09月17日)師竹内栖鳳、文展・帝展出品 池田恒象(1915-1983年06月01日)師堂本印象・三輪晁勢、名勇、日展会友 池田幸太郎(1895-1976年08月16日)川端画学校、東美卒、師結城素明、日本画府理事 (1876-1962)師川端玉章 池田三州(1909-1999年10月18日)元日本南画院評議員 池田蕉園(1886-1917年12月01日)師水野年方・川合玉堂、文展賞、輝方の妻 池田湘江(1858-不明)南宗派 池田輝方(1883-1921年05月06日)師水野年方・川合玉堂、文展賞 (1839-1913年12月28日)南画を学ぶ 池田尚志(1909-2005年11月02日)東美卒、師山口蓬春、日展会友 池田木僊(1893-不明)師白須心華・草刈樵谷 (1895-1988年09月26日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、京絵、師竹内栖鳳、青塔社主宰 池田洛中(1903-1982年05月27日)師加藤映舟・堂本印象、元青龍社社人 池田龍甫(1885-1974年06月29日)東美卒、師寺崎広業 池野蘆水(1839-1916)水戸藩士、熊坂適山・鈴木鵞湖に学ぶ、名子水、別号瓊林・宝槍居士 池永春堂(不明-不明)師別所春濤 池原日南(1830-1884)文人画家・医師、師鉄翁 池辺安民(1913? -2001年11月19日)新美術協会顧問、元大日美術会会員 (不明-不明)師野際白雪 池辺田邨(1837-1893年01月20日)師帆足杏雨・柳井九嶷 池辺魯堂(1860? -1936年01月20日)京都画学校に学んだ (1837-1907年10月07日)師赤松藍洲・後藤田南渓 (1862-不明)師木村金秋・奥村石蘭・久保田米僊、名筍吉 生駒大飛(1857-1922年09月05日)本荘藩士、師日根対山 (1879-1952)師寺崎広業、本名新之助、別号旭江・胡山 砂金青嶂(1894-1974)砂金竹香の長男 (1858-1930)菅原竹侶の二男 (1880-不明)師川合玉堂・橋本関雪、別号龍眼斎・栖堂 (不明-不明)円山派 石南淵(不明-不明)師岡本豊彦 石南圃(不明-不明)師中西耕石、石南園の子 石井了(1927-2018年10月02日)院展特待 石井九峰(1878-不明)師国峰・渡辺秋谿 (1842-1926年11月19日)師椿椿山・岡本秋暉、名俊、字君明、兼篆刻 (1875-不明)師奥村石蘭・望月金鳳、別号子葉、石井義翁の孫 (1873-1920)師柳本洞素、狩野派・四条派 石井耐年(不明-不明)師寺崎広業 石井澹石(1865-不明)師石丸僊舟 石井千鶴子(1918-1990)師福王寺法林、日本美術院院友 石井鼎湖(1848-1897年11月02日)師父鈴木鵞湖、石井姓継ぐ、石井柏亭・鶴三の父 石井滴水(1882-1945)師鏑木清方 石井天風(1884-1930年02月25日)石井林響の初号 石井東江(1799-1874)歌人、南部三傑の一人 石井百畝(1902-1943年10月02日)独学、別号柏峰 (不明-不明)明治期の画家、津村洞養に師事 石井林響(1884-1930年02月25日)師橋本雅邦、初号天風 石垣東山(1804-1876年02月06日)江戸後期から明治期の画家、狂歌・和歌・俳句にも優れた、通称東平、別号角鹿・石東 石川梅子(1890-1973)兼工芸、ミシン刺繍、別号楳華・素月、師玉堂・十畝 石川栄一(不明-1988)新興美術院会員 石川英鳳(1896-1973年10月20日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、名英男、帝展・文展・日展出品、彩交会結成 (不明-不明)狩野派 石川寒巌(1890-1936年03月25日)師小室翠雲・佐竹永邨、日本南画院同人、華厳社の結成に参加 石川寒厳(1890-1936年03月25日)師佐竹永邨、日本南画院同人、華厳社の結成に参加 石川景雲(1882-1947年07月04日)師今尾景年・梅村景山 石川鴻斎(1833-1918年09月13日)幕末から明治期の漢学者・画家、名景英のち英、字君華、別号崇雲・芝山外史・石英・雲泥・芝山 石川呉山(1844-1917年05月07日)師日高鉄翁・木下逸雲 石川秀穂(1894-1956)石川漁舟の子、師高橋広湖・池梅秀畝 (1810-1884年09月01日)名雅琢、字盛器、幼名玉治、通称田十郎、初号玉台、別号岸琢 石川照波(不明-1947)師山田松岳、歯科医、本名力松 (1857-1925)師河田小龍 (1909-1994)新美術協会理事、京都絵画専卒 石川青城(1889-不明)師石川柳城・後藤秋厓、一太郎、安藤清次郎の長男のちに祖父石川真清の養子となる 石川雪溪(1887-1930)東美で川端玉章に学び婿となる、名広介 石川義(1930-2009年09月12日)師堂本印象、日展評議員、文部科学大臣賞、菊花賞、会員賞、特選2、金沢学院大学名誉教授 石川淡水(1855-1928)師林文匡・安田老山 (1882-1962年04月27日)師川端玉章・橋本雅邦・下村観山・寺崎広業 石川竹邨(1884-1952年08月)師松本楓湖・鈴木華邨、名克巳、字秀達、別号名狸庵 石川拝山(1868-1941)師藤堂凌雲・服部波山 石川晴彦(1901-1980年04月11日)師村上華岳・入江波光、仏画を制作、国画創作協会 石川繁馬(1867-1918)師父柳本素石 石川響(1921-2000年12月05日)東美卒、師加藤栄三、日展評議員 石川美峰(1892-1969)師山川秀峰 (1833-1901)師森高雅、尾張藩士、名信守、通称吉太郎 石川碧水(不明-不明)小倉師範学校教官 石川朝彦(1901-1982年08月13日)師野田九浦、白合会同人 石河有隣(1870-1952年07月03日)師園田忠監・織田杏斎、日本美術協会委員、別号両鶴軒・千石斎 石川羅翠(1863-不明)師茂庭竹泉・滝和亭 石川栗庵(1831-1895年11月05日)日出藩の儒者 石川柳江(不明-不明)南画 (1847-1927年11月17日)師中野水竹・吉田稼雲、本姓伊東、名戈足、通称金三郎、字子渕 石川良風(1901-1984)師荒木十畝、読画会出品、イタチの作家として知られる 石川林泉主春(1796-1876)盛岡藩の国元狩野派絵師、佐助林流の子 (1796-1876)盛岡藩の国元狩野派絵師・石川家四代 石倉大鳳(1903-1976年03月23日)師堂本印象、東丘社に所属していたがのちに無所属で活動した 石黒雲峰(1886-1962年12月)師岡本柳南・橋本独山、名春三 石黒清房(1905-1991)師朝見香城・土田麦僊・奥村土牛、日本美術院院友 石黒隆彦(1924? -2007年03月23日)日本文人画府監事 (1843-1886)都城の四条派、師速見晴文 (不明-不明)師荒木千洲 石崎光瑤(1884-1947年03月25日)師竹内栖鳳、帝展審 (1842-1877)師荒木千洲 石島古城(1878-1932)東美卒、梶田半古の門人、名文太郎 石島良則(1902-1939年12月14日)師西山翠嶂、帝展 石曾根貞(1909-1997)日展会友 石田耕古(1894-1987)京絵卒、師堂本印象 石田重子(1904-不明)師川崎小虎、日展 石田粧春(1896-1982年11月27日)東美卒、師結城素明、日本画府副理事長、日本表象美術協会創立常務理事 石田武(1922-2010年12月24日)京美卒、児童書の挿画やイラストを描いた後、日本画に転向 石田東楼(不明-不明)明治年間に活動した筑前の人 石田立斧(1824-1888年01月06日)師田能村竹田 石田老年(1872-1937)師松牛、名喜三郎、別号堪忍堂、だるまを専門とした 椎塚蕉華(1884-1934年04月21日)水野年方・村田丹陵に師事 石塚仙堂(1890-1972年11月01日)川合玉堂・橋本関雪に師事、帝展出品 石永皓一郎(1937-2011年02月01日)武蔵美卒、新美術協会理事、兵庫県日本画家連盟副理事長 (1883-1949)師中川蘆月・川端玉章 (1898-1966)松田権六・寺崎広業に師事 (1909-不明)師七尾英鳳・尾竹竹坡・野田九浦 (1883-1945)師川端玉章 (1897-1932年11月10日)師小野竹喬、国画創作協会展出品・解散後は新樹社結成に参加 (1844-1906)本名幾千蔵、橋本雪蕉に師事 石橋徳次郎(1886-1958)久留米の産業振興の先駆者 石原学山(1843-1888)師和田僊嶺・岸連山・日根対山、通称嘉十、別号十八面山人 石原玉関(1882-1950)師川合玉堂・川端玉章 石原紫雲(1906-1981年11月15日)師小室翠雲 (1905-1978)京都市立絵画学校でまなび、絵画教師をつとめた 石原翠香(1926-2000年03月19日)無所属 石原石丈(不明-不明)南画 石原梅溪(1906-1989年06月27日)師谷口香巌、仏画を得意とする 石原昌幸(1920-1994年12月07日)師川端皐白、元日本南画院理事 石丸秀庵(1822-1914年04月08日)医師、画もよくした (1824-1893)石丸春牛の子 石丸大象(1910-1944)京都絵画専門学校卒 石丸拝月(不明-不明)師嵯峨山巨星 (1920-2015年09月26日)芸術選奨、創画会会員、日本芸術大賞、京都芸大名誉教授 (不明-不明)表具師、師野際白雪 石山太柏(1893-1961年01月17日)師柏倉雪章・寺崎広業、院展出品後帝展・新文展出品 石山鼎湖(1848-1897)三浦乾也の養子 石渡風古(1891-1961)師川合玉堂、日展 泉尚志(1927-2001)師加藤雨月・山本丘人 (1849-1928年09月)画僧、師柴秋邨 泉川白水(1872-1965年02月04日)創造新南画創始 出雲井晶(1926-2010年05月16日)日本の神話伝承館館長 伊勢関水(1899-1977)名宇右衛門、伊勢門水の子 伊勢光雲(1902-不明)師寺崎広業 伊瀬紫雲(1919-1998年10月11日)国際京美会副会長、西宮新日本画美術協会会員 伊勢門水(1859-1932年01月15日)通称伊勢屋宇右衛門、国旗商を営む伊瀬屋七代目 (1927-不明)師玉置頼石 五十川昇乗(1918-2003年01月17日)師青木大乗、日本清興美術協会顧問、日本表象美術協会創立理事 五十川正康(1924-2008年12月17日)元岐阜県水墨画協会理事長・名誉会員 (不明-不明)津藩士、文化文政の人 礎崎頓一(1868? -1928年09月02日)実家は表装家、鳥羽絵や人物漫画をよくした 磯田長秋(1880-1947年10月25日)師小堀鞆音、歴史画、文展褒状 磯田又一郎(1907-1998年05月22日)師菊池契月・宇田荻邨、日展会友 磯野松泉(1854-1897)師石丸僊舟 磯野直樹(不明-不明)師別所春濤 磯野楽山(不明-不明)南画、師石丸僊舟 磯野怜子(1936-2007年11月26日)師前田青邨・平山郁夫、日本美術院特待 磯部菊渓(1789-1881)江戸後期から明治期の画家 礒部草丘(1897-1967年01月09日)師川合玉堂、帝展受賞、初号眠潮、別号尺山子 磯部潮花(不明-不明)昭和初期に門司市で活動 (1836-1906年04月17日)師林棕林・長谷川玉峰 磯辺豊陽(1842-1917年06月04日)海軍少尉、画をよくした (1907-1944)木村武山の門人、別号青々 井田一雄(不明-2003年04月11日)日本画院顧問 板垣銕香(不明-不明)内国絵画共進会出品 板倉晃邦(不明-不明)師室星成章・川合玉堂 板倉星光(1895-1964年12月17日)京都絵画専卒、師菊池芳文・菊池契月、文展 板橋泰山(1921-2012年04月07日)東京展会員 (1816-1901)師狩野探淵・冷泉為恭 市川君泉(不明-不明)師月樵、通称晋蔵、字九渕、別号春樵、市川君主の子 市川霞道(1905-1987年01月30日)師田中青坪、日本美術院院友 市成太煌(1921-1987年08月05日)新美術協会常任委員 市野龍起(1942-1997年11月23日)師川端龍子・高山辰雄、日展評議員 市野亨(1910-1966年01月20日)師川端龍子、青龍社社人、市野龍起の父 市花湖月(不明-不明)四条派 市村松塢(1853-不明)師細谷風翁・児玉果亭 市村崇雲(不明-1997年08月16日)南画院院友 (1879-1976年01月30日)師湯浅桑月、住吉派 (1855-1916年03月09日)南画、安宅白鶴の画友 (1832-1900年05月17日)師大江霞岳・小田海僊 井出岳水(1899-1982)荒井寛方の門人 井出嘉汕(1874-1943年02月23日)仏師 出口畔石(不明-不明)昭和初期に小倉市で活動 出光松寿(不明-不明)南画 出光梅屋(不明-不明)師白須心華 出利葉晴鳳(不明-不明)師近藤藍圃 (不明-不明)小庵に住む半俗半僧 伊藤有美(1893-1980)表具店経営、宝樹社会長 伊藤一鳳(1882-1934)師朝一圭鳳・島崎柳塢 伊藤馬次郎(不明-1996年03月30日)水潮会名誉顧問 (1864-1936)南画 (1857-不明)師塩田銕香 伊藤王淏(1911-1977年02月20日)師伊藤一鳳・望月春江、日本画院委員、王淏会主宰 (1872-不明)師奥村石蘭・石川柳城 (1805-1881)備前岡山藩士、師浦上春琴 伊藤喜久井(1911-2003年06月08日)新興美術院参与 伊藤亀城 2代 (1842-1918)南画、松洞宗古の子 伊藤宜堂(1792-1874)漢学者、余技で墨竹を描いた (1883-1960)師山内多門・川合玉堂、文展日展に出品、後に南画に転じた、別号響浦 伊藤薫風(1926-1996年03月16日)師井上石邨、日本南画院常務理事、日本水墨画壇理事長 伊藤渓水(1880-1967年10月19日)師山元春挙、帝展委員 伊藤憲(1914-1991)日本画院 伊東紅雲(1880-1939年04月02日)師川辺御楯・邨田丹陵、文展無鑑査 (1852-1910)福島柳圃の門人、本名弥六 伊藤弘人(1916-1988年08月07日)師前田青邨、日本美術院特待 (1859-1917)師河田小龍 伊藤紫泉(不明-不明)南画 (1894-1941年05月)本名粂之助、師柴田棋渓 伊藤舜堂(1913-1975年07月29日)師川合玉堂、新美術人展等出品 (1877-1968年01月07日)師磯部百鱗・竹内栖鳳、日本自由画壇結成に参加・翌年脱退 伊藤深江(1856-1925年06月02日)南画 伊東深水(1898-1972年05月08日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、師鏑木清方、号此君亭、現代風俗画、美人画の道を開拓した 伊東信天翁(不明-不明)師井上学圃、真鍋常昌の子 (1833-不明)江戸後期から明治期の画家、小田寿山に学ぶ、別号雲谷 伊藤翠雲(1859-1909年12月01日)師中野水竹、名錞次郎、本姓岩田氏 (不明-不明)松林桂月の門人 伊藤鈴子(1903-不明)師小堀鞆音・川崎小虎 伊藤晴雨(1882-1961年01月28日)野沢堤雨に琳派を学ぶ、風俗画家としても知られる (1850-不明)師中西耕石 (1894-1969)師大楽桃白・小茂田青樹・荒木十畝 (1866-不明)師田能村直入 伊藤誠二(1929-1999年01月26日)東美卒、師古径、日本美術院院友 (1862-不明)師森琴石 伊藤千湖(1885-1967)師児玉果亭、大正初め水戸市鉄砲町に居住し画室を塩原洞と称した、水戸市の神応寺本堂に襖絵を奉納 伊東仙湖(1885-不明)大平小州・児玉果亭に学ぶ、名直樹、画房は塩原洞 伊藤草白(1896-1945年12月09日)師竹内栖鳳、国画創作協会会員、新樹会結成に参加 伊藤素軒(1876-1956)師竹内栖鳳・木島桜谷 伊藤孝之(1894-1982年05月09日)浮世絵師・版画家、師結城素明・鏑木清方、創作画人協会会員 伊藤卓斉(不明-不明)師狩野栄信 伊藤停雲(1834-1931)師松原文忠 (1863-不明)号古仙、父は伊藤利量 伊藤天外(1890-1968)師益田筈峰・上田秋陽 伊藤仁三郎(1905-2001)師麦僊 伊藤信次(1919-2009年12月16日)日展出品 伊藤梅洲(1883-1918)師石河有鄰 伊藤柏台(1896-1932年03月07日)国画創作協会出品、新樹会結成に参加、京都絵専卒 伊藤武陵(1892-1982)仙台在住の町絵師 伊藤望岳(1869-不明)師織田杏斎 伊東万燿(1921-1970年11月26日)日本芸術院賞、師父伊東深水、日展評議員、総理大臣賞 伊藤三喜庵(1914-1996年03月05日)師河口楽土、日本自由画壇理事長、日本南画院常務理事、別名伊藤喜三郎 伊東茂右衛門(1850-1923年03月)師福沢諭吉 伊藤保親(1809-1877)師伊藤南華 (1866-1921)本名文助、歴史画を得意とした、 伊藤龍崖01(1880-1960年07月31日)師寺崎広業、院展・文展・帝展等出品 伊藤龍涯01(1901-不明)川端画学校卒、異端同人 伊藤鷺城01(1873-1948年08月08日)師谷口香きょう (1889-1956年01月04日)師犬伏真渕、住吉派 (不明-不明)師野際白雪 稲垣錦荘(1894-1968年11月)師橋本関雪・山本石荘、名幸吉、別号錦箒・歡爽居・錦箒庵・錦艸庵 稲垣晴雪(1895-1987年09月06日)師上村松園、名静子、別号松韻、旧姓鈴木、美人画 稲垣仲静(1897-1922年06月24日)国画創作協会出品、妖艶な動物画を描くが25歳で急逝 稲垣伯堂(1928-1998年06月01日)日本水墨画会名誉顧問、雪舟国際美術協会顧問 稲垣碧峯(1813-1879年08月12日)浦上春琴に学ぶ 稲川光風(1905-1986)吉原雅風に師事、水墨画研究 稲木皓人(1926-1991年12月)東美卒、師安田靫彦・光志、日本美術院特待 稲田和正(1918-2006年07月02日)京美卒、師池田遙邨、日展参与 (1866-1931)師和田華岳 (1853-1894年02月25日)師渡辺小華、文笠の養嗣、別号臥嘉、小学校で教鞭をとる 稲田吾山(1880-1938年07月15日)東美卒、師寺崎広業・門下四天王と称される 稲田釣月(1896-1970年12月17日)京都絵画専門、名隆吉 稲田文笠(1808-1873年08月26日)江戸後期の南画家、師谷文晁、幼名佐吉郎、名林広 稲田米花(1890-1985)紀州の南画家 稲田豊章(1836-1895年09月18日)師中島来章 稲葉希峯(1912? -1986年01月)近代日本美術協会会員、桃源会副会長 (1822-1896)師貫名海屋 (1816-1894)師貫名海屋 稲葉秀佳(1925-2010年02月)立鼎社水墨画協会理事 (1890-1976年01月29日)師竹内栖鳳・土田麦僊、帝展・文展等出品 (1847-1922)師村瀬太乙 稲葉墨池(1808-1892)師岸駒 稲元実(1946-2013年08月15日)師加藤東一、日展評議員、審査4、特選2 (1888-1954年08月)師山本梅荘、名佐市 才知 、別号大雲・大雲洞 (1870-1940年06月29日)東美卒、師橋本雅邦・山名貫義・下村観山、文展出品、土陽美術会設立に参画 (1874-1949年10月11日)師森魚渕、住吉派 犬山凌濤(1820-1887)師大原呑響 (不明-不明)四条派 (不明-不明)狩野派、江戸晴川院の流れを汲む (不明-1948)津和野遍照寺住職、詩書画をよくした 井上雨山(1892-不明)田川南画会会員 (1871-1949)師山本梅荘・森半景 (1822-1880年12月31日)師鉄翁、幼名は梅吉のちに大二郎 井上永悠(1898-1978年09月25日)京絵卒、前号素塔、国画創作協会・新樹社展出品、南瓜の画家として知られる 井上薫(1934? -2017年11月12日)関西扇面芸術協会顧問・相談役 (1862-1930年07月)師渡辺小華、名泰蔵・泰次郎、通称忠左衛門、別号韓斎・明声館 井上憙齎(1936-2008年01月29日)善通寺西行庵再建、吉野山寺社奉納 井上九嶋(1817? -1889)師三宅西浦 (不明-不明)四条派、藤井良節の弟 井上茶山(不明-不明)師田近竹邨・石井金陵 井上紫城(1890-不明)師鏑木清方、別号春芳 井上春芳(不明-不明)四条派 井上石邨(1896-1975年03月25日)師田近竹邨・小室翠雲、日本南画院理事 (1864-1926)師柳本洞素、狩野派 井上泰山(不明-不明)南画、師堤紫僊 井上竹逸(1814-1886年04月03日)幕末から明治期の画家、名令徳、崋山門四天王 井上恒也(1895-1979)東美卒、師川合玉堂、文展・日展出品 井上白楊(1893-1968年12月27日)東美卒、師梶田半古、院展・帝展・文展等 井上方周(不明-1993年09月20日)新興美術院会員 井上墨堂(不明-不明)南画、師川田墨鳳 井上通世(1903-不明)京都絵卒、師契月 井上保春(1925-1998年08月04日)元日本画府理事 井上流光(1891-1945)師山元春挙 井上陵華(1898-1967年08月15日)師朗風、日本美術院院友、元新美術人協会会員 (1873-1941年07月26日)師小野晴雲・中川蘆月・菊池芳文 井内竹仙(1845-1919年10月)師渕野桂僊・木下逸雲・帆足杏雨 井之川知白(1902-1933年04月19日)師平福百穂・郷倉千靱、院展出品 猪木匡四郎(1917-1991年04月17日)帝美卒、日本画院同人、武蔵野美術大学名誉教授 (1838-1908年04月23日)師日根対山、内国勧業博覧会褒状、日本美術協会審、東京南画会を結成 猪田青以(1906-1976年06月27日)京都絵画専卒、師山口華楊、晨鳥社、花鳥を得意とした (1897-1980年02月05日)日本芸術院賞恩賜賞、京都絵専卒、師西村五雲・山口華楊・土田麦僊、日展参与、総理大臣賞、 (1894-1974年02月24日)師菊池華秋、帝展・日本画院等出品 猪俣琴溪(不明-不明)南画 (1839? -1925年01月18日)師渡辺崋山・大竹蒋塘、名貫一 伊原春耕(不明-1905)師島村澹山 井原春畝(不明-不明)師別所春濤 茨木衫風(1898-1976年08月12日)師近藤浩一路、新興美術院創立同人、故郷の琵琶湖やその周辺の風景を多く描いた、漱石文学全集の挿絵なども描いた 今井映方(1901-1997年02月27日)師堅山南風、日本美術院特待 今井亀洲(不明-不明)師帆足杏雨 今井景樹(1889-1965)師今尾景年 (不明-不明)師荒木千洲 今井松雲(不明-不明)師服部石仙 (1859-1922)師今井如藍・河田小龍、土陽美術会高知支部会員 今井如藍(1823-1884)師中村鏡湖・島本蘭溪、今井小藍の父 今井津城(1878-1939年08月12日)東美卒、師川端玉章、名重信 今井爽邦(1872-1945年02月19日)師橋本雅邦・下條桂谷 今井守彦(1923-2013年04月02日)日展会員、13特選 今泉香国(不明-不明)師別所春濤 (1869-不明)師木村金秋・竹内栖鳳、別号梅渓・楳啓 今尾景祥(1902-1993年12月26日)京美卒、師父今尾景年、金閣寺、銀閣寺などに大作を描いた 今尾景三(1926-1998年04月07日)日展会友、国際墨絵協会副会長 今尾景年(1845-1924年10月05日)帝国美術院会員、帝室技芸員、師鈴木百年 今尾津屋子(1903-不明)師土田麦僊 (1899-1988)師小林観爾・川北霞峯 今田謹吾(1897-1972年11月16日)師武者小路実篤、大調和会の復活創立に参加 今田直策(1869-不明)学習院につとめ皇族に日本画の指導をした (1886-1959年08月01日)師川合玉堂、文展・帝展 今橋竹二(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品 今長谷蘭山(1911-1971)水墨画、僧 今府直峰(1845-1898)師佐藤雪斎 今村興宗(1873-1918)師亨斎・楓湖容斎派、巽画会会員 今村紫紅(1880-1916年02月28日)師松本楓湖、日本美術院同人、36歳で病死、最後まで新しい日本画の創造に取り組み、後輩の速水御舟らの育成に尽力した 今村東翠(不明-不明)柳河に生まれ榎津本町で活動 今村太郎(1942-2011年03月09日)日展出品、信州美術会会員 井水和内(1815? -1883年06月16日)臼杵藩絵師 妹背平三(1901-1997年10月17日)京都絵画専卒、師堂本印象、日展会友、東丘社 井本恵裕(1912-1985年11月21日)師立脇泰山、青峰美術院会長、元新美術協会会員 入江喜作(1873-1952)師鈴木松年・下村観山、社寺建造物の彩色修理に多く携わった 入江子介(不明-不明)師吉嗣拝山、別号馬溪 入山白翁(1904-1991年11月11日)乾漆ヘラ芸、指頭画による漆画及びウルシ版画 入江波光(1887-1948年06月09日)国画創作協会創立会員・解散後画壇を離れる、京都市立絵専教授 入江北宰(1902-1995年10月06日)師川端龍子、日本画府名誉会員、元青龍社、旧号臥水 入江正巳(1924-2004年11月24日)師前田青邨、日本美術院特待、元横浜美術協会会長 入江酉一郎(1921-2013年03月24日)師山口華楊、日展参与、会員賞、10特選 入沢清隆(不明-1993年12月28日)日本美術院展出品 入間川南渓(不明-不明)師春木南湖 (1859-1933)師徳弘董斎・橋本小霞・名草逸峰、土陽美術会高知支部会員 (不明-1876)泉流の末裔で、岩井宗雪の子 岩井漕浦(1876-1945年10月27日)東美卒、師川端玉章・寺崎広業 岩井竹坪(1891-1973年04月17日)師田近竹邨・沈雪盧 岩井文(1957-2004年06月02日)日展会友、特選 岩片華翠(1912-1956)師父華巌・菊地華陽・中村爽歩 岩壁冨士夫(1925-2007年04月19日)東美卒、師奥村土牛、日本美術院同人・評議員 岩上青稜(1917-2005年07月30日)日本水墨画協会長 岩城照夫(1908-1944)東美卒、結城素明・川崎小虎に師事 岩倉壽(1936-2018年10月11日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、師山口華楊、日展理事、審査9、総理大臣賞、会員賞、特選2 岩倉友仙(1923-1985)師宇野松仙 (1858-1943)師稲岡天真 岩佐古香(1884-1951)京都絵画専門学校卒、師竹内栖鳳、名丈助 岩佐楳仙(1901-1980)院展院友 (1858? -1908)師中川愛山 岩崎松雲(1852-1918)円山派、師守田洞山 岩崎石峰(不明-不明)師山内多門 岩崎天外(1884-1968)師吉嗣拝山 岩崎巴人(1917-2010年05月09日)師小林古径、日本表現派結成、新興美術初代会員、川端校 岩崎奉仙(不明-不明)南画 岩崎柳圃(不明-不明)南画 岩崎冷泉(1905? -1984年10月24日)日本美術院院友 (1927-2009年11月07日)文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、京美卒、師堂本印象、日展顧問 (不明-1931年12月01日)師日比野白圭、通称勘兵衛 岩島月耕(1826-1889)師小木曽文洲 (1869-1903)師森寛斎 岩瀬菅川(不明-不明)通称栄助、狂号浦内古則 岩瀬半夢(1817-1885年08月05日)浮世絵、別号可隆、師訥言・一蕙 (1808-1877)紀伊藩のお抱え絵師、様々なジャンルや画題に挑戦した 岩田橘園(1833-1885)広瀬淡窓に学び、田能村竹田に私淑した 岩田雀里(1832-1919)岩田霞岳の妻 (1883-不明)師森村冝稲・織田杏斎・毛受昇堂 (1860-1937)師森琴谷・山本梅荘、別号石斎 岩田専太郎(1901-1974年02月19日)新聞連載小説のさし絵で一躍人気作家となる、師契月・伊東深水、菊池寛賞、出版美術家連盟会長 岩田桃斎(不明-不明)師上田桃逸、通称錫吉 岩田北岳(1821? -1988年04月27日)日本美術院院友 内田青薫(1902-1942年10月04日)師池田輝方・荒井寛方、新興美術院創立同人 内田土卵(1910-1976年11月21日)師川端龍子・奥村土牛、日本美術院特待 内田文皐(1842-1910年12月)師池上秀畝・福島柳圃 (1874-1917年02月07日)師竹内栖鳳、連合絵画共進会出品、国画玉成会結成に参加 内堀吉兆(1915-1993年02月28日)師堅山南風、日本美術院院友、元青龍社 内堀タカコ(1919? -2005年11月15日)近代水墨画会会長 (1812-1882)江馬蘭斎の養嗣・松斎の二男、師江馬細香 (1861-1933年05月31日)代議士・弁護士、名俊一 江馬進(1910-1973年06月04日)京都絵画専卒、帝展・日展 (1876-1936)江馬家の新家・江馬春琢の長男 (不明-不明)師宮崎青谷、津藩士 江森天壽(1887-1925年02月18日)東美卒、師寛畝、文展、宮内庁買上 江守若菜(1923-2014年10月24日)東美卒、師山口蓬春・橋本明治、日展参与、審査4、会員賞、11特選 江良装雨(不明-1926)師福田太華 宴行(不明-不明)狩野派 遠藤亀洋(1911-1972年07月25日)師岡生峰 遠藤教三(1897-1970年10月18日)東美卒、師松岡映丘、新興大和絵会結成、国画院の結成に参加 遠藤玉泉(不明-不明)内国絵画共進会出品 遠藤虎山(1848-不明)師佐久間晴岳 (1846-1911年01月03日)医師、師柴秋邨 遠藤秋村(1836-不明)独修 遠藤石城(1887-1929年11月)師山本石荘、名峯貞 遠藤桑珠(1917-2011年12月26日)師中村岳陵、日展参与 遠藤てる子(1930? -1993年09月10日)無所属 遠藤延子(1910-1941年01月)女子美術に学んだ 遠藤梅窓(1814-1889)細谷風翁と交友 (1866-1915年08月06日)師原在泉、仙台で作画を続ける (1835-1883)師遠藤広実、遠藤広実の三男 遠藤喜丸(1923-1987)師前田青邨・島多訥郎、日本美術院院友 遠藤龍峯(不明-不明)師龍峯岸林内 及川豪鳳(1894-1970)川端画学校で学び、岩手県芸術展等に出品 及川芙月(1904-1974)師佐藤耕雲 生出大璧(1863-1954)師山内耕烟 於保有明(1910-1977年02月12日)日本美術院院友 王欽古(1830-1905)師小田海僊、日本美術協会展等出品 黄鶴山人(1891-1934年09月)本名鈴木朝二、別号鈴木黄鶴・不可解山房 逢坂松琴(1833-1913)師中村雲幾 尾越竹憲(1879-不明)師児玉芦香 大石月江(1859-1932)松江藩士、師松岡呉藍・木村耕巌 大石哲路(1908-1990年01月10日)創造美術・新制作展出品、日韓交流五元美術連盟を結成 大出東皐(1841-1905年03月14日)師藤堂凌雲、日本美術協会委員、日本美術会委員 大岩聚星(1898-1969年10月)京都絵画専卒、師西山翠嶂、名六三郎 大内竹渓(1826-1909)師山内耕烟 (1865-1927)松平雪人の門人、名栄、通称得斎 大海嘴白(1898-1981)米沢で美術連盟結成に尽力 大浦青穂(1916-1991)東美卒、日本美術院院友 大江貫厳(1839-1878年10月03日)名西浦庄の光巌寺の僧、南画と書を得意とした 大江筑南(1892-不明)南画 大岡盤谷(不明-1917)山口の明倫館教授 大賀正耕(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品 大賀半農(不明-不明)博多に住み書画をよくした 大貝岡僊(不明-不明)師小室翠雲 大神一晁(1908-1976)師北野恒富 大神墨洲(不明-不明)南画、師川田墨鳳 大川一男(1914-2001年12月06日)師伊東深水・浦田正夫、新興美術院理事 大河内夜江(1893-1957年11月27日)師菊池契月、帝展受賞 大木豊平(1899-1980)川端校、師竜岬、帝展委員 大城谷桂樵(1823-1903)南画 (1825-不明)南宗の画を作り、詩歌花茶など幅広く嗜んだ (1817-1874)名亮道、字皆令、別号微笑・桂華・煙雨亭主人 大日躬世子(1905-1996)師堂本印象、日展会友、特選 大串潮(1904-不明)師土田麦僊 大串玉静(1891-1936)黒田長政三百年祭記念美術展出品 (1825-1887)師鳥羽雲明、岸派 大口蓊山(1870-1957年01月27日)師日下部道壽、東京薬科大学理事長、名理一郎、別号喜六 大口仙嶺(1870-1954)名千代次郎、別号秋月・秋畝・自然道人 大久保玉珉(1871-1946)師川端玉章、故郷長崎に初めて近代日本画を導入した 大久保月船(不明-1905)師土田鉄船 大久保浩山(1862-不明)師神保木石、行徳玉江・姫島竹外、名銈三 大久保青園(不明-不明)師鏑木清方 大久保西翁(1798? -1882)通称新吉・甚兵衛、別号五松庵・酔月堂・一雅 大里晃生(1934-2000年02月27日)京都仏画研究所所長 大沢恒躬(1891-1944年11月10日)東美卒、結城素明に師事、帝展等出品 大路孫三郎(1904-2004年07月)師近藤浩一路、新興美術院名誉会員 大鹿登世志(1904-1979)師安藤暁香 大嶋月庵(1931-2004年06月13日)日本南画院理事、日本水墨院会長、全国水墨画会顧問 大島祥丘(1907-1996)京絵卒 大島哲以(1926-1999年04月12日)師中村貞以、从会会員 大島桃山(1907-1952)東美卒、師伊東深水 (1825-1892)師山本梅逸・赤松藍洲・後藤田南渓 大島梅窓(1827? -1998年04月02日)元創造美術会運営委員 大塚晶子(1930-2007年11月13日)師秀雄・箕輪芳二、日本美術院院友、愛知県水墨画協会名誉会員 大坪正義(1874-1967年02月10日)師山名貫義、住吉派と古画粉本の模写研究をした 大西瑳都(1914-1981年07月15日)師北野恒富・中村貞以、日本美術院院友 (1814? -1892)師中島来章 大西泰石(1892-1951年12月23日)満谷国四郎に洋画を近藤泰山に日本画を学ぶ、郷土徳島の美術振興に尽力 (1874-1943年03月08日)師山元春挙・寺崎広業 大西蓬莱(不明-不明)中津の女性画家 (1851-1921)別号黙仙・黙遷、浅井柳塘に師事 大沼杏村(1859-1942)師柿本柿融・川村雨谷 大貫鉄心(1892-1958年08月11日)東美卒、師川合玉堂、帝展・新文展・日展出品 大貫徹心(1892-1958年08月11日)東美卒、師川合玉堂、帝展・新文展・日展出品、旧号鉄心 大沼渓水(1893-不明)師平尾墨仙・松村玉年 大根田雄国(1898-1952)師長田雲堂・小室翠雲、帝展・新文展・日展出品 大野花渕(不明-不明)種田豊水の師 (不明-不明)師堀江友声 (1900-1988)師山内多門・川合玉堂、日本美術院特待 大野静方(1882-1944年09月17日)師水野年方、連合絵画共進会出品、浮世絵研究を手がける 大野竹皐(1870-1944年09月)師田近竹邨 大野滴山(1922? -1998年03月24日)水墨画家、日本水墨画振興会名誉会長 大野友久(1927-2003年10月02日)師箕輪芳二、日本美術院院友、岐阜県水墨画協会理事 大野俶嵩(1922-2002年09月05日)無所属、京都市立芸術大学名誉教授、京美大卒 大野博(1912-1972年12月03日)大美卒、師矢野橋村、元日本南画院理事 巨野文祐(不明-不明)師谷文晁、桑名に移り住む 大野北山(不明-不明)南画 大野百樹(1920-2019年03月01日)師奥村土牛、日本美術院同人、総理大臣賞、文部科学大臣賞 (1820-1899年08月21日)師朝倉南陵・小田海僊、絵画共進会審査員、明治宮殿の杉戸絵制作に参加 大羽東洲(不明-不明)師杉山呉洲、本名誠一 大橋廉堂(不明-不明)師高森砕巌 (1865-1945年08月31日)師天野方壺・渡辺小華、パリ世界博、英博 (1860-1943)大橋翠石の兄 大林耕念(1909-1987)師関口貫山・山田申吾 (1887-1959年04月26日)師富岡永洗・川合玉堂・鏑木清方、名頼憲、日本美術院院友 大林牧斎(1810-不明)師山内耕烟 太平華泉(1913-1983)師荒川華関 大平華泉(1913-1983年08月23日)師荒川華関・松林桂月、日本南画院副理事長、日展会友 大平蹄山(1821-1888年11月21日)師大平亀陰・増田九木 大堀半仙(1875-1961)師野出蕉雨 大亦観風(1894-1947)師翠雲 大亦墨亭(1879-1951)師曽文・芳文、帝展文展 大宮俊興(1907-1984年01月16日)帝美卒、師山口蓬春、日展菊華賞 大村寛次(1895-1959)東美卒、号雅祥 (1891-1983年06月28日)京都絵画専卒、師竹内栖鳳、帝展・文展・日展で活躍 (1830-1895年05月10日)師古市金峨 大森運夫(1917-2016年09月29日)中村正義に影響され日本画を始める、新制作協会会員を経て創画会結成に参加して会員、山種展大賞 大森敬堂(1876-1911年06月14日)師川端玉章、平福百穂らと无声会を結成 大森照子(1801-1877)百々廣年の妻、号は高月 大森真津夫(1926-2010年08月25日)師堅山南風、日本美術院特待 大矢黄鶴(1911-1966年02月28日)師児玉希望・田中青坪・蔦谷龍岬、日本美術院院友 (1892-1967年04月01日)師三木翠山・竹内栖鳳、文展・新文展出品 (1879-1966年04月03日)師奥村石蘭・森川曽文・久保田米僊、名清次 大山雨香(不明-不明)南画 大山華珱(1902-1973年12月05日)日本画院同人 大山更青(1897-1979年02月22日)東美卒、国画創作協会出品 大山鎮(1937-2016年03月02日)師吉岡堅二、元創画会准会員 (1922-2009年02月19日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、東美卒、師山口蓬春、日展会長 大山魯牛(1902-1995年04月09日)師小室翠雲、新興美術院顧問、大東南宋院委員 岡愛山(不明-不明)昭和初期に久留米市で活動 岡興州(1883-1912)師池田興雲・梶田半古 岡茂以(1900-不明)師北野恒富 岡舟皐(不明-不明)師帆足杏雨 岡秋芳(不明-不明)河島春嶂に画を教えた (1874-不明)師足立秋英・十市石田 (不明-不明)津の人 岡世紀(1915-1991)師羽石光志、日本美術院院友 岡西湖(1881-不明)師山元春挙・菊池芳文・竹内栖鳳 岡千仞(1833-1914)漢学者 岡庭道(1914-1988年03月09日)日本水墨画協会常務理事 岡南国(不明-不明)師石南岳 岡白陽(不明-不明)南画 岡不崩(1869-1940年07月29日)東美修、師狩野友信・狩野芳崖、真美会を創設し活発な美術活動を展開した、芳崖門下四天王のひとり 岡文濤(1876-1943年12月28日)師山元春挙、四条派を学んだ 岡倉秋水(1866-1950年12月30日)師狩野芳崖、岡倉天心の甥 (1850-1919年12月17日)師天野漱石、元衆議院議員 (不明-1881年05月26日)江戸後期から明治期の画家、松平雪山の門人、名邦彦 (1882? -1935年11月18日)仕事のかたわら画をよくした 岡田多栄(1927? -1889)師古市金峨・三宅西浦 岡部寛山(不明-不明)画家ではないが画をよくした 岡部光成(1893-1972)師寺崎広業・菊池契月、帝展・文展出品 (1836-不明)師藤重春山 (1807-1873)師岡本秋暉・春木南湖 岡部文暢(1877-不明)師渡辺杏堂、名泰蔵 (1904-1982)師蔦谷龍岬 岡部楽水(1882-1950年11月07日)師野村応山 岡部榴園(不明-不明)風栄蔵と称した (1870-1904年05月07日)本名仲、岡見知康子孫、小室怡々斎に師事 岡村宇太郎(1899-1971年10月11日)京都絵画専卒、師土田麦僊、国画創作協会会員、新樹社結成に参加 岡村鶴翁(1796-1900)仙台に生まれ諸国を遊歴 岡村葵園(1879-1939年10月08日)川端画学校日本画科主任教授 岡村圭三(1846-1910)師岡村熊七・養子 (1817-1880)師古屋竹原 (1850-1896年08月09日)師鳥羽雲明・矢野誼軒、岸派 (1823-1896年02月25日)師古市金峨 岡本月村(1876-1912年11月11日)挿絵画家、師今尾景年・浅井忠、新聞や雑誌に挿絵を描いた (1849-1923年10月19日)師木村金秋・胡鉄梅、名久敬 岡本香邨(1883-1963年02月08日)名は虚、別号は竹山、香谷など 岡本秋石(1868-1940年11月14日)東美卒、橋本雅邦に師事、二葉会会員で特許局審査官をつとめる 岡本神草(1894-1933年02月13日)京都絵画専卒、菊池契月に師事、国画創作協会・帝展等 岡本大更(1879-1945)京都府画学校中退、巽画会・大正美術会 岡本淡雅(1913-1992年04月18日)大美卒、師矢野橋村・深林人、日本南画院常務理事 岡本智岳(1856-1950)沼辺洞昌寺の画僧 岡本竹山01(1883? -1963)師田近竹邨・佐久間竹浦 (1816-1891年11月23日)父岡本豊彦に四条派を学ぶ 岡本桃里(1806-1885年12月21日)四条派、鯉を得意とした、号武陵斎 (1869-1890年06月10日)師山本海逸、名伸夫、字考祺、通称唯三、別号銀香斎 岡本萬三(1905-1975年12月29日)京都絵画専卒、師池田遙邨、日展 岡本豊洲(1868-不明)師帆足杏雨 岡本芳水(1878-1959年02月27日)師平井直水・菊池芳文 岡本豊陽(1879? -1952年06月21日)農業、ダルマ画をよくした 岡本彌壽子(1909-2007年06月25日)女子美卒、師小林古径・奥村土牛、日本美術院同人・元評議員 (1854-1914)師笹川遊原・筑紫翠雲、南宗画をよくする 岡本柳英(1897-1891年03月28日)師父岡本柳南、名六出、別号鶉口 岡本柳南(1848-1934年03月08日)師岡本梅英、名申夫、字公寿、通称萬平、別号掬翠山房・対竹草堂 岡本亮彦(1823-1883年11月18日)師岡本豊彦、号畔生・暁翠園 (1811-1881)山本梅逸風の南画をよくした 岡山酔谷(不明-不明)指頭画を得意とした 小川雨虹(1911-2002年01月20日)師中村貞以、春泥社、元日本美術院院友 (1868-1938年12月17日)日本美術院同人、日本画を独学で学び、詩書や労荘思想に通じた、別号草汁庵 小川栄太郎(1899-1978年11月15日)師土田麦僊、国画創作協会・新樹社出品 (1838-1926年12月18日)師佐藤きん斎、名金也、初号文雅 小川鴻城(1884-1973年03月15日)師石川柳城・小室翠雲、名権、別号温故山人、龍陽会を結成 (不明-不明)師野際白雪 小川五瓢(不明-不明)南画 小川樵山(1886-不明)師高倉観崖 小川翠村(1902-1964年05月09日)師西山翠嶂、文展・帝展・日展出品 (1854-1932)師安田老山 小川雪洲(1823-1898年05月09日)名彭、別号琴松斎健洲 小川洗二(1905-1962年04月13日)東美卒、師中村岳陵、新興美術院理事、小川芋銭の二男 小川千甕(1882-1971年02月08日)師浅井忠・翠雲、洋画から日本画に転向 小川窓月(1879-1927)師今井小藍・種田豊水、土陽美術会高知支部会員 小川立夫(1914-2001年05月04日)京都絵画専卒、師堂本印象、日展会友、特選2、東丘社理事 小川竹生(1914-1978年12月07日)師奥村土牛、日本美術院特待 小川千代子(1949-2003年04月26日)宝塚日本画協会会員 (1866-1952)師森魚渕、住吉派 於川龍人(1901-1977年02月11日)師小野竹喬、国画創作協会・新樹会出品、戦後は創作画人協会に出品 (1817-1876)師岸駒、狩野派の画風 (1841-1912)鳥取藩御用絵師沖家八代 荻田邦孝(不明-1994年04月01日)日本画府理事 荻田東嶺(1899-不明)師小室翠雲 沖津殿山(1831-1895)師熊坂適山 荻津白銀斎(1821-1915年01月03日)狩野派 荻根沢映泉(1910-1991年11月14日)師郷倉千靱・今野忠一、日本美術院特待 (1867-1945)師宮田洞雪、土陽美術会高知支部幹事 (不明-1876)師狩野雅信 大給近孝(1878? -1958年03月26日)貴族院議員 (1882-1947年10月09日)東美卒、師橋本雅邦、帝展等出品、勝田蕉琴らと福陽美術会を設立・初代幹事長 荻原侍経(不明-不明)師土田麦僊、国画創作協会・新樹社出品 荻原春山(1821-1897年06月)師樋口春翠・狩野洞章 荻原涌石(不明-不明)在京作家による筑前美術展出品 奥月渓(1874-1950)僧、達磨の画を得意とした 奥征二(1942? -2019年03月15日)創造美術会 日 会員 奥生不倒(不明-不明)博多築港記念展覧会出品 (1912-2003年02月15日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、師児玉希望、日展顧問 奥田雀草(1899-1988年12月13日)俳画家、原爆忌全国俳句大会の創始者 奥田正治郎(1901-1981年05月05日)京絵卒、日展会友 奥田正治良(1904-1981年05月05日)京都絵画専卒、師中村左洲・山口華楊、日展会友 奥田東香(不明-不明)南画 奥田明斎(不明-不明)師森月航 (1880-不明)森魚渕に住吉派を学んだ後、橋本雅邦に師事 (1832-1893)徳山藩士、師柳田雲屋・山本琴石 奥谷秋石(1871-1936)師重春塘・森寛斎、日月会 奥出玉陵(不明-不明)師佐竹永陵 奥富順三(1907-1978)師奥富宝年 奥富宝年(1886-1942)師鈴木松年 小国重友(1825-1889)幕末から明治期の画家、神主、通称鈴木浪江 (1837-1913年07月28日)師福田半香、新傾向の闊達な画風で一世を風靡、女流三羽烏(他は跡見花蹊・野口小蘋) 奥原晴翠(1852-1921年09月01日)師奥原晴湖、晴湖の養女 (1831-1886)江戸後期から明治期の画家、佐竹永海の門人、吉川小学校の校長を務めた 奥村厚一(1904-1974年06月25日)京都絵画専卒、師西村五雲、創画会会員 奥村紅稀(1897-1968年06月05日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、名鏞三、日展出品 奥村恭法(1865-不明)師鬼頭道恭、名環次郎、仏画を得意とした (1874-1945年03月03日)師父奥村石蘭・磯部百鱗、名季彦 (1834-1897年02月07日)師野村玉渓・横山清暉、名庸、通称源吾・大助、別号知芳園・楓斎・庸堂主人 (1882-1927)名寅雄、奥村老圃の二男 奥村桃村(不明-1889年06月27日)師前田暢堂 奥村土牛(1889-1990年09月25日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、師梶田半古・小林古径、日本美術院名誉理事長 奥村梅禅(不明-不明)南画 奥村梅堂(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品 奥村牧鳳(1914? -2004年11月11日)日本文人画府名誉理事 奥村木巣(1887-不明)京都絵画専卒、師山田松渓・竹内栖鳳、名保一 奥村玲瓏(1901-1984年02月29日)師堅山南風、日本美術院院友 (1860-1926)名亀三郎、父の永伯に絵を学んだ 奥本高于(1899-1962年03月)師田近竹邨、日本南画院理事 奥山芳泉(1913-1993年09月18日)師川崎小虎・東山魁夷、日展会友、森々会会員 (1876-1957年11月05日)師川端玉章 小倉篁花(1916-1990年08月28日)日本画院幹事 小倉青於(1842-1894年03月13日)師高久隆古 小倉遊亀(1895-2000年07月23日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、芸術選奨、師安田靫彦、日本美術院同人 小倉芳司(1909-2006)師小虎、日展会友 小栗潮(1921-2013年06月20日)師山口蓬春、日展参与、審査5、文部大臣賞、菊華賞、特選 小栗琴渓(1824-1912)師斑目東雄・椿椿山 (1828-1892年03月30日)師父小栗伯圭、通称六平 (1814-1894)福田半香の門人 (1818-1884)師父小栗伯圭・岡本豊彦、通称保吉、字士朗、別号暁翠・澄神斎、岡本亮彦と同一 小栗正(1912-1985年08月28日)師郷倉千靱、日本美術院院友 (不明-1889年07月24日)師父小栗伯圭・岡本豊彦、小栗伯圭の二男、通称友松、別号岡本舎人、岡本俊彦と同一 小栗布岳(1834-1915年05月15日)師帆足杏雨 小栗正気(1853-1927)師種田豊水、土陽美術会高知支部会員 尾越勝之助(1916-1969)師川端龍子 小坂芝田(1872-1917年09月05日)師児玉果亭、不折従弟、文展二等賞他 尾崎逸岳(不明-不明)師名草逸峰 (1892-1926)師川村曼舟・畑仙嶺、名一郎 尾崎雪濤(1828-1910)内国絵画共進会出品 尾崎片雲(1840-1916)師谷口靄山 (不明-不明)師高橋杏村 納鳳陽(1883-不明)吉村鳳柳の門人 (1836-1888)徳島藩御用絵師、師父小沢輝興・守住貫魚、住吉派 (1846-不明)師藤重春山 小沢小門(1865? -1895年01月01日)師十市石谷 小沢翠石(1845-1917)小沢晁洲の子 (1845-1917)名守真、別号翆石・翆月、小沢晁洲の子 (1811-1877)師谷文晁、祖先は小沢嘉右衛門 小沢道治(1915-2000年04月17日)東美卒、師中村貞以、日本美術院特待 押田翠雨(1892-1985年05月21日)洋画から転じ野田九浦に師事、日本画院同人 鴛海謙斎(1822-1892年09月29日)医師、詩書画をよくした 鴛海暘谷(1828? -1890年08月11日)藩立高田学校教授をつとめ、画をよくした (1883-不明)師日比野白圭、別号圭秋 尾関秋逸(1893-不明)師渡辺秋谿 (1875-不明)師菊池芳文・木村金秋・渡辺秋谿、名玉三郎、字禎、別号可信園・竹陰居 (1834-1903年10月17日)師渡辺清・大和絵を学ぶ、名祐命、通称三代目柏屋弥兵衛、別号永 尾瀬戸春光(1918-2009年05月10日)師望月春江、日本画院同人 織田観潮(1889-1961)師尾竹国観、文展出品 織田杏逸(1890-1970年07月27日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、杏斎の三男、名三吉、字子香 織田杏斎(1845-1912年11月24日)師父織田共樵・張晋斎、日本南宗画科井幹事、織田杏逸の父、名啓、字子道、通称鎌吉、別号緑天館 織田旦斎(1879-1966年08月09日)師伯父織田杏斎・佐竹永湖、名鐘吉・旦斎、字子致 小田知周(1851-1919)第二代高松市長、詩文和歌書画をよくした 小田半溪(1864-1902年10月14日)師前田暢堂、京都画学校教授 小田容亭(1859-1905年01月07日)松本檀嶺に南画を学んだ後、滝和亭に師事、小村雪岱は甥 小田喜五耕(不明-2002年08月26日)全国水墨画美術協会秀作展評議員 (1810-1888年10月19日)師高力猿猴庵、尾張藩士、名忠近、通称伝之丞、別号歌月庵喜笑 (1899-不明)師森村冝稲、別号春峰・春江 (1857-1902年06月03日)師父小田切春江・立松義寅、小田切春江の長男、名忠和、通称多芸雄 尾竹越堂(1868-1931年12月03日)明治中期から昭和初期の浮世絵師、尾竹三兄弟の長兄 尾竹国観(1880-1945年05月18日)東美卒、師小堀鞆音、文展無鑑査 尾竹竹坡(1878-1936年06月02日)師川端玉章・靹音、帝展無鑑査、今村紫紅らと大同絵画会設立 尾竹正躬(1903-1985)東美卒、帝展出品、郷里長野で長く教鞭生活を送る 小田島春耕(不明-不明)小田島大鵬の子 小田島大鵬(不明-1915? )師山内耕烟 (1820-1884)師佐久間六所 越智正治(1942-1996年08月24日)師小倉遊亀・松尾敏男、東京芸大中退、日本美術院院友 越智東予(1893-1967)師田辺竹邦・小室翠雲 越智和心(1909-不明)和然会会長、元日中水墨交流協会理事 落合素江(1831-1885年04月13日)洋風画 落合直文(1857-1903年12月17日)文人画家・歌人・国文学者、直亮の嗣、号桜舎、一高教授 (1896-1937年04月15日)師菊池契月・小村大雲、青龍社人のち明朗美術聨盟主宰 小妻要(1939-2011年09月27日)出版美術家連盟理事、美人画、叔父は坂井草子 尾中蘆山(1893-1963)師水野年方・鏑木清方 鬼木湘江(不明-不明)昭和初期に築上郡黒土村で活動 鬼沢小蘭(1838-1907)水戸藩士伊藤家に生まれ高浜鬼沢久富の後妻となる 鬼塚溪仙(1902-不明)師甲斐虎山・白須心華・前田直渓 小貫博堂(1879-1960)東美卒、師橋本雅邦 小野一三(不明-不明)南画 小野一郎(1923-1993)東美卒、新興美術院理事 小野桜山(1853-1937年06月26日)馬溪文庫を創設 小野臥牛(1828-1889)岩手県水沢で活動 小野勝太郎(不明-不明)南画 小野華堂(1884-1949年07月22日)中国に渡り南画の技法を研究 小野寒江(1884-1971)師下條桂谷 小野具定(1914-2000年05月18日)芸術選奨、東美卒、師結城素明・児玉希望、創画会会員、日本北辺に散在する漁村をテーマにした 小野茂明(1897-1994)師下村為山・小室翠雲・川崎小虎 小野周文(1847-1935)姫路市立美 小野春陵(1860-不明)中島亨斎の門人、別号天真 (1824-1897)師佐々布篁石・福田太華 (1845-1897)師関石城・白神澹庵 (1880-1959年01月10日)師竹内栖鳳、国画創造協会展に素描・版画で入選、新樹会結成に版画会員として参加、小野竹喬の兄 (1889-1979年05月10日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、京都絵専卒、師竹内栖鳳、国画創作協会創立会員 (1840-1915年10月14日)師渡辺小華、号掃石、幼名柳三郎、通称久六、諱正爾 小野梅邨(1871-1960年04月24日)師森琴石・田能村直入 小野墨洋(不明-不明)師川田墨鳳 尾之内半農(不明-不明)師山本石荘 小野崎如水(1846-1917年01月10日)秋田藩士、平福穂庵に学ぶ 小野崎大凌(1888-1944)師荒木寛畝・寺崎広業 小野田祥雲(1872? -1988年01月09日)青峰美術院常任委員 柿本柿融(1836-1897)師土田鉄船 賀来春斎(1806-1891年04月17日)医師、南画をよくした (1816-1894年03月10日)賀来有軒の長男、小石川植物園園長 (1819-1884)師堀江友声 加倉井和夫(1921-1995年09月24日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、東美卒、師山口蓬春、日展常務理事 筧梅屋(不明-不明)師加藤梅翁・篠崎小竹 筧伯雅(不明-不明)医師、俳画をよくした 影浦鉄洲(1917-不明)西日本日本画連盟会員 笠素竹(不明-不明)師堤紫僊 葛西松隠(1832-1906)山本梅逸に私淑 (1820? -1884)日柳燕石らと交友した 葛西潮山(不明-不明)南画 笠井道明(1918? -1989年12月26日)全日本水墨会会員、富士宮市地区桃源会員 (1829? -1881)師中川愛山、山内水竹らと交友した 笠原愷泉(不明-不明)明治29年出版の「松島真景全図」に挿絵画が掲載されている 笠原景親(1845-1922)師楊洲周延 笠原清見(不明-不明)京都絵画専門学校で学ぶ 笠原可雄(1912-1990年10月24日)師野田九浦、日展会友 (1813-1892)狩野派、師山野峻峰斎 笠松紫浪(1898-1991年06月14日)師鏑木清方 (1879-1962年12月30日)師湯浅桑月、住吉派 笠谷総樹(不明-1901年03月21日)笠谷貫樹の祖父、書画をよくした 梶喜一(1904-1980年02月15日)京都絵画専卒、師都路華香・西村五雲・山口華楊、日展会員、晨鳥社所属 梶徳行(不明-2012年06月02日)日展出品、香川県展等出品 梶浦奇渕(1822-1891)師村瀬秋水・雪峡、僧名得聞、別号蘭月 柏倉雪章(1878-1925)師小松雲涯・川端玉章 梶田半古(1870-1917年04月23日)師鍋田玉英・菊池容斎・鈴木華邨、日本青年絵画協会を創立 梶並蘭窟(1805? )師田能村竹田 樫村白圭(1905-1973)横山大観の門人、名篤、院展出品 樫本翠邨(1893-1973)別号石亭・蕉雨荘、漁火同人、前衛墨画院主宰 梶山九嶽(1804-1877)矢野派、師矢野良敬 (1940-1890年07月30日)師佐々布篁石・田中亀水・淵野桂仙・鉄翁、別号泉外 (1836-1923)宇佐美太奇に学ぶ 華州(1880-不明)師山元春挙 (1900-不明)師山元春挙 (不明-1879)師高木豊水・石南園 (1843-不明)師中西耕石、別号半農・石亭・松処 (1827? -1874)師兒島竹處 梶原緋佐子(1896-1988年01月03日)師菊池契月、日展参与、伝統的な美人画を継承しながら対象の個性を見据えた女性像を描いた 鹿末坪石(不明-1900年01月17日)師田辺文琦 春日仲装(1848-1873年01月21日)幕末から明治期の画家・儒者、通称装三郎、号融化 春日鉄山(不明-1883)師土佐光起 春日光親(不明-1883)別号鉄山 数原俊(不明-1995年09月07日)芙峰画会所属 片岡京二(1899-1993)師龍岬、別号光明 片岡球子(1905-2008年01月16日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞恩賜賞、師安田靫彦、日本美術院同人 (1811-1897)師佐藤周鱗斎 片桐白登(1908-1997年06月17日)日本南画院副会長、日本中国水墨画交流協会名誉理事、日本文人画府相談役、師竹圃 片倉白麟(不明-不明)師菅原白龍 (1841-1882)師山本梅逸 片村晩翠(不明-不明)北画 片山雅洲(1872-1942年08月12日)師幸野楳嶺・今尾景年・橋本雅邦、全国絵画共進会出品 (1833-1887)師後藤田南渓・鉄翁 (1839-1896)師浦上春琴・成田半煙 (1887-1980年12月30日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、師高橋広湖・横山大観、日本美術院同人 片山牧羊(1900-1937年08月26日)師鶴友・蔦谷龍岬、帝展 (1841? -1912)師中川愛山 (1879-1963年09月09日)東美卒、師野出蕉雨・橋本雅邦、文展受賞、帝展審、福陽美術会を組織・会長 勝田深氷(1937-2012年07月31日)伊東深水の二男、姉は朝丘雪路、兄は伊東万耀 勝田哲(1896-1980年11月17日)京都絵画専卒、東美卒、師山元春挙、日展会員 (1823-1881)師横山雲南・浅井柳塘 勝部静処(1861-1919)出東村村会議員などと勤め、書画をよくした 勝見完斎(1831-1896年09月30日)兼金工、師容斎、名恭世 勝見光雪(1930-2012年03月08日)日本文人画府常任理事 勝谷米荘(1871-1925)文人画家、日本南画院同人、日本美術協会員 (1894-1978)師西山翠嶂 (1866? -1915)四條派、師矢部楳山 桂香屋(1852? -1920年01月09日)師十市王洋・帆足杏雨 門井掬水(1883-1976)師鏑木清方、帝展出品、清方門下の郷土会や伊東深水・山川秀峰の青衿会に美人画を発表した (1858-1916年02月27日)師木村雲渓・川崎千虎・木村金秋、名彬、字経明、通称菊三郎、別号梧雲・蘿石・臨池堂 加藤英舟(1873-1939年02月15日)師幸野楳嶺・竹内栖鳳 (1906-1972年05月24日)日本芸術院賞、創造美術協会の創立に参加後に離れて官展に復帰、東美卒、師結城素明、日展理事 加藤勝重(1914-2000年09月06日)師奥村土牛、日本美術院特待 加藤吉甫(1823-1905)師吉川君渓 加藤牛山(1832-1902)師牧野永昌 (1828-1919年06月03日)師渡辺小華、通称皆蔵 (1912-不明)師玉置頼石 加藤丹丘(1889-1945)師中野春翠 加藤玉亭(1872-不明)東美卒、橋本雅邦・川端玉章に師事、名紀高、別号香霞洞 加藤琴江(不明-不明)内国絵画共進会出品 (1825-1910年06月15日)師桜斉広元、別号玄白・粽猿 加藤香瀾(不明-1953)師伊藤素軒 加藤香蘭(1890-1953年02月07日)師福田平八郎、鯉図の閨秀作家として知られる 加藤彩華(1912-2001年09月14日)師中村岳陵、日展会友 加藤紫雲(1901-1931年03月28日)師沢梅谷、名弥太郎、通称孫八 加藤重寿(1913-1974年05月14日)京都絵画専卒、日展 加藤紫軒(1895-不明)師沢梅谷・菊池契月、名三造 (1872-不明)師望月玉泉・岸竹堂 加藤秋荘(1912-1995)東美卒、日展 加藤竹邨(1880-不明)師田能村直入 加藤秋村(1839-1917年04月20日)師村瀬秋水、名豊、字子誠、別号青哦・秋耕 加藤春甫(1879-1950)師鈴木松年 加藤春峰(1912-1991年01月09日)師郷倉千靱、日本美術院特待 加藤正音(1930-2014年08月18日)白士会委員 加藤松溪(1909-1948)師後藤松亭・小室翠雲、新文展出品 加藤晨明(1910-1998年07月07日)師中村岳陵、日展参与 加藤清隠(1869-不明)師加藤秋村・石川柳城、名欽治、別号春泉・六々野人・洗心軒 加藤井竿(1930-2007)一掃米作百熊、鳥取県庁知事室買上 加藤石邨(1895-不明)師白井永川、名房一 (1872-1918年11月22日)師小室秀俊・橋本雅邦、連合絵画共進会二等褒状 加藤雪柳(不明-不明)内国絵画共進会出品 荷堂禅石(1837? -1878)旧大分町外堀・常念寺第七世寺主 加藤素毛(1825-1879年05月12日)師沙門鉄翁 加藤春来(不明-不明)師川田墨鳳 加藤丹楓(1850-1924)篤学者 加藤千波(1827-1877)宮城の人、萩園と号した 加藤鼎山(1815-1890)師十市王洋 加藤天岳(1883-1951)師高島北海・尾形月山 (1916-1996年12月31日)文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、東美卒、師山口蓬春、日展顧問 (1785? -1878)狩野派 加藤淘綾(1901-1987年05月01日)師安田靫彦、短歌を斎藤茂吉に学ぶ、日本美術院 加藤蘆鶴(1838-1921年03月14日)師蘆汀、名喜重、通称喜右衛門 加藤獨歩(不明-不明)昭和初期に大牟田市で活動 加藤直昌(不明-不明)堀尾実、水谷勇夫らと匹亞会を結成 加藤南涯(1873-1959年11月)東美卒、師幸野楳嶺・橋本雅邦、西岐波村村長 加藤南峰(1809-1892)師東東洋、佐沼の三大画家の一人 加藤登(1930-2006年02月01日)師小松均・今野忠一、日本美術院特待 加藤半渓(1841-1905年02月10日)師父加藤半山・伯父加藤墨渓、、内国絵画共進会賞状 加藤楓斎(1826-1879)名来治、養蚕の導入の傍ら画を描いた (不明-不明)津の人、染織の傍ら画を描いた 加藤将郎(1933-1985年01月22日)師小松均、日本美術院 加藤美代三(1912-2012年05月10日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、日展会友 加藤弥寿子(1919? -2014年04月28日)日本文人画府会長 加藤友介(不明-不明)兼洋画、高校定時制の主事をやっていた 加藤雄飛(1839-不明)師高橋容所 荷堂弦(1878? -1962年04月17日)大分市長浜町常念寺寺主 (1883-1926)師三宅呉暁・川北霞峰 (不明-不明)本名半造、屏風や襖絵を多く描いた 門垣無門(不明-不明)南画 金井一章(1879-1944年02月)東美卒、師川端玉章・寺崎広業 金井畊風(不明-1997年08月20日)日本南宗会常任理事、日本自由画壇壇人 金井毛山(1806-1879)江戸後期から明治期の画家、名寿、字寿平、別号無溟・研香 (1900-1990)師川合玉堂、平和博・奉祝展等 (1892-1974年09月16日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、師竹内栖鳳、日展顧問 金田和郎(1895-1941年11月12日)師曽木聴松、京都市美卒、国画創作協会展樗牛賞 金谷朱尾子(1953-2004年10月06日)京都芸大卒、日展会友、特選 金光成文(1888? -1971年01月10日)師松林桂月 要樹平(1906-1994年02月10日)京美卒、師土田麦僊、国画創作協会展、新樹社展 金森観陽(1882-1932年04月18日)師尾竹越堂、文展褒状、大正美術会 金森南耕(1880-1935年10月28日)師祖父金森南塘・尾形月耕、文展出品 金森南塘(1823-1904年08月31日)師春木南湖、日本絵画協会展二等褒状、兄は山内林斎 金谷玄道(不明-不明)東美卒、見樹院第十五世住職 (1863-不明)師天野漱石 金山霊水(1910-1996)師朗風・児玉希望、日展出品 可児無門(1852? -1919年03月08日)醸造業、画をよくした (1890-不明)尾竹国観に師事、名英太郎 兼子雲英(1890-不明)師尾竹国観 (1848-1884)師岸明・帆足杏雨 金子海堂(1865-1946)師小澤小門 金子菊所(1853-不明)師日根野対山、名耕平 金子耕雲(不明-不明)師亀田耕雨 金子秀雲(1924-1997年03月23日)日本美術院院友 金子紫陽(1885-不明)師岡秋芳 兼子泰秋(1899-1979)師下村為山、遊戯三昧会副会長 金子孝信(1915-1942年05月27日)東美卒、モダンな女性風俗を描く、26歳で戦死 (1862-不明)渡辺小華の門人、別号小華堂、俳号雨来 金子八畝(1903-1983)師寛畝、新興美術院会員 金子米軒(1883-1946)師小室翠雲・山岡米華、帝展出品 金子兵輔(1848-1884)師岸明・帆足杏雨 (1872-1946年11月02日)師荒木寛友・野口小蘋、文展出品 金重菱江(1895-1967年08月22日)師松林桂月、戦後山口市で江山画塾を開設 兼島暗香(1872-1946)師野口小蘋 兼城昌興(1866-1930)師中川蘆月 金曽大畔(1911-1989年10月21日)師矢野橋村・佐藤太清、日展会友、元日本南画院理事 金田南村(1895-1941)京都市立美術工芸大学卒業 金田豊(1900-1964)師亀割隆・田中青坪、日本美術院院友 金田由人(1914-1981年04月17日)師石川竹邨、名睿 兼松南園(不明-1890)師春木南溟・中村鏡湖 (1864-1917年08月20日)師鷲見春岳・神保木石・中野水竹、名亀四郎、別号松泉 (1855-1926)師田能村直入 金山郡司兵衛(1812-1881)画と彫刻に勝れた 鹿野金華(不明-不明)南画 狩野晏川(1823-1892年11月20日)幕末から明治期の画家、名貴信、別号皆春斎、師栄信、表絵師 (1866-1933年09月)師帆足杏雨 狩野永祥(1811-1886)師狩野永岳、父は永信 (1819? -1888)高松藩絵師、松平頼該の師 (1831-1900年08月12日)狩野山楽直系の九代狩野永岳の養子 狩野永悳(1814-1891年01月29日)帝室技芸員、木挽町狩野伊川院栄信の第六子 狩野応信(1842-1907年01月)木挽町狩野家十代勝川院狩野雅信に師事、父は狩野玉圓 狩野応心(1851-1907)師狩野勝川 加納黄文(1824-1891)師野村玉渓・横山清暉 (1817-1881)盛岡藩の常府狩野派絵師、師狩野洞白春信、狩野休雪の子 狩野光雅(1897-1953年12月17日)東美卒、師松岡映丘、帝展・文展出品、国画院の結成に同人として参加 狩野三岳(1829-1904)師東東莱 加納三楽(1898-1981)師山元春挙・山村耕花、後に川端龍子に師事し青龍社社人として活動 加納三楽輝(1898-1981年04月30日)師山元春挙・川端龍子、元青龍社社人 狩野寿信(1814-1897)『本朝画家人名辞書』を著した 狩野春碩存信(1845-1913)盛岡藩の常府狩野派絵師、休意の子 狩野春水(不明-不明)狩野三岳の子 (1845-1913)盛岡藩の常府狩野派絵師、師狩野董川中信 狩野春川友信(1843-1912年08月15日)浜町狩野家董川中信の子 狩野勝玉(1840-1891年01月16日)師狩野雅信、父は貞信 狩野勝川院(1823-1880)名雅信、別号素尚斎、叙法印、木挽町九世 狩野翠穂(1888-不明)狩野三岳の孫 狩野素川(1814-1897)幕末から明治期の画家、名寿信、幕府表絵師、別号朝音斎、猿屋町狩野 狩野素川寿信(1820-1900)猿屋町代地狩野家九代 (不明-1911)狩野派 狩野忠信(1864-不明)宗家中橋狩野家の狩野永悳に師事し養子となる 狩野探岳(1859-1922年01月08日)師叔父狩野探美、父は狩野探原 狩野探道(1890-1948年06月04日)師狩野応信・荒木探令、日本美術協会審査員、父は狩野探岳 狩野探美(1840-1893年06月19日)狩野探淵の子、名守貴、叙法眼、奥絵師 狩野探令(1857-1931年04月09日)師狩野深美守貴、日本画会幹事 狩野洞春 8代 (不明-不明)駿河台狩野八世 狩野友信(1843-1912年07月15日)師狩野雅信、中信の子、東美教授 狩野梅斎(1883-1969年02月19日)師池上秀畝、名政次郎 (1828-1888年11月05日)師狩野雅信、別号松隣・勝海、近代日本画の父と称される 狩野雅信(1823-1880年08月09日)幕末から明治期の画家、晴川院養信の子、号勝川院・素尚斎 (1815-1875)肥後狩野家十代 (不明-不明)師堀江友声 狩野良信(1848-不明)師狩野雅信、内国絵画共進会受賞 加納凌雲(1878-1958)師野村文挙・野口小蘋・橋本雅邦、仏画や寺社天井画等を制作 狩野朗左門(1911-2001)岡田三郎助に師事、槐樹社展・白日会展等出品、その後日本画に転向、落合朗風に師事 彼末一溪(不明-不明)師弘瀬洞意、狩野派 (1842-1926)師弘瀬洞意、絵金派 加畑桃僊(1897-1985年04月03日)京都絵画専卒、山元春挙、日展・大毎展 (1868-1942年06月05日)師渡辺小華、名武輔、小崋会会長 鏑木清方(1878-1972年03月02日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、帝室技芸員、師水野年方、結城素明らと金鈴社を創立、日展顧問 加部松園(1850-1922)師野口幽谷 下保昭(1927-2018年08月07日)師西山翠嶂、日展文部大臣賞、菊華賞 鎌倉秀雄(1930-2017年03月14日)師安田靫彦、日本美術院同人・常務理事 鎌田糸平(1916? -1980年01月01日)師水越松南 (不明-不明)町狩野 鎌田方晴(1919-1997年02月12日)師野田九浦・中谷光炎、父は鎌田緑峯 鎌田緑峰(不明-1979)新興美術院会員 蒲池玉英(不明-不明)蒲池来潮の妻 蒲池来潮(不明-不明)四条派 上泉華陽(1892-1979)東美卒 神坂松濤(1882-1954)師菊池芳文・浅井忠、神坂雪佳の弟 神坂雪佳(1866-1942年01月04日)佳都美会主宰、京都市立美術工芸学校教諭 上條静光(1908-2007年04月24日)師川端龍子、元新興美術院常任理事 上條肇(1925-2005年11月13日)師郷倉千靱・今野忠一、日本美術院特待 上條義守(1876-1967)日本民俗資料館 神庭白黎(不明-不明)東美卒、師百穂 上村広成(1870-1938)川島文信と五光会結成 神谷幸子01(1927-2011年01月02日)日展会友 神谷紫水(1836-1901)師浅井香雨・村瀬秋水、名彦・泰彦、通称彦十、別号霞外山房主人 (1864-1936年02月)師山本梅荘、名有馬之助 (不明-不明)師根本幽峨 亀井玄兵衛(1901-1977年03月11日)元青龍社社人、東方美術協会結成に参加 亀田耕雨(1898-1977)師小室翠雲 亀井明二(1909-不明)師大智勝観、名明治 亀川盛棟(1861-1893)師小波蔵安章 (1808-1890)琉球の絵師、唐名は毛允良 亀田豊二(1912-1987年01月22日)京都絵画専卒、新制作協会出品 亀田正行(不明-不明)福岡美術会結成に参加 亀永吾郎(1890-不明)師鏑木清方 亀山秀景(1927-2009年11月18日)師春峰、玄画会副会長 亀割隆(1901-1981年01月15日)師葛谷龍岬・荒木十畝、文展・帝展・日展 亀割隆志(1901-1981)師龍岬、別号青亀洞 鴨下晁湖(1890-1967年10月20日)東美卒、師松本楓湖、文展賞、戦後は挿絵や装丁に従事し出版美術家連盟会員 (1889-1976年08月15日)師森琴石 (1827-1878)師斎藤秋圃・桑原鳳井・石丸春牛・村田東圃 (1886-1939)師父秀山、萱島秀山の長男 (1858-1938)師荒木寛畝、萱島鶴栖の長男 萱島秋邨(不明-不明)南画 (1901-1973)師父秀山、萱島秀山の三男 萱田万海(1851-不明)師父月仙 茅野春村(不明-不明)師斎藤秋圃 (1812? -1891)師佐々布篁石・福田太華 香山太宣(1899-1963年04月09日)師山内多聞 加山又造(1927-2004年04月06日)文化勲章、文化功労者、師山本丘人、創画会会員、元東京藝術大学教授、元多摩美術大学教授 狩山幽壑(1811? -1883)師中西耕石・鼎金城 粥川伸二(1896-1949年01月01日)師土田麦僊、国画創作協会 華陽仙人(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品 唐沢湖城(1819-1980年01月06日)師島高麿・狩野甘国斉 辛島詢士(不明-不明)医師 辛島望山(1855? -1943年10月28日)師田口橘林 川合雲鳳(不明-不明)帝展出品、南画をよくした 河合英忠(1875-1921年09月17日)師右田年英、清方らの烏合会参加 川井勝美(1941-2000年11月20日)日本美術院院友 河合玉泉(1896-1966)師白井青淵、宗墨会顧問、県議会議員、本名河合源三郎 (1873-1957年06月30日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、帝室技芸員、師橋本雅邦・幸野楳嶺、名芳三郎、別号偶庵、日本美術院創立に参加 川合清(1918-2008年10月27日)元日本画院同人、東美卒、中村岳陵に師事、新潟大学名誉教授 川井硯海(不明-不明)南画 河合健二(1908-1996年02月04日)京都絵画専卒、師西村五雲・山口華楊、日展参与 (1804-1889)紀州藩藩校「学習館」督学の妻、小梅日記を書いた (1826-1898)師高橋杏村 川合誠司(1927-2008年01月)師川端龍子、新美術副理事長 川合白流(1899-1940年12月12日)東美卒、師玉堂 河合琶江(1821? -1907年11月09日)師帆足杏雨 (1875-1912年09月01日)師父河合栗邨・今尾景年、絵画共進会二等褒状 河合墨雪(1901-1989年12月21日)現代水墨画協会顧問 (1851-1908年03月14日)師白神澹庵・鎌田玄渓 川合龍山人(1875-1945年09月15日)師福本松鄰・寺崎広業 川上馨谷(不明-不明)大和絵凧を描いた 河上鴻立(1869-不明)師河上鶴立、別号梅痴庵主々子 川上孤山(不明-不明)師川上盤山 川上拙以(1901-1976年12月03日)京都絵画専卒、師翠嶂、帝展文展 (不明-不明)日本楽器会社社長、似顔を描く 川上游(1929-1995)日本美術院院友 川北霞峰(1875-1940年08月14日)師幸野楳嶺・菊池芳文、文展特選、帝展委員 川口月泉(1875-1934)川口月村の子 (1845-1904年10月17日)師父川口月嶺、絵画共進会三等褒状 川口春波(1899-1972)師川端龍子、青龍社の結成に参加、脱退後明朗美術連盟を結成 河口小波(1913? -2011年05月11日)師河口楽土、日本自由画壇創立に参加・名誉顧問 川口澹斎(1853-1909年12月05日)師渡辺拈華 (1874-不明)名茂、別号一竿、帝国絵画協会会員 河口祐貴子(不明-1995年03月10日)日本画府理事、元女流画家協会委員 河口楽土(1898-1991年04月27日)師富岡鉄斎・橋本関雪、日本南画院の創立に参加・会長、日本自由画壇を創立・理事長 (1886-1977年01月29日)日本芸術院賞恩賜賞、東美卒、師川崎千虎・小堀鞆音、名隆一、日展顧問 (1835-1902年11月27日)師沼田月斉・土佐光文、通称源六・鞆太郎、東美教授、日本美術院設立に参加、故実に通じ歴史画を得意とした 川崎春彦(1929-2018年10月02日)日本芸術院会員、日本芸術院賞恩賜賞、東美卒、師川崎小虎・東山魁夷、日展顧問、審査9、文部大臣賞、特選2 (1882-1918年03月12日)師菊池芳文・寺崎広業、文展褒状 川崎李塘(不明-不明)博多祇園町で活動 河島春嶂(1889-1967)師父河島雪峰・岡秋芳 川島梅関(1902-1977)京都絵画専卒、師山元春挙 河島梅峯(1878-不明)師池田琴峰 川島浩(1910-1994年01月09日)京都絵画専卒、師西村五雲・山口華楊、日展会員、晨鳥社役員 川島文信(1889-1975)師荒木探令 川島正之(1910-不明)師川崎小虎、別号香陽 川島雄童(1948-2015年03月15日)無所属 (不明-不明)師江馬細香 川島伃音子(1904? -1994年03月26日)日本美術院院友 川瀬麿士(1941-2019年08月15日)院展同人・評議員、師今野忠一 河底墨翠(不明-不明)師川田墨鳳 河田賢三(1904-1970年04月20日)京都絵画専卒、師堂本印象、日展・新日展出品、東丘社 (1864-1919)師父河田小龍・滝和亭 (1824-1898年12月19日)師中林竹洞・島本蘭溪 (1822-1900)師根本幽峨 川谷高雅(1827-1890)師松浦松洞 河内郷花(1908-1988)師荒井寛方 河内鼓外(不明-不明)南画 川地寿山(1912-1983年02月21日)師田中松寿、大垣市で活動 河内政義(1919-2002)元日本総合芸術協会理事 河津光浚(1899-1990年10月24日)京都絵画専卒、師菊池契月、創作の傍ら宇治平等院鳳凰堂壁画などの模写を手がけた 川手青郷(1902-1966年08月)師鴨下晁湖・堅山南風、日本美術院特待 河鍋暁雲(1860-1908年08月28日)名周三郎、別号猩々暁雲、河鍋暁斎の二男 (1831-1889年04月26日)諷刺の効いた独特の画風を展開した、師狩野洞白、別号狂斎・惺々狂斎・画鬼など 河鍋暁翠(1868-1935年05月07日)師父河鍋暁斎、日本美術協会会員、東京女子美術学校教授 川浪養治(1898-1985年11月14日)無所属 河野珠石(1875-1950年04月)師三好藍石 河野僊山人(不明-不明)師十市王洋 河野竹陰(不明-不明)師田能村竹田 河野東溪(不明-不明)師十市石谷・小沢小門 (1868-1945)師宮田洞雪・菊池芳文、土佐美術協会創立に参加、土陽美術会高知支部会員 河野白華(1875-1962年01月11日)医師 河野米邨(1891? -1950年09月13日)師前田直渓 (1879-1931)川辺御楯の三男 (1871-1892)川辺御楯の長男 (1838-1905年07月24日)師土佐光文、号花陵・鷺外 川端健生(1944-1995年10月09日)京都市立美大卒、創画会会員、父は川端皐白 川端玉章(1842-1913年02月14日)帝室技芸員、師中村来章、東美教授、川端画学校創立 川端皐白(1896-不明)師三井飯山 川畑春翠(1880-不明)師山元春挙 河端石泉(1877-1940)川端画学校 (1885-1966年04月10日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、元日本美術院同人、青龍社結成 河原瑛州(不明-1997年02月)南画家、日本書画新興協会理事 河原進(1933-2015年01月24日)師龍子・操 (1866-不明)師奥村石蘭、名鉄次郎 (1871-1962)師森魚渕・富岡永洗・結城素明・狩野友信 川船水棹(1887-1980年05月16日)師小堀鞆音、帝展受賞 川辺華堂(1893-1962)京都絵画専卒、師西村五雲・菊池契月、文展・帝展・日展出品 川辺菊久(1899-1980年09月16日)師安田靫彦・川崎小虎、日本美術院院友 川辺九皐(1871-1892)師父御楯、川辺御楯の子 (1909-1987)東美卒、師松岡映丘、創造美術展・日展等 河辺青蘭(1868-1931年04月19日)師橋本青江 川部洋子(1932-2006年01月03日)師武、日本画院幹事、国際美術運営理事 川俣眞澄(不明-2008年05月16日)日本画府会員 川松石泉(1856-不明)師司馬老泉、名礼助 川村雨谷(1838-1906年12月29日)師木下逸雲・日高鉄翁、別号陸蓮子・烏黒 (不明-不明)明治期の画家、那珂淇水弟の娘、はじめ観斎に師事した 河村慶士(1913-不明)師本田翔 川村憲邦(1913-1985年10月28日)京都絵画専卒、日展会友 河村虹外(1861-1932)師重春塘、日本南画協会の結成に参加 河村更堂(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品 (1867-不明)師父河村穆堂・立松義寅、名竹彦 (1800-1876)師東東洋 (1839-1880)師佐々木月岱・柴田義董・岡本清暉 河村清司(1902-1995)大分の日本画家 河村双舜(1907-1959年01月28日)師小茂田青樹、元日本美術院院友、新興美術院会員 川村智保(1896-1993年03月09日)東美卒、師結城素明 川村斗己(不明-1994年12月)新興美術院理事 河村富絵(不明-不明)博多築港記念博覧会出品 (1904-1958)師中村貞以 川村曼舟(1880-1942年11月07日)帝国芸術院会員、師山元春挙、帝展審、京都市立絵画専門学校長兼京都美術工芸学校長 川村雲民(1846-不明)南宗の画風を修めた 河原茂郷(1894-1949)師山内多門 川村暘谷(1882-1955年12月21日)師西島青浦・木村香雨 (1896-1953年12月19日)師池田春渚・甲斐虎山 川面稜一(1914? -2005年01月09日)日本建築物・壁画修復家 (1875-1951)京都絵画専卒、師山元春挙 川本月下(1818-1882)本名改作、成人後に姓を川本と改めた (1907-1982年12月24日)日本芸術院賞恩賜賞、東美卒、師松岡映丘・山口蓬春、日展参事、文部大臣賞 神木鴎津(1873-1962)師松本楓湖、南宗画を修め美術批評に携わる 神崎慶次郎(不明-不明)南画 神沢素堂(1843-1902年05月10日)師西宮藤長 (1912-不明)師木村斯光 神田英僊(1904-1979年11月23日)師郷倉千靱、日本美術院院友 (1817-1888)詩文をよしく、画も巧みだった 神田幸始(1918-2001年02月07日)日本美術院特待 神田三千枝(1924-1992年01月20日)師安田靫彦、日本美術院特待 菅野梁川(1881-1933)師高森砕巌 上林房峯(不明-不明)師狩野友元 (1871-不明)師奥村石蘭・森川曽文・今川景年、名直三郎・直盛、字盛卿、別号操軒・蔔邦・喬松軒・玄遠斎 (不明-1905)師父・岸規 岸礼(1816-1883年06月)岸岱の子 喜井黄羊(1901-1997)師矢野鉄山 (1869-不明)師藤重春山 木内直秋(1862-1930)師池田雲樵・重春塘・村田香谷・田能村直入、四条派 菊池花仙(1887-1966)師川合玉堂 (1838-1891)師佐久間六所・狩野探淵 菊川多賀(1910-1991年01月15日)師堅山南風、日本美術院同人・評議員 (1896-1929年05月29日)姫島竹外に師事した後、橋本関雪に師事 菊川晩香(1848? -1920年11月19日)帆足杏雨 (1829-1903年09月)菊田伊洲の養子、内国絵画共進会出品 菊田香蘋(1830-不明)菊田伊州の娘 菊田米子(不明-1912)菊田伊州の娘 菊竹六鼓(1880-1937年07月21日)福岡日々新聞の編集長をつとめた 菊地愛山(1819-1906)師狩野貞信、染物屋の染付けの仕事ののち作画に専念 築地雲渓(1902-1948)師土田麦僊 菊池鴎江(不明-不明)福井江亭の門人 菊池華秋(1889-1946年06月09日)師川合玉堂、文展・帝展出品 菊地華樵(1888-1965)師佐藤華岳 菊地華陽(不明-1946)菊地華樵の子 (1830-1900)本名貞蔵、別号九皇・起、漢詩人としても知られる 菊池清彦(1811? -1977年04月26日)師川合玉堂、圭逸会主宰 岸本江峯(不明-不明)師上田鉄耕 (不明-1887)師塩田銕香 (1802-1879年02月07日)師岸駒、名是静、字伯寿、別号竹石居・半舟翁、木田華堂の表記も 北喜久子(1911-1990年01月14日)師竹圃、日本南画院評議員、日本水墨画協会同人 喜多暉月(1863? -1919)師中川露月 北尾次郎(1844-1907)師内村鱸香 北角六橋(1898-1983年02月01日)師大口蓊山・白井青淵、本名藤吉 北上峻山(1881-1915年08月24日)師下村観山、日本美術院院友 (1891-1970)京都絵画専卒、師竹内栖鳳、文展・帝展出品 喜多川玲明(1900-1940年06月19日)京都絵画専卒、師菊池契月、帝展・新文展出品 (1858-1913)都城の四条派、師速見晴文 北沢映月(1907-1990年04月07日)師土田麦僊、日本美術院同人・評議員 北沢楽天(1876-1955年08月25日)日本画家・漫画家、近代漫画の先駆者 北島順孝(1803-1886)北島家七十五代全孝の初名 北田到津(1898-不明)九州南画院会員 北出三紀子(不明-1984年10月19日)日本画府会員 木谷千種(1895-1947年01月24日)師野田九浦・北野恒富、文展無鑑査 木谷来僊(1874-不明)師野口友真・川端玉章 北野以悦(1902-1971年07月03日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、父は北野恒富 北野恒富(1880-1947年05月20日)師稲野年恒、日本美術院再興に参加・同人、巽画会・大正美術会、大阪画壇で活躍・美人画 (1839-1915)北島勝永の子 北野治男(1946-2018年07月29日)日展会員・元理事、審査5、総理大臣賞、会員賞、特選2 北野井正義(1920-1993年11月05日)大阪美術学校卒、師佐藤太清、日展会友、奈良県美術人協会委員 北原龍太郎(1932-2013年03月01日)日本水墨美術院理事長 (1876-1930年05月01日)名周助、称置石月・菅原白竜に師事 北村五台(1909-1945)師川合玉堂・河野棹舟 北村左久馬(1883-1957)師河田小龍 (1883-1957)師宮田洞雪・南部錦溪 北村秋亭(不明-不明)南画 北村省吾(不明-不明)師北野勝永 (1867-1934年10月05日)師小野晴雲・三好雲外・今尾景年 (1841-1913)師高橋杏村 (1899-1986)師森村冝稲・土田麦僊・福田平八郎、旧姓内藤、名林吉 喜多村麦人子(1899-1986)京都絵画専卒、師土田麦僊・福田平八郎、帝展出品 北村明道(1896-1962年01月28日)師児玉希望、帝展・新文展・日展出品、歴史画 (1840-1887)師前村洞泉、狩野派 北村李軒(1881-1961)師細谷立斎 北目春月(1880-1937)竜雲院再建時に紫苑と合作で欄間壁画「飛天図」を描いた 吉川忠安(1824-1884年10月09日)幕末の武士 吉川秀山(1891-1960年12月07日)師松林桂月・池上秀畝、信濃美術会の結成に参加 吉川椿香(1840-不明)内国絵画共進会出品 吉川霊華(1875-1929年03月25日)師山名貫義、帝展審査員 木付義路(1839? -1898)師広瀬淡窓・長三洲 吉祥寺雲外(1885? -1969年12月05日)吉祥寺寺主 橘田永芳(1902-1974)師小室翠雲、文展・日展 狐坂忠信(不明-1992)新興美術院会員 木戸高顕(1892-1967)師五条某 (不明-不明)師平尾魯仙・三上仙年 鬼頭如石(1891-1978年10月)師川合玉堂、名米吉 貴道草衣(1899-1984)京都絵画専卒、師山元春挙、別号春鳳、帝展 鬼頭篁(1907-1988年12月16日)京都絵画専卒、師中村岳陵、名正三、白士会顧問、東海地方の日本画家の育成に尽力した (1840-1904年04月15日)師森高雅・北村季隆・岡田為恭、名道恭、通称玉三郎 (1874-1943年03月20日)師父鬼頭道恭・日比野白圭・橋本雅邦、鬼頭道恭の子、名道周、通称隆三郎 鬼頭敏郎(1945-2013年03月10日)日展会員、23特選、11特選 (1850-1898年04月26日)師中西耕石、別号天桂山人、日本南画協会創立 衣笠探谷(1852-1912)福岡藩絵師衣笠家八代 (1852-1912)福岡藩絵師衣笠家八代 (1822-1894)福岡藩絵師衣笠家七代 木下章(1927-2017年06月21日)京都創画10賞 木下旭(1919-2001年03月27日)新興美術院会員 樹下孝太郎(1909-1993年12月20日)師堅山南風、日本美術院展出品 木下二介(1896-1968年03月27日)挿絵画家、師河井寛次郎・矢野橋村、時代小説の挿絵で人気を博した 木下静涯(1887-1988年08月)師村瀬玉田・竹内栖鳳 木下青陽(1901-1966年11月04日)京都絵画専卒、師西山翠嶂、青甲社 (1892-1973年06月27日)師前田青邨、日本美術院特待、富安風生に師事し俳句をはじめ若葉同人となる 木下蘆洲(1807-1879)江戸後期から明治期の画家、名直行、師林文坡 (不明-不明)師堀江友声 木原春城(1882-不明)古画を研究し画法を身につけた 木原信(1914-2005年06月03日)日本南画院同人 鬼原素俊(1902-1978年03月16日)師荒井寛方、新興美術院創立同人 木間明(1934-2016年12月07日)創作画人協会会長 (1849-1926)師黄仲祥・浅井柳塘 (1829-1880)師野村玉渓、名元雅、字士尚、通称六右衛門、別号雪渓・見外山人 (不明-不明)師浦上春琴 木村雅祥(1895-1959)日本美術学校卒、院展・帝展出品、名寛次 木村華邦(1903-1982)師関田華亭・松林桂月、日本南画院常任委員、関東水墨画研究会主宰 木村貫山(1835-不明)師円山応立 木村其樵(1850-1937年12月09日)師養父木村培樵、日本美術協会会員 木村杏園(1885-1957年08月22日)師橋本関雪、帝展・日展出品、木村雨山の兄 (1833-1917年06月22日)師森高雅、尾張藩士橋本義俊の子、名充恒、通称鍬吉、号蓬乾舎 (1812-1876年02月04日)金谷町西照寺の住職、木村半雨の父、師板倉呂仙 木村香雨(1842-1912年11月03日)師草野東蕙、日本美術協会員 (1830-1911)師中西耕石・前田暢堂 (1912-1990年09月12日)師西山英雄・まつ本一洋、日展会員 木村斯光(1895-1976年11月10日)師菊池芳文・菊池契月、帝展受賞 (1885-1948年05月07日)師森魚渕、住吉派 (1885-1967年07月27日)師宮崎竹叢・小室翠雲、田能村竹田に私淑 (不明-不明)師堀江友声 木村泉石(1859-1877年08月20日)師森寛斎 木村大成(1898-1947)美人画をよく描いた、九曜会を結成 (1900-1976年06月27日)京絵卒、師菊池契月・川北霞峰 木村武夫(1935-1987年10月22日)師父木村武山・前田青邨、日本美術院特待 (不明-不明)平沢屏山にアイヌ絵を学んだ 木村半雨(1844-1910)幕末から明治期の画僧、福田半香の門人 (1876-1942年11月29日)東美卒、師川端玉章、日本美術院同人、岡倉天心の日本画への理想を体し天心没後も大観らと日本美術院の発展に尽くした 木村碧山(不明-不明)豊前企救郡の人 木村揚昭(不明-不明)京都絵画専卒、国画創作協会出品 木村立雲(1873-1905年03月09日)東美修、父は狩野派の木村立嶽 木村立嶽(1827-1890年09月09日)師狩野養信・狩野雅信、名雅経 木本橘巣(1828-1888年01月02日)師後藤碩田・帆足杏雨・小田海僊 木本大果(1901-2001年11月09日)師松本楓湖・荒木十畝、日展会友、日本画院客員 木本板屋(1859? -1880年10月15日)熊本藩で医を学んだ (1831-1892)八重山の絵師 行徳玉江(1828-1901年06月22日)漢詩人・篆刻家 玉湖(不明-不明)昭和期に仙台地方で活動 清瀬九帯(1802-1882)師菅井梅関 清竹紫秋(1923-2003年05月13日)ル・サロン会員 清原雅石(1893-1967年12月21日)師高橋清舫・白井青淵、本名清原速雄 清原南豊(1861-1893)清原無暦の長女 清原斉(1896-1956年09月14日)師松本楓湖・堅山南風、日本美術院同人 清原無暦(1832-1904年03月24日)森本重誓の四男 (不明-1876)四条派 清光光雲(1927-2010年01月16日)宝石象嵌、新日本美術院常任理事 桐村秋亭(不明-不明)師十市石谷、中津藩士 桐谷洗鱗(1877-1932年07月19日)東美卒、師富岡永洗、旧官展、渡印仏跡巡 桐谷天香(1896-1929年01月29日)桐谷洗鱗の妹 宜湾朝保(1823-1876)宜野湾朝昆の三男 金泰伸(1922-2014年12月25日)新美術協会創立会員、雪舟国際美術協会委員 金城唯貞(1888-1969)丹青協会に所属 (1911-1999年01月)師山田真山 琴石(不明-不明)明治期に活動、琴石山人等と号した (1839-1904)名玉城、金原明善の妻 空閑虎頭(不明-不明)南画 (1868-1938年05月27日)柚木玉邨の実弟、師清人胡鉄梅・松田呑舟・鎌田平山 空閑陽樹(1881-1938)東美卒 釘宮春魁(不明-不明)師渡辺拈華 釘宮對宕(1920-1986年08月19日)ドイツ音楽や文学をテーマに墨絵を描いた、兼油彩 釘宮晩翠(1827? -1895年11月01日)師帆足杏雨・石艸逸峯 (1838-1889)師上代英彦・堀江友声 日下八光(1899-1996年03月23日)東美卒、師結城素明、古墳壁画模写を多く手がけた、東京芸大名誉教授 日下部鳴鳳(不明-不明)師小室翠雲 (1892-1993年02月15日)師田近竹邨・佐久間竹浦、田能村竹田の研究で知られる 草刈龍岡(不明-不明)師菅原白龍 (1832-1908)師岸連山 草彅興宗(1904-1936年11月22日)京都絵画専卒、師竹村篁邨・平福百穂・中村大三郎、帝展・文展出品 (1839-1903)教育者、日柳燕石の子 草野東蕙(不明-不明)師斑目東雄 草野露光(不明-不明)大正中期から仙台市の展覧会に出品 (1858-1933)草場船山の三男 (1819-1887)師篠原小竹・古賀精里 草深香畦(1895-1973年02月28日)師松林桂月・河北霞峰、名孫之丞、日展委員 具志堅古嘉(1908-1998)師山田眞山 具志堅聖児(1908-1998年09月09日)師伊東深水・佐藤太清、日展会友、日月社委員 櫛田直観(1889-不明)師奥村恭法 久住三郎(1946-2000年07月16日)日本美術院院友 (1880-1918年04月30日)東美卒、岩手県初の美術団体岩手彩友会を結成 葛岡年定(1876-1948)月岡芳年の孫弟子 楠瀬豊山(不明-不明)師種田豊水 楠瓊州(1892-1956年03月24日)師田中柏陰、油彩や水彩を研究し南画との融合をはかる、詩作や書にも秀でた 楠原琴泉(1832? -1907)師小石石鱗 楠本宗平(不明-1991)師竹内栖鳳・金島桂華、竹杖会員 久世時子(不明-不明)師鏑木清方 (1845-1919)師三木恒山、岸派 (1915-2011年07月29日)芸術選奨文部大臣賞受賞、毎日芸術賞、師福田豊四郎、創画会会員、元東京芸大教授 (1904-1946)川端画学校卒、帝展、日本画院展出品 (不明-1965)師三上仙年 (1867-1924)師三上仙年 工藤青山(1873-1946)東美卒 (1839-1895)師平尾魯仙 (1863-1944)師工藤仙乙・三上仙年 工藤久(不明-不明)師秦米陽 工藤不学(1868? -1936年05月05日)工藤和男の父 (1877-不明)名祐興、叔父の石川道之助に学ぶ 国井應章(1844-1873)明治中期の日本画家、應立の嗣、本姓森氏、名龍次郎 国井應文(1833-1887年03月29日)円山派、師円山応立、円山応震の甥、字仲質、別号彬々斎 国井馨水(1887-不明)師寺崎広業 国井月峰(1904-1967)師川合玉堂 国井独立(1871-1962)師本沢竹雲 (1922-1997年09月)師玉置頼石、日本動物画協会幹事 (1835-1891)師高橋杏村 国枝杏邨(1807? -1879年06月19日)師帆足杏雨 国島半僊(不明-1932)師田能村直入・草場船山 国友大誉(1898-1971年01月10日)京絵卒、烏城会会員 (1828-1883年06月17日)名庫治・光徳、俳号は梅の屋、宮沢水寮に師事 久野樵仙(不明-不明)四条派 久野千代子(1922? -2018年07月13日)師松永光玉、創造美術会員 久野柳荘(1887-1975年09月27日)師尾之内半農・小室翠雲、名林太郎 (1864-1920)八重山に移住した画家 (1822-1893)師弘瀬洞意、絵金派 久保吉郎(1942-2015年05月07日)日展会友、師堂本印象、東丘社 久保祖石(不明-不明)師堤紫僊 (1885-1955年12月01日)東美卒、中学教師として川越で活動 (1848-1917)師弘瀬洞意、絵金派 (1821? -1883)師中川馬嶺 (不明-不明)師野際白雪 久保田魁(1915-1976年05月27日)師児玉希望、日展会員、菊華賞、特選2 久保田華房(1895-不明)師岩崎天外 久保田金僊(1875-1954年10月09日)舞台装置家、師父久保田米僊・幸野楳嶺・川崎千虎、別号雪片子・喜舞・紫波画房 窪田松門(1838-1921年04月30日)師古曳盤谷 窪田積翠(不明-1887)唐風画 久保田宗九(1877-1936)東美中退、師橋本雅邦 (1875-不明)師名草逸峰・河田小龍 久保田南崖(1830-1890年06月30日)佐伯藩士、師平野五岳・鉄翁・木下逸雲 窪田寛(不明-1972)新興美術院会員 久保田米斎(1874-1937年02月14日)舞台美術家、師久保田米僊 久保田米僊(1852-1906年05月19日)師鈴木百年、別号錦麟子、京都青年絵画研究会結成に参加、京都美術協会創立に尽力、元石川県立工芸学校教授 久保田満明(1873? -1937年02月14日)久保田米僊の長男、師原田直次郎・田崎草雲・橋本雅邦 久保田菱雨(1860? -1882年04月12日)師児玉芦香 久保田桃水(1841-1911年04月18日)師横山清暉・西山芳園、日本美術協会員 熊谷晴岳(1887-1954年06月26日)師狩野三岳 (1819-1900年11月23日)福田半香の門人、字子方、別号全安・此君楼 (1885-1963年04月10日)本名善松、三浦雪堂に師事 熊谷藻川(1884-1943)和田三造らに洋画を学んだ後日本画に転向 熊谷敏雄(1928-不明)師井端皐白、日本南画院理事、日本墨彩画協会顧問 熊谷豊四郎(1898? -1987年08月08日)水墨画家、別号春華 (1828-1913年03月08日)帝室技芸員、師岡本茂彦、四条派 (1869-1938年08月24日)師尾形月耕、創刊期の『河北新報』に挿絵を制作 熊坂長庵(1844-1886年04月29日)日本画家・医師 熊坂東以(1907-1995)師安田靫彦・小倉遊亀、日本美術院特待 熊沢観明(1910-2003年01月10日)無所属 熊代芳谷(1898-1970年06月10日)師黒住章堂 熊田梅石(1889-1971年06月23日)師毛利梅友、名嘉平、日本南画院院友 熊田梅芳(1898-1976年05月01日)師夫熊田梅石、名とみ 熊埜御堂春暉(1849-1929年03月)官職退職後画をよくした (1820-1890)師荒木千洲 (1815-1900)江戸後期から明治期の画家、加藤雪潭の門人、名雅禮、通称波衛門 (1873-1945)師楠永直枝・久保田米僊、土陽美術会会員 (1876-1942)師森魚渕、住吉派 倉石乾山(1808-1878)江戸後期から明治期の画家、倉石米山の子 倉石松畝(1874-1945年08月02日)師荒木寛畝、日本画会評議員 (1899-不明)師白井永川・福田浩湖、初号寛山道人 倉島丹浪(1899-1992年12月23日)師横山大観・橋本静水、創作画人協会結成に参加・名誉理事、倉島美友・重友の父 倉田謙(不明-不明)黒田長政三百年祭記念美術展出品 蔵田耕州(不明-1994年12月05日)神奈川県美術協会会員 倉田鼓瑠(不明-不明)南画 倉田松濤(1865-1928年07月11日)師平福穂庵、日本美術協会会員 (不明-不明)師田能村竹田、津の人 倉田立美(1934-2012年02月08日)師木村琢一、中村岳陵門 倉富勇三郎(1853-1948)儒者・倉富胤厚の二男 倉野煌園(1827-1896)師日高鉄翁 倉光博之(1911-2007年12月10日)師中村岳陵、日展会友 倉持芳柳(1864-1943)本名倉持子之吉、五姓田芳柳の娘と結婚して二世芳柳を名乗る 栗田愛石(不明-不明)南画 栗田沙羊(不明-不明)南画 栗田石癖(1869-1927)師守山湘帆 栗田嵐嶽(1919-1984年11月14日)無所属 栗原映霞(不明-不明)昭和期に福岡市で活動 (1883-1922年09月09日)女子美校卒、師寺崎広業、文展褒状 (1849? -1919)師岩瀬広隆 (1855-1918)師梶山九江 栗山石宝(1822-1888)江戸後期から明治期の画家、幼名徳松、名子孝、通称寿、別号快雲堂石宝 (1890-1982年01月15日)小室翠雲の門人、名良平 久蓮石雨董(1902-不明)京都絵画専卒、師川崎千虎 黒川雪蒼(不明-不明)師阿刀雪庵、南画 黒木華郷(1848-1919)師黒木華郷 初代 黒澤亜津志(1915-1998年11月23日)師望月春江、日本画院同人 黒沢吉蔵(1928-2009年02月22日)東京芸大卒、師山本丘人、創画会会員 黒沢花子(不明-不明)師鏑木清方 (1848-1905)八重山の絵師 黒住章堂(1877-1943年01月29日)師岡本金波 黒田一槍(1893-1967年12月21日)師白井青淵、宗墨会会長、本名黒田彦蔵 黒田華川(1880-1934年03月13日)師荒木寛畝、名孝顕、田原洗浄寺十四世住職 黒田古郷(1893-1967)師松本楓湖、日本美術院院友 黒田彩弘(不明-1977)日本画院委員幹事、受賞4、煌土社同人、院展他出、 黒田城峯(1858-1924)独修 (不明-不明)師堀江友声 黒田青龍(1839-1886)南画 黒田猛(1910-2002年03月28日)京都絵画専卒、師山口華楊、晨鳥社、大阪府美術家協会副代表、元園田学園女子短期大学教授 (不明-不明)師堀江友声 黒田貞次郎(1902-1973)師長谷川朝風、日本美術院院友 黒田哲二(1910-1995)東美卒、成層絵画研究集団結成、日本美術院院友 黒田彦次郎(不明-1996)新興美術院会員 黒田米秀(不明-不明)昭和初期に大牟田市旭町で活動 黒田耕仲(1885-1950)師父黒田城峯 黒野猪吉郎(1855? -1921年08月27日)南画同好会水石会会員 (1856-1933)元鳥取藩士、師日根対山 黒光茂樹(1909-1993年03月21日)京都絵画専卒、師金島桂華、日展会員 黒柳雅勝(1914-1994年07月05日)師小室翠雲・三尾呉石、虎・山水を得意とした 畔栁赫(1912-2014年02月11日)白士会創立会員、岡崎市文化協会顧問 (不明-不明)師野際白雪 (1826-1909年08月17日)師狩野雅信、鍬形蕙斎の養子 桑波蘇堂(不明-不明)博多築港記念展覧会出品 桑野青晃(1899? -1986年01月02日)京都美術協会顧問・同会の創設に参加 (1913-2008年04月11日)京都絵画専卒、日展出品、司馬遼太郎『街道をゆき』の挿絵担当 桑原文(1919-1999年07月30日)元たぶろう美術協会委員 (1940-不明)師玉置頼石 桑原繁(1923-1988年11月22日)師小松均、日本美術院院友 桑原大暉(1894-不明)師渡辺秋谿、五日会所属 桑本鉾郷(不明-不明)狩野派 郡司硯田(1907-1975)師堅山南風、日本美術院院友、日光東照宮の天井画の修復に従事 軍司白羽(1882-1978年09月27日)師狩野三岳 袈裟丸鬼笑(不明-不明)南画 (1880-1980)師種田豊水・柳本素石、土陽美術会会員 下司龍川(1817-1896)師町田光雅、狩野派 (1842-1920年12月01日)師目賀多雲川信済、日本美術協会員、貴族院議員 下条桂谷(1842-1920年12月01日)明治初期から大正期の日本画家、狩野派、日本美術協会員、貴族院議員 月小路石朋(不明-不明)師小室翠雲 月査(1822-不明)幕末から明治期の画家、俗姓高橋、名行慶、別号遠湖 玄空(不明-不明)画僧 呉斉旺(1917-2014年09月22日)墨画新鷹会会長、日本・中国水墨交流協会顧問 (1858-1908)師父小荒井輪鼎 (1819-1898)師遠藤香村 五井金水(1879-1942)師久保田桃水・中川蘆月 小池池旭女(1824-1878)大沼枕山の義妹 小池汀雪(1932? -2009年10月13日)日本文人画府評議員 小池裸石(不明-不明)師速水御舟、朝光会会員 小石井金鳳(1892-不明)師寺崎広業 小泉勝爾(1883-1945年07月28日)東美卒、師結城素明、東美教授、帝展審 小泉淳作(1924-2012年01月11日)東美卒、師山本丘人、元創画展、作陶でも活躍 (1887-1919年03月25日)東美卒、本名政吉、荒木寛畝に師事 (1858-1936年02月26日)師川上冬崖・鈴木月谷 小出東嶂(1823-1889年05月 )福田半香の門人、山梨稲川の甥、「静岡新聞」を刊行した 小出半畝(1862-不明)師林半窓、住吉派 小井上曻(1911-1998年02月19日)師児玉希望、日展、旧号定夫 洪小南(不明-不明)日本民俗資料館 郷倉和子(1914-2016年04月12日)文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞恩賜賞、師安田靫彦、日本美術院同人・理事 郷倉千靱(1892-1975年10月25日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、師安田靫彦、日本美術院同人、帝国美術学校教授 高坂青邱(1901-1981)師堅山南風 高坂東竜(1801-1878年12月30日)医師 郷司黄城(1878? -1956年10月30日)南画 幸田暁治(1925-1975年11月16日)京美卒、師池田遙邨、日展 幸田春耕(1897-1976年12月16日)師山元春挙・池田遙邨 甲田雪嶺(不明-不明)画僧 河内雅渓(1873-1943)師橋本雅邦、連合絵画共進会出品 河内錦舟(1937? -2008年11月16日)日本水墨画会会員 上妻華堂(1899-1978)師池田松華・山元春挙 高妻五雲(1820-1891)師篠崎小竹、高妻騰雲の弟 上妻陽年(1884-1966)師松田蘇雪 神門桐郎(1932? -2018年04月26日)京都墨彩画壇理事、元日本南画院理事 郷内楓嶽(不明-1908年01月27日)師松本楓湖 河野華涯(1900-1984年02月22日)師松林桂月、日本南画院理事 河野渓南(1818-1890)医師、詩・画をよくした 河野香村(1835-1912年06月10日)兄は医家・漢詩人の河野鉄兜、山水画と書をよくした 河野秋邨(1890-1987年12月03日)師田近竹邨、日本南画院会長・理事長、墨道興隆運動 幸野西湖(1881-1945年03月29日)京美卒、師父幸野楳嶺・師谷口香きょう 河野泰山(1915-1997年12月22日)無所属 河野泥麟(1902-1967)県展等出品 幸野豊一(1914-2002年04月14日)京都絵画専卒、師西村五雲、日展会友 幸野楳嶺(1844-1895年02月02日)帝室技芸員、師塩川文麟・中島来章、京都青年絵画会創設、京都府画学校設立に参加 河野正長(1909? -2000年08月31日)新興美術院理事 (1855-1920)師鈴木月谷 河野菱渚(1844-1900)師父幽篁、京都市画学校教授、別号半湖 鴻巣一善(1892-1969)東美卒 香梅国照(1815-1876)江戸後期から明治期の画家、岡野梅老に学び、後に豊国に学ぶ 郷原古統(1887-1965年04月06日)東美卒、台湾美術振興に尽力 (1812-1874)画僧、師矢野括山・中林竹洞 合谷三顧(1822-1883年02月04日)師斎藤秋圃 五雲亭貞秀(1807-1878年頃)歌川国貞の門人、歌川貞秀と同一 古小高信吉(1925? -1990年11月22日)師石井大順 古賀一壺(1902-1984)独修 古賀観山(不明-不明)南画 古賀玄洲(1877? -1922年05月15日)東美卒、文展出品、国画玉成会会員 古賀晨生(1892? -1893)師父兒島竹處 小島竹泉(1860-不明)師司馬老泉、名金之助 小嶋悠司(1944-2016年06月07日)芸術選奨文部科学大臣賞、創画会会員、京都市立芸大教授 (1891-1988年10月25日)師福井江亭・山元春挙、文展・帝展出品 古城江洋(1910-不明)京都絵画専門学校卒業、師山元春挙 小杉放庵(1881-1964年04月16日)日本芸術院会員、太平洋画会会員・再興院展洋画部同人を経て春陽会創立に参加、兼洋画、別号未醒 巨勢小石(1843-1919年09月17日)巨勢家末裔、師岸連山・中西耕石、東美教授 小関雲洋(1852-1925)師川村春洋 小関きみ子(1905-1984年12月)師川崎小虎・東山魁夷、元日本画院同人 五代友厚(1835-1885年09月25日)五代秀堯の子 古田嶋菅子(不明-2004年08月01日)若葉会会長、元日本南画院同人 小谷苔明(不明-1990年05月26日)元江戸浮世絵研究会員 児玉果亭(1841-1913年01月14日)師田能村直入、日本南画会の設立に参加 (1898-1971年05月02日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、師川合玉堂、日展常務理事 古玉荊山(1873-1952)師菅原竹侶 児玉三鈴(1915-2002年02月01日)師川端龍子、御形塾に学ぶ、日本画府理事長、新興美術院初代会員 (1853-不明)師高橋杏村・武光桂園、名玄成、別号間梅寒士 児玉素光(1890-1966年02月)師下村観山・木村武山、日本美術院院友 児玉輝彦(1898-1992年09月27日)師鞆音、日本国画院会長 児玉天雨(1826-1888年12月24日)上原源兵衛の子、昌平校に学んだ 児玉徹(1904-1990年11月05日)川端画学校卒、師奥村土牛、日本美術院院友 児玉芳月(1883-1926)師土井義芳 (1918-1972)師中村丘陵・田中青坪 児玉芦香(1846-1906年05月08日)師帆足杏雨 (1871-1930年01月13日)師奥村石蘭・竹内栖鳳、名鈴彦、東海美術協会理事長 (1808-1885)師日野霞山 (1866-1918)師藤重春山 (1882-1945年06月05日)師森村冝稲、別号公僊 後藤杏(1909-1973)師橋本関雪、日本美術院院友 後藤蟹洲(1828? -1905年03月17日)師帆足杏雨 後藤鶴磯(1826? -1873年11月15日)師田能村直入 後藤和信(1930-2007年05月22日)師田中青坪、日本美術院特待、元国際墨絵協会会長 後藤華平(1885-1945)師今尾景年 後藤紀一(1915-1990年09月11日)師北村紅華、文筆にも親しみ、第49回芥川賞を受賞した 後藤喜太郎(不明-不明)元大分町長 後藤吸霞(1903-不明)師山田介堂・喜田華堂、別号半仙 後藤杏塢(1907-1973)師橋本関雪・前田青邨 五島耕畝(1882-1958年06月11日)師荒木寛畝、日本美術家協会会員、文展褒状、日展委員 (1839-1913)東照宮の神官、松平雪山に学ぶ、名近知 後藤秋厓(1886-不明)師田近竹邨・後藤釣雪 後藤松亭(1870-1933)師小松雲涯・滝和亭・小坂芝田・田能村直入 後藤志朗(1924-1992年04月19日)師前田青邨、日本美術院特待 後藤普(1925-2007年09年23日)日本美術院院友 後藤純男(1930-2016年10月18日)師山本丘人・田中青坪、日本美術院同人・理事、中国・西安美術学院名誉教授 (1805-1882年05月25日)師田能村竹田 後藤蘇雲(不明-不明)庄内町の人 (不明-不明)師村瀬秋水 後藤大学(不明-1986)師川端龍子、新興美術院会員 工藤岱泉(1910-1982)日本南画院・春光会などの出品 後藤たき(1930-2001年01月16日)白士会会員 (1846-不明)師村瀬秋水 後藤貞之介(1905-1958)京都絵画専修、師菊地契月 後藤奈牙遠(1811-1886年03月10日)臼杵藩家老、師中島広足 後藤晩青(1829-1898)師渡辺拈華 (1834-1892)藤井藍田・重春塘と交友 後藤芳仙(1904-1987年07月07日)師安田靫彦、大調和会の復活創立に参加、元日本美術院院友 後藤隆法(1890-不明)師奥村恭法 琴塚英一(1906-1982年02月21日)京都絵画専卒、師岡本大更、元青龍社社人 小永井小舟(1829-1888)江戸後期から明治期の儒者・佐倉藩士、名岳、字君山、通称八郎 (1828-1900)南画、師胡公寿・張子祥 小西皆雲02(1832-1909)師蠣崎縉斎・鉄翁祖門 小西翠蘭(1838-1896)小西皆雲の妻 (1858? -2002年01月30日)日本画府理事 小林竹石(1838-不明)独修 小林恒火子(1916-2011年07月25日)師玉村方久斗、八元会会長 小林天外(1845-1929)書画や漢詩をよくした (1799-1879)師小橋香村・鉄翁祖門、小林栄秀の三女、東夢亭の妻 小林彦三郎(1896-1987年10月17日)京都絵画専卒、師山元春挙・西山翠嶂・川端龍子、元大輪画院主宰 小林秀恒(1908-1942年09月10日)挿絵画家 小林等(1910-2003)兵庫県日本画家連盟参与 小林黙山人(不明-不明)佐伯藩士、師広瀬淡窓 (1815-1876)師狩野晴川院養信・馬場伊歳 小林磊渓(不明-不明)内国絵画共進会出品 小林立堂(1903-不明)師川崎小虎、元日本画会会員 古原鶴谷(1847? -1923年10月16日)師十市王洋 古曳盤谷(1807-1885年06月)江戸後期から明治期の画家、師岡田半江・山本梅逸、名愿、字正民、別号鋤竹斎 小藤圓太(不明-不明)師別所春濤 小堀喜代栄(1918? -1997年10月06日)創作画人協会理事、ル・サロン理事 小堀鞆音(1864-1931年10月01日)帝国美術院会員、帝室技芸員、師川崎千虎、展審 小堀碧山(不明-不明)南画 小堀墨秀(1915-2005年08月29日)師堅山南風、日本扇面芸術協会運営委員 小堀安雄(1902-1970)師小堀鞆音・安田靫彦、日展特選 小俣王水(不明-不明)師十市石谷 (1833-1919)師服部武陵・春木南溟 小松應春(1878-1943)土陽美術会高知支部会員 (1861-1938)師佐多椿斎・柳田龍雪・鍋倉春窓 小松秋洋(1844-不明)師十市王洋 此松春峰(不明-不明)南画 小松澄佳(1926-1998年01月28日)東美卒、師小倉遊亀、日本美術院特待 (1831-1893)師前村洞和 (1902-1989年08月23日)文化功労者、日本美術院同人、芸術選奨、師土田麦僊 小松正二(1940-2017年09月11日)日展準会員、特選2、師堂本印象、東丘社 小松原翠邨(1898-1995年01月21日)師竹内栖鳳・翠濤、兵庫県日本画家連盟参与、西日美会長 小松原良之進(1883-1944)師菅原嘯雲 (1847-1913)絵金派 五味秋篁(1883-不明)師奥村恭法・竹内栖鳳・渡辺秋谿、別号秋皐 小南香堂(1891-1957)土陽美術会会員 小峯大羽(1873-1945年05月24日)師狩野洞谷 小宮栄泉(1921? -1991年11月)日本清興美術協会会員 小宮綿石(不明-不明)土佐派 (不明-1890? -1889)師中川愛嶺 佐野桑弓(1907-1965年07月)師大月、大調和会委員 酒井亜人(1904-1965年01月05日)師安田靫彦、日本美術院院友、大観賞、新日本画研究会等を結成 酒井霞園(1831-不明)内国絵画共進会出品 (1897-1969年06月08日)師坂内青嵐、日本美術院同人、文部大臣賞、国画創作協会に出品 酒井紫陽(1906-不明)師中垣楳山・吉村丹鳳 坂井初雪(1917? -2004年01月27日)無所属 坂本半酔(1934-2017年11月04日)蒼樹会会員、墨酔会会長 坂本宏(不明-1993年09月12日)新興美術院常任理事 (1898-1984年11月29日)師藤瀬冠邨 佐川華谷01(1868-1950)師渡辺小華・野沢白華・荒木十畝・小室翠雲、帝展出品 鷺山晴洲(不明-不明)師藤瀬冠邨 佐久間雲窓(1796-1983)師雲潭 (1818-1885 )佐久間六所の子、師狩野晴川院養信、別号蕉雪・長春舎 (1841-1925)師日野霞山 佐久間扇溪(1869? -1952年10月01日)南画 佐久間素球(1859-1928)師山川雪鴻 佐久間竹浦(1867-1925年02月02日)師田能村直入・田近竹邨 (1850-1921年04月25日)北宗派、別号晩晴園主人、文展審 佐久間得棲(1851-1890)師佐久間晴岳 佐久間盛行(1826? -1876年12月27日)森藩士 (1920-1993年01月12日)師玉置頼石 桜井雲洞(不明-不明)師田能村直入 (不明-不明)名憲、桜井華陵の子 桜井華陵(不明-不明)豊田笠洲・田中鉄斎らに師事 桜井観水(1904-1964)木村武山・中村岳陵・奥村土牛に師事、名彦一 櫻井鴻有(1906-1960)京都絵画専卒、師西村五雲、晨鳥会結成に参加 (1822-1903)師三宅棠陽・斎藤拙堂・川村竹坡 櫻井清香(1895-1969)師丹羽玉邦 桜井正澄(1882-1943)歴史画、師柴田楳渓・菊池芳文 (1852-不明)号桂山 櫻井増雄(1916-1995年11月01日)元日本表象名誉会長・日本表象美術協会創立時会長 桜田石泉(1844-1918)師茂庭竹泉 櫻庭藤二郎(1915-1994年02月22日)師郷倉千靱、日本美術院特待 (1839-1910年04月15日)師住吉弘貫・佐香貫古、貫古の子、住吉派 (不明-不明)師日比野白圭 左座白軒(1874-不明)師杉原鼓澤・宮崎来城 (1900-1948)師津田白印 笠井平蔵(1903-1965年09月)師福島省三、大調和会の復活創立に参加 笹岡與一(1900? -1985年12月)名彩画院役員、東洋画院会員 笹川和也(1930-2012年02月12日)日本文人画府名誉理事、国際墨画協会理事、蛙戯画 (1829-1881)狩野派、笹川遊泉の子 (1824-1883)師馬場伊歳・谷山探成 (不明-1895年08月21日)師父佐々木月岱 佐々木暁山(1909-不明)光陽・太平洋展 佐々木京林(1900-1897)師小茂田青樹・山村耕花、別号蕉月 佐々木邦彦(1909-1972年07月30日)師川端龍子、元青龍社人、青龍社解散後は東方美術協会会員 佐々木しげ(1905-1938)日本美術院展、東北美術展に出品 佐々木自蹊(1883-1950年07月10日)朝来の西白寺の寺主 佐々木松翠(1852-1917)師山村勉斎・岩田橘園 (1890-1970年08月08日)師川合玉堂、日本画会会員 佐々木辰也(1940-不明)日展出品 佐々木静観(1915-1974)師矢野鉄山 佐々木拙庵(1893-不明)師堂本印象 (1811-1879)江戸後期から明治期の画家、本名栄蔵、「雪洞のタカ」と称されるほど鷹の絵を得意とした 佐々木泉玄(1804-1879)師鶴沢探泉 佐々木大更(不明-不明)昭和初期に仙台で活動 佐々木竹溪(不明-不明)師田能村竹田 (1890-1928)師梶谷南海・佐々木九皐・田中頼璋 佐々木楳軒(不明-1924)西円寺住職、師釈天鱗 (1876-不明)師大橋翠石 佐々木弘(1930-2012年10月11日)京美卒、創画会会員 佐々木裕久(1933-2002年08月14日)創画会会員 (1851-1924)医師、南画をよくした 佐々木与条(1897-不明)師中村岳陵、元日展委員 佐々木林風(1884-1933年05月27日)東美卒、寺崎広業に師事、帝展出品 笹沢櫟亭(1855-1935年08月27日)師児玉果亭、日本美術協会会員 笹島月山(1874-1944)東美卒、師川端玉章 笹沼寛祐(1905-1985)師荒井寛方、仏画を制作 (1903-1981)松本楓湖・木村武山に師事、別号青波・静波・明峯 笹原富山(1895-1966)師後藤華平・寺崎広業 (不明-1881)長府藩御用絵師 佐瀬柳渓(1848-不明)師佐久間晴岳 (1817-1880)師斎藤畸庵・福田太華 (1817-1891年02月15日)師馬場伊歳 佐多芳郎(1922-1997年12月16日)師安田靫彦、日本美術院特待、歴史画・小説の挿絵を手がける 定方塊石(1882-1966年12月28日)師巨勢小石 (1803-1874年12月24日)彦根藩御用絵師、師萩原盤山・谷文晁 佐竹永湖(1835-1909年07月24日)師佐竹永海、本姓加藤、佐竹永海女婿 佐竹永邨(1845-1922年08月07日)師佐竹永海、日本美術協会委員、日本画会委員 佐竹永陵(1872-1937年01月08日)師佐竹永湖、日本美術協会委員 佐竹義堂(1880-1924年04月28日)宮城県豊里町香林寺に代表作「山水図」がある 佐竹藍川(1878-1952年07月20日)師姫島竹外・橋本雅邦 貞村梅堂(不明-不明)博多築港記念博覧会出品 雑賀竹溪(不明-不明)師川口澹斎、警察官 (1845-1920)師天野嗽石 佐藤以撒(不明-不明)一関の人 佐藤一琳(1863-1927年05月02日)師木村立嶽・川端玉章・島崎柳塢、連合絵画共進会出品 佐藤一艸(1893-1981)佐藤耕雲の五男 佐藤雨耕(1837-1917)師佐藤鷹翁 (1895-1941)師白井永川・小坂芝田・福田浩湖、旧氏名加藤房一、旧号石邦、別号対巻居 佐藤雲保(1859-1930年02月11日)師帆足杏雨 佐藤栄次郎(1888-1970)北海道展出品 佐藤永芳(1909-1969年02月05日)師川崎小虎、日展 (不明-不明)師堀江友声 佐藤岳洋(1924-1982)新興美術院委員、湯沢美術協会会長 佐藤華岳(1887-不明)師桂月・華石 佐藤一美(不明-1988年07月23日)日本画府評議員 佐藤勝彦01(1926-2008年05月10日)新制作協会出品、京都日本画家協会会員 佐藤寛堂(1868-1948年06月29日)師中根半嶺・巌谷一六・長三洲 佐藤暁関(1878-1933)野口北巌に漢籍を学び、河鍋暁斎・寺崎広業に師事 佐藤旭眞(1867-1918)師柴田真哉・荘司竹真 佐藤潔(1912? -2001年04月28日)新興美術院会員、日本表象美術協会創立理事 佐藤金一郎(1912-1983)師中村岳陵、日展 佐藤空鳴(1894-1944)京都絵画専卒、師西山翠嶂、名喜奘 佐藤圀夫(1922-2006年01月24日)日本芸術院会員、日本芸術院賞、東美卒、師山口蓬春、日展顧問、名古屋芸術大学名誉教授 佐藤玄覧(1818-1885)四条派、師南嶺 (1854-1920)師菅原竹侶、別号に天文台下山人、内国絵画共進会出品 佐藤光華01(1887-1944年01月30日)京美校卒、師契月 佐藤耕寛(1902-1975年01月18日)師池田輝方・荒井寛方・堅山南風、日本美術院院友 佐藤公紀(1920-1997年09月03日)師伊東深水、美人画 佐藤恒三(1904-1965)東美卒、帝展・文展出品 佐藤晃蓬(1901-1965)川端画学校卒、師岩田正巳 (1888-1937)師水野年方・尾形月耕 佐藤紫雲(1889? -1986年05月31日)淡紫会会長、師秀方・寛畝、現代水墨画協会顧問 佐藤紫烟(1874-不明)師滝和亭・衣笠豪谷 (1874-1943年03月10日)師滝和亭・衣笠豪谷、日本南宗画会結成に参加 佐藤紫雪(1889? -1986年05月31日)現代水墨画協会顧問、日本画淡紫会会長 (1852-1944)師平尾魯仙 佐藤脩平(1938-1993)師横山津恵・今野忠一、日本美術院院友 (不明-不明)師堀江友声 佐藤春矼(不明-不明)師平野五岳・長三洲 佐藤春翠(1885-不明)師山本梅荘、名勝 (1861-1928)師渡辺小華・滝和亭、佐藤竹皐の子 佐藤樵山(1849-1926)内国絵画共進会出品 佐藤松僊(1913-1945)師後藤松亭・松林桂月・橘田永芳 佐藤昭三01(1928-2018年01月16日)師加藤栄三、日展会友 (1884-不明)師大橋翠石 佐藤翠渓(1884-1926)師山田松渓・小森呉橋 佐藤瑞漆(1891-1973)漆画、師晩霞 佐藤進04(1845-1921年07月25日)医師、順天堂医院院長、書画をよくした 佐藤青牛(不明-不明)歌人・原阿佐緒の叔父 (1852-1909年02月15日)師松吉樵渓・立松義寅、名正教、字子訓、通称利助、別号椿園・本立堂 (1836-1905年04月12日)師佐々木月岱、名重昌 佐藤石邦(1895-1941)師白井永川、旧号加藤房一、別号雨聲 佐藤雪洞(1893-1986年12月)師大森敬堂、長野の教鞭をとる 佐藤大寛02(1898-1983年01月03日)師高森砕巌、東洋古典派、日本海外墨絵代表 佐藤大醒(1907-1990)師荒木十畝、新興美術院会員 佐藤太清(1913-2004年11月06日)文化勲章、文化功労者、日本芸術院会員、日本芸術院賞、師児玉希望、日展顧問 佐藤多持(1919-2004年10月21日)東美卒、真言宗僧侶の二男、水芭蕉をテーマに描いた 佐藤淡香(不明-不明)師十市王洋 (1819-1882)師高久靄崖・岡本秋暉、佐藤周鱗斎の養子 佐藤竹村(不明-不明)商家 佐藤千曲(1911-1975年07月11日)東美卒、師児玉希望、日展 佐藤続(1899-1955)佐藤耕雲の七男 佐藤適圃(1834-1915年09月07日)師長谷川嵐渓 佐藤柊堂(1890? -1957)師福田平八郎 (1911-2004年06月12日)師川端龍子、東方美術協会創立会員 佐藤南田(1827-1893年08月01日)師後藤碩田 佐藤日梵(1898-1990)師尾竹竹坡、本名秀廊 佐藤梅軒(1825-1893年10月12日)江戸後期から明治期の儒者 佐藤梅所(1866-1929)師佐久間晴岳 佐藤梅亭(不明-不明)内国絵画共進会出品 佐藤梅南(1821-1881)師菅井梅関 (1805-1873)師恩田石峰・鈴木南領・岡本豊彦、名維淳、字伯還 (1887-1963)師津田白印 佐藤晴行(1912-1980年08月22日)京都絵画専卒、師池田遙邨、日展会友、創立以来青塔社所属 佐藤博(1923-1984)河北美術展河北賞受賞 佐藤風岱(1874-1923)山形経済界の先駆者 佐藤望山(1870-1939)師服部波山・滝和亭 佐藤牧水(1835-不明)師高橋杏村・前田半田、名良三 佐藤木公(1860-1916)師奥原晴湖 佐藤夢楽児(1896-1951)佐藤耕雲の六男 佐藤美雄(1911-1989)川端画学校卒、師岩田正巳 (不明-不明)師荒木千洲 (1849-1928)師西山芳園・山県二承・中井泰嶺 里見米菴(1898-1993年10月20日)京都絵画専卒、師土田麦僊・郷倉千靱、日本美術院特待 (1852-1899)琉球の絵師、唐名は毛永保 眞田圓山(不明-1888)師藤田板屋 讃井墨舟(不明-不明)南画 実藤笑春(不明-不明)南画 佐野光穂(1896-1960年12月30日)師菊池契月、日本美術院院友 (1832-1925年04月16日)本名市太郎 佐野五風(1886-1974)京美卒、帝展出品、別号肱有年 (1857-1942)師佐藤適圃・川村雨谷 (1858-不明)師鈴木月谷 佐原修一郎(1895-1965年05月27日)京都絵画専卒、師土田麦僊、国画創作協会で活躍 佐原竹崖(1887-1936年10月07日)師山下青厓、本名竹次、初号竹堂 三郎丸竹川(不明-不明)北画 寒川雲晁(1823-1907年08月31日)寒川養斎の養子、師大岡雲峰・谷文晁 沢宏靱(1905-1982年09月24日)師西山翠嶂、創画会創立会員 佐和埜鶴(1768-1873)佐和華谷の子 (1861-1928年07月)師山本梅荘、名理、通称理喜三郎、字黄中 (1890-1977年09月12日)師森魚渕・團藍舟 佐脇波登麿(1853-1922年09月29日)師土佐光文、土佐派の画家佐脇源好は父 沢木四方吉(1886-1930年11月07日)画家・美術史家 沢口静山(1833-1916)師日根対山 澤田育(1913-2001年05月20日)師安田靫彦、日本美術院特待 澤田石民(1905-1944年09月15日)京都絵画専卒、師土田麦僊、国画創作協会出品 (1844-不明)師藤江雲峨・吉沢雪庵 (1825-1877)盛岡藩の円山四条派 沢田実01(1929-2006年05月31日)師中村岳陵、日展会友 (1914-2005年05月15日)京都絵画専卒、師堂本印象、日展会員、菊華賞 (1823? -1902)山田村永覺寺住職、師兒島竹處 (1865-1931)師菅原竹侶、三宮郡蔵の子 三宮楠亭(不明-不明)師弘瀬洞意、狩野派 四夷星乃(1903-1965)師北野恒富・中村貞以、日本美術院院友 椎名剛美(1897? -1984年05月07日)創造美術会の結成に参加、素朴で純雅な作品を描いた 椎野李渓(不明-1917年07月17日)師木村雲渓 塩川文鳳(不明-不.

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出身地別日本画家・UAG美術家研究所

千 と 千尋 神木 隆之 介

プロフィール 生年月日: 1993年5月19日 出身地: 埼玉県 血液型: B型 事務所: アミューズ 高校は堀越 神木隆之介さんは、高校では堀越高校に通っています。 ここは芸能人が通う高校として有名ですね。 毎日通学しなくても、高校卒業の資格が取れる高校として有名。 神木さんの同期もかなり豪華なメンバーが揃っています。 女優の志田未来さん、川島海荷さん、大後寿々花さん、西内まりやさん、前田希美さん。 Hey! Say! JUMPの山田涼介さん、知念侑李さん、中島裕翔さん。 俳優の入江甚儀さん、野村周平さん、阪本奨悟さん。 歌舞伎役者では、中村隼人さんもいます。 大学は? 神木さんは大学はどうされたんでしょう。 大学ですが、進学はしなかったようです。 高校を卒業され、芸能界に専念をすることになったようですね。 子供の頃から小役として、活躍し高校でもそのまま活躍してましたので、 大学にはいかなかったんですね。 確かにこれだけ忙しければ、仕事と大学の勉強の両立は難しかったかもしれません。 金持ち? 神木隆之介さんですが、多くの方が 「金持ち」というキーワードで検索しているようです。 これは実家が金持ちというよりも、神木さんがたくさん稼いでいるというイメージがあるのかもしれません。 たしかに神木さんは、アニメの超大ヒットの「君の名は。 」に声優として出演していますし、 ドラマ、実写映画、CMでもよく見かけます。 若手俳優の中では、年収もトップレベルということで間違いはないようですね。 まとめ 本当にお忙しそうにしている神木隆之介さんですが、 趣味の写真撮影で息抜きもして頑張ってもらいたいですね。

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千 と 千尋 神木 隆之 介

完成度• 両親とともに車で引っ越し先の家へと向かう途中で「不思議の町」に迷い込んだ。 店のカウンターにあった料理を勝手に食べた両親は、豚に姿を変えられてしまう。 ひとりぼっちになってしまった千尋は、名を奪われ「千」と呼ばれるようになり、その町を支配する魔女・湯婆婆の下で働き始める。 千尋は湯屋「油屋」の下働きとして働きながら、様々な出来事に遭遇しつつも、謎の少年ハクや先輩のリン、釜爺らの助けを借りて、厳しい難局に立ち向かっていく。 はたして千尋は元の世界に帰れるのか……? レビュー(ネタバレなし) この記事に続いて、レビュー(ネタバレあり)もあります。 さて、ジブリ作品のレビューを全然してなかったので、ジブリも少しずつ追加していこうと思います。 普段アニメを観ない大人でも観れるアニメの代表格ですしね。 ただ、ジブリ作品て、ネット配信してないんですよね。 その辺が古くさいというか頭がカタイというか、権利を持っているディズニーが絡んでいるんだと思いますが、どうなんでしょうね。 まあ、とりあえず観たことある作品から順にレビューしていきます。 となると、ジブリ作品で圧倒的に人気知名度ナンバーワンなのは、『千と千尋』ですよね。 私の個人的な趣味で言うと、『ナウシカ』『ラピュタ』『もののけ姫』がベスト3って感じで、『千と千尋』はあんまり好きじゃないんですけどね。 でも、日本歴代興行収入、不動の圧倒的1位ですからね。 頑張ってレビューします笑 ネタバレなしのレビューは、特にないです笑 さすがにこれだけ有名な作品だと、私の紹介文とか要らないでしょ。 観てください。 ネタバレありのレビューの方で、頑張って作品の解説を試みます。 Blu-ray 千と千尋の神隠し 私が初めてこの作品を見たときの感想として覚えているのは、メッセージ性を全く感じなかったことです。 もちろん、テーマがあるのは感じますし、何か伝えたいことがあるのも感じますが、積極的にメッセージとして伝える姿勢を感じなかったんですね。 『もののけ姫』ではかなりメッセージ性を感じましたが、『千と千尋』では感じません。 後から掘り下げて考えればいろいろ出てきますが、もっと純粋に楽しむことを意図しているのではないかと感じました。 これは、のちに監督のインタビューにおいて概ね正しかったことがわかりました。 監督は、知人の女の子に見せるというテーマ、目的でこの映画を作ったそうです。 つまり、女の子が普通に見て楽しむことを一番に置いて、メッセージそのものは前面に出てこないように配置したんですね。 だから、鑑賞後の余韻が何か変な感じになるんです。 良いものを観た感じはするんですが、物語が論理ではなく直感的な子供の価値観で語られているため、それが何なのか言語化しづらい。 だから、基本的には、この作品は普通に娯楽作品として楽しめば、それで十分なのだと思います。 そこに敢えて解説を付け加えるというのは制作者の意図を超えた行いなので、ここから先は真に受けずに軽く読み流してください。 特筆すべき点は、ヒロインとなる女の子がちょっとブサイク目に描かれているところですね。 いわゆる普通の女の子が成長してゆく様を描くために、序盤は敢えて落としておいて、話が進むにつれてより生き生きした姿へと描き方を変えてゆく、そういう手法がとられています。 でも、監督自身は、「これは千尋の成長物語ではない」と言っています。 「は?」ってなりますよね笑 では、一体何なのか。 はっきり言って、私にはわかりません笑 要所要所のモチーフは想像できますが、結局全体として何を描いているのかは伝わってきません。 世界観としては、これは幼い子供の目を通した世界のメタファーなんだろうなということはわかりますね。 冒頭、豚になる両親は、目先の欲で社会に家畜化されている姿を映しているのでしょう。 てきぱきと常人離れした手つきで作業ができる職人がいたとしたら、手足が8本もあるように見えるかもしれません。 自分の幼かった頃を思い出してください。 湯婆婆みたいな強欲ババアが、周りにいませんでしたか。 子供の目線で世界を描く。 そこに、監督自身の感じている現代社会のありようを乗せてゆく。 社会の本質的な姿として「性風俗産業」というものが題材として選ばれています。 巧妙に隠蔽されているので普通に観ていると気づきませんが、特に男性は、この映画にエロティシズムの存在を感じます。 女性はほとんど感じないようで、これは男性特有のロリコン趣味によるものです。 ペドフィリアという表現は生々しいのでロリコンという表現を採用しておきますが、はっきり言えるのは「萌え」ではなくもっと生々しく性的なものだということです。 ヒロインがブサイクなのも生々しさに寄与しています。 もし、子供の目線で描くというフィルターを外してこの映画を生々しく描写したとすると、年齢制限がついた上に倫理的にカットになるシーンも出てくるだろうと思います。 そういう生々しい世界が描かれています。 普通に工場で働くとかではなく、風俗店(遊郭)で働くという設定にしている点には、確実に意図があると思います。 もっとも、それが社会の本質であるという主張は正しいと思いますし、何も間違ったことは描かれてません。 子供ではなく大人の我々が視聴する際には、一定のセクシュアリティを描くことを忌避していないことには気づいて欲しいと思います。 それでこそ、この作品の姿がよりはっきり認識できるのだろうと思います。 「カオナシとは資本主義社会における欲望の象徴である」などともっともらしい解説もできるんでしょうが、私はそこにはあまり興味がありません。 制作者もそこには大きな興味を持っていない気がします。 カオナシは、典型的に文学作品でよく描かれる人間の姿で、珍しい発明でもなんでもありません。 誰しもが持つ人間の側面です。 ハクも、何らか弱みを握られたり借金などの理由でこき使われている男が、少女の内的世界ではあのように見えるのでしょう。 つまり、 大人が幼子たちに隠すような社会のありのままの姿を、幼い女の子の目線で見たらこうなるという世界が、『千と千尋の神隠し』なのでしょう。 そう思って作品を見直すと、本当にうまく大人の目線を削除して子供の目線だけで世界を描いています。 そう思って見ていると、「ここ、アウトだな笑」と思うシーンも結構あります。 この作品が持つメッセージは、解説も要らない程度のわりと凡庸なものだと思います。 始めからそういう意図で作られているんですからそれでいいんです。 大人が寄ってたかって解説する作品じゃない。 強いて言うなら、汚い大人の世界を子供の目線で描くというその世界観の変換が、素晴らしい。 言ってしまえば、まあ、それだけではあります。 子供向けなので中身は濃くないけど、大人の視聴にも耐えるよう完成度だけは異常に高く作ってある。 それが本質かなと思います。 だからこそ、ここまで万人にウケるんですが、天邪鬼な私はこの作品、あんまり好きじゃないんですね。 人気がない『ハウル』とかの方が全然好きです。 でも、万人におすすめできる完成度の高い作品としては、確かにこの作品は全アニメ中揺るぎないナンバーワンだとは思います。 Blu-ray 千と千尋の神隠し.

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