ワンダフル ライフ 映画。 ワンダフルライフ (映画)

映画『僕のワンダフル・ライフ』ブルーレイ+DVDセット3月7日発売|list|HMV&BOOKS online

ワンダフル ライフ 映画

僕のワンダフルライフのネタバレあらすじ:起 ある日、トビーという名前の子犬が兄弟たちと遊んでいると、突然現れた動物管理局の二人の男たちに車で連れ去られてしまい、一度目の犬生が終わります。 ゴールデンレトリバーに生まれ変わったトビーは、ケージに入れられた子犬だったが、販売者たちの隙をついて逃げ出すことに成功する。 しかし子犬は再び人間に捕らえられてしまい、さらにとてつもない暑さの車内に放置されぐったりとしてしまう。 するとそこへ少年とその母親が現れ、元気のない子犬を車の中から救い出してくれたのだ。 そしてその少年イーサンの飼い犬となったその子犬はベイリーと名付けられ、イーサンとその家族に愛され育つのだった。 イーサンはベイリーと一緒に多くの時間を過ごし、二人だけの特別なキャッチボール遊びをしたり特別な呼び方ボスドッグ(ボス犬)と呼んだりと、特別な関係となって行く。 僕のワンダフルライフのネタバレあらすじ:承 そんなある日、イーサンの父親の上司夫婦を家に招いた時、ベイリーが興奮して上司夫婦を怒らせてしまう。 父は昇進が遠のいたと落ち込んだ。 このことでイーサンの父親はベイリーを毛嫌いするようになる。 それから10年ほど経ち、イーサンは高校生になっていた。 イーサンの父親はというと酒に溺れるようになり、ついには家を出てしまうのだった。 そんな中イーサンにはハンナという彼女ができ、ベイリーと一緒に3人で毎日遊ぶようになる。 高校ではアメフトのスター選手で大学もアメフトの推薦で決まっていたイーサンは、大学に行ったらハンナと毎日一緒に居られると、幸せで楽しい高校最後の夏休みを送っていた。 しかしある日の夜、イーサンに嫉妬した同級生が彼の家に放火し、この火事が原因で足を怪我したイーサンは推薦が取り消しにされてしまい、ハンナと一緒の大学に行けなくなってしまう。 大きなショックを受けたイーサンはハンナに別れを告げ、ベイリーを実家に置いて遠くにある農業系の大学に行ってしまうのだった。 その後、歳をとったベイリーは病気になり寝たきりとなってしまう。 ベイリーの様子がおかしいと思った家族が動物病院に連れていくも、ベイリーに残された時間はわずかだった。 ベイリーのことで連絡を受けたイーサンが病院に駆けつけるが、イーサンを見たベイリーは、安心してベイリーとしての生涯を終え、また子犬として生まれ変わるのだった。 僕のワンダフルライフのネタバレあらすじ:転 新しく生まれ変わったのはエリーというメスのシェパードの警察犬であった。 飼い主の警官カルロスが寂しそうにしているとエリーは一緒にベッドに行き寄りそうのだった。 ある日、少女を誘拐した犯人から飼い主の警官カルロスを守ろうとしたエリーは、もみ合いの末、犯人に撃たれて生涯を終えるのだった。 そして今度は小型犬のコーギー、名前はティノとして生まれ変わる。 そして飼い主となった孤独な女子大生マヤは、やがて大学時代のクラスメイトだったアルと再会。 ティノもアルの飼い犬ロクシーと出会い、大切な存在になる。 マヤはアルと結婚して子供を産み、ロクシーは年老いてその生涯を終える。 やがてティノも、マヤが幸せな家庭を築いたのを見届けると、その生涯を終えるのだった。 僕のワンダフルライフの結末 そして再び生まれ変わった子犬はカップルに拾われるが、外に繋がれたままの生活。 やがて大きくなると捨てられてしまうのだった。 一人でさまよい歩いていると懐かしい匂いがすることに気づく。 彼はやっとイーサンの実家に戻ってくることができたのだ。 大人になったイーサンと再会することができた彼だったが、イーサンはこの見知らぬ犬がベイリーの生まれ変わりだと気づく由もなく、迷い犬の彼を保護施設に預けてしまう。 しかし何かを彼に感じていたイーサンは、保護施設から引き取り、この犬に相棒という意味のバディと名付け、飼うことに決める。 イーサンが独り身で寂しい思いをしていると感じ取ったバディは、匂いを頼りに大人になったハンナを見つけ出し、イーサンとハンナを再会させることに成功する。 はじめはハンナと会うことに躊躇するイーサンだったが、バディが2人を繋ぎ会わせる。 ずっと独り身で生きてきたイーサンだったが、昔のことをハンナに謝罪し、寄りを戻すのだった。 そしてイーサンとハンナは結婚して幸せになる。 イーサンが幸せであることに喜びを感じているバディだったが、イーサンに自分がベイリーの生まれ変わりであることを知ってほしいと思い始めるのだった。 そこでバディは、昔よく遊んだラグビーボールを見つけ出し、イーサンが子供の頃に一緒によく遊んだ、二人だけの特別なキャッチボール遊びを披露する。 するとイーサンはバディが彼のボスドッグ、ベイリーの生まれ変わりであることに気がつくのだった。 運命の再会を喜ぶイーサンとベイリー。 そしてネームタグを昔のベイリーのものに付けなおすのだった。 以上、映画「僕のワンダフル・ライフ」のあらすじと結末でした。

次の

ワンダフルライフのレビュー・感想・評価

ワンダフル ライフ 映画

この節にあるあらすじは作品内容に比して不十分です。 を参考にして、 物語全体の流れが理解できるように(も含めて)、をしないよう ご自身の言葉で。 ( 2019年6月)() 「貴方の一番大切な思い出を1つだけ選んでください。 」 死んでから死後の世界へと旅立つまでの1週間、死者達は「そこ」で一番大切な思い出を選ぶ。 その思い出は、彼らと「そこ」のスタッフ達の手によって映画として再現される。 そして、その記憶が頭の中に鮮明に蘇った瞬間、彼らはその「一番大切な記憶」だけを胸に死後の世界へと旅立っていく。 選んでください。 貴方の一番大切な思い出はなんですか? 出演 [ ]• 望月隆:• 里中しおり:• 川嶋さとる:• 杉江卓郎:• 中村健之助:• 伊勢谷友介:• 庄田義助:• 守衛:• 西村キヨ:• 天野信子:• 吉野香奈:• 山本賢司:• 渡辺一朗:、(青春時代)• 渡辺京子:()、(青春時代)• 食堂係:、• 受付係: スタッフ [ ]• 監督・脚本:• プロデューサー:佐藤志保、秋枝正幸• 企画:安田匡裕• 撮影:• 美術:、郡司英雄• 編集:是枝裕和• 音楽:笠松泰洋• ゼネラルプロデューサー:重延浩• 照明:佐藤譲• 録音:滝澤修• 助監督: 受賞歴 [ ]• グランプリ• 国際映画批評家連盟賞• 最優秀脚本賞• グランプリ、最優秀脚本賞• および 正式招待作品• 最優秀作品賞、最優秀助演男優賞()、最優秀新人男優賞() 外部リンク [ ]• - (英語)• - (英語).

次の

僕のワンダフル・ジャーニー : 作品情報

ワンダフル ライフ 映画

ワンダフルライフ aka AFTER LIFE Hirokazu KoreEda 118min(1 : 1. 66、日本語) (桜坂劇場 ホールBにて) まず書いておきます。 なかなか良い映画で、楽しませてもらいました。 こんなことを冒頭に書くのは、この先批判的なことを書いてしまいそうな予想があるから、非常に充実した2時間を与えてもらったこと、観賞後の印象も見て良かったと思ったこと、そういう点はしっかりと指摘しておこうと思ったのです。 ところで1999年のこの作品、その5年前のトルナトーレのという映画がヒントになっているような気がして仕方がありません。 全然違う映画だけれど、根幹は似通っていると思います。 すぐ上に「批判的なことを書いてしまいそう」と書いたのですが、そうボクに批判的ことを感じさせるあり方は、トルナトーレについてボクが持っている批判と良く似ています。 もし是枝監督が『記憶の扉』をヒントにしているならば、是枝監督が同じような映画作りのトルナトーレの作品に関心を持ったという意味で、面白いことだと思います。 ちなみに是枝作品ではこの『ワンダフルライフ』、トルナトーレでは『記憶の扉』が、それぞれいちばん好きかも知れません。 ところで、それではその共通する批判とは何か。 映画にはあまりにも色々なものがあって、すべての映画がひとくくりにされている状況は不思議でもあります。 クラシックからロック、ポップス、歌謡曲、演歌、民謡、雅楽、小歌、民族音楽等々すべて垣根がないかのごとくです。 だからそれぞれの映画作品は、それぞれに固有の作られ方や見方がある。 でも是枝作品というのは、いわゆる「作家の映画(le film de l'auteur)」という部類の映画で、多く原作・脚本・監督・編集は監督自らがやり、人間や社会の本性を問題にしたり考察する体のものでしょう。 そういう体の映画にボクが期待するのは、求めるのは、扱うテーマに関してのその作家の深い考察なんですね。 その考察を映画にしろと言うわけではなく、根本にその考察があって、その上で作品を作って欲しいということです。 その考察の結果は、何も革新的である必要はないし、突飛である必要もない。 ごくごく常識的な発想でもかまわない。 しかし、それが作家の人生や、人間や、哲学や、思想や、生き方や、そういうものに深く根ざした「本人のもの」でなければならない。 もちろん本人にとってまだ「?」マーク付きのものであっても。 でもトルナトーレも是枝も、そしてソクーロフもそうかも知れないけれど、一般的に、常識的に認められた、あるいはやや革新的でも世の一部では認められたような発想、そういうものを「やや深めた」程度で、しょせんは借り物なんですね。 その上に立脚して、上手い映画作りで、それらしく見せている。 そのことを知っていて、作為的に作った作品なら、それはそれとして良いんですが、恐らく作家本人も、自分の深い思想だと思い込んでいるのではないかと思う。 この一種の「お底の浅さ」が気になる人たちなんです。 ダンテの『神曲』なんかに出てくる、キリスト教的死後の世界の一部である辺獄(リンボ)とでも言えばよいのだろうか。 死んだ人々がこの古い学校か病院か(?)、洋館風の「この施設」にやってくる。 他にも守衛さんとか、最後に出てくる映像作りをする技士さんたちなどもいるが、ここに働くのメインの登場人物は5人。 所長・中村健之助(谷啓)、3名の正職員望月隆(ARATA)、川嶋さとる(寺島進)、杉江卓郎(内藤剛志)、それとアシスタントの里中しおり(小田エリカ)。 この施設には毎週約20名の死者、死んだばかりの死者が送られてくる。 職員はそれぞれ担当する死者に面接し、その死者が人生でいちばん幸せを感じた出来事、そう、もっとも大切な思い出を聞き出し、それを再現フィルムとして映像化し、土曜日にその上映会をして、それを観ながら自分の過去の至福の時を再び味わったとき、死者は昇天していく。 天国でその幸福な思いだけを感じながら永遠の時を過ごすことができるというのだ。 見ていて予想が簡単に出来てしまったことだから、 ややネタバレにはなるけれど書いてしまえば、所長以下職員たちというのは、死んで同じように施設に送られて来ながら、人生の幸福の時を選ぶことが出来ずに、このリンボに留まっている人たちだ。 たとえば望月は、若くして大平洋戦争に出征して戦死していて、生きていれば今回彼が面接を担当することになった渡辺という71才の老人とほぼ同い年なのだ。 もちろん死んでから年を取ることはないので、望月はここでは20才ぐらいの青年のままだ。 アシスタントの しおり の人生は多く語られないが、彼女は18、9才で、正職員ではなくアシスタントをしていることから考えて、まだ死んで日が浅いのだろう。 やや余談になるけれども忘れないうちに書いておくと、ここの施設の職員たちは以上の5名。 死者は男女半々いるはずなのに、男が80%と女20%。 しかも紅一点の しおり はアシスタントで、所長は男性だ。 後半に出てくる再現フィルム制作班の人々のおおかたも男性だ。 しおりは最後に正職員になり、新しく男性1人がアシスタントにはなる。 それが現実日本社会の反映だと言えなくもないが、それでも女性が少な過ぎる男性中心社会だ(この作品は戦前ではなく1999年の作品だ)。 いかに脚本・監督の是枝裕和が無反省に男性優位社会に安住しているかが見てとれる。 話を戻そう。 リンボなどと西洋的なことを言わずに日本的に言うなら、ここの職員たちは、死んだけれど成仏できない人々だ。 生活、感情は生きている人のごとくであり、余暇に職員のある者は紅茶の趣味を楽しみ、望月や しおり はそれぞれ読書をし、お風呂にも気持ち善さそうに入っている。 もともとが架空に作られた設定だから何でもありなのだけれど、大平洋戦争で死んだ望月は年を取ることのない永遠の青年として今もここにあり、数年前(?)に死んだであろう しおり はその望月に恋しているようでもある。 ある日カメラを手に再現フィルムに必要な竹の写真を撮りに行った しおり は街(現世の)に行ってしまい、これやあれやの余計な写真を撮ってきてしまう。 生への執着を捨てられないからこそ、天国に昇ることが出来ずにここにいるわけだ。 映画の物語性のある要素としては、以上書いてきたことと、あといちばんの中心ストーリーである、渡辺という老人と望月の話なのだけれど、ネタバレになるのでそれはここでは書かないでおく。 ドキュメンタリスト出身の是枝監督で、前半の各死者との面接はドキュメンタリータッチだ。 題名が示すように人間の生を、そのささやかな幸福に見ようという、生の肯定のような話で、それ自体は非常に美しくも魅力的だ。 映画自体は楽しませてもらったけれど、見終わって反芻してみると、何処かどうしても馴染めない何かがモヤモヤと残った。 死後この施設に送られてくるのは、生前善人であった人たちだけなのだろうか?。 生前悪人であった人は地獄落ちで、ここには送られてはこないのだろうか?。 そうだとしたら人を善人と悪人に二分などできるのだろうか?。 たとえ善人であったとして、彼らの生に罪はなかったのだろうか?。 人間の生を喜怒哀楽に還元してしまって、いちばん大切な思い出に集約してしまって良いのだろうか?。 そういうことがこの映画の主旨ではないことは十分に理解しつつも、またこの物語の主旨が死後ではなく生前にあることを理解しつつも、人の生を総括するといった話なのに、そこに罪意識が欠如しているというオメデタさにどうしても抵抗感をもってしまう。 影響関係があるにせよないにせよ、トルナトーレの『記憶の扉』が罪意識を中心に据えているのに対して、是枝がおめでたく人生最良の思い出を描いているのが、キリスト教文化のヨーロッパと日本の文化的差異として面白い。

次の