アトラク ナクア。 【関連商品】Androidアプリ「アトラク=ナクア」 : アリスソフトBlog

モンスター/蜘蛛/蜘蛛の神『アトラク・ナクア』

アトラク ナクア

2 先行レビューをいくつか参照しよう。 参加者:やまうちさん・今木さん・DALさん・ソガさん。 半分くらいは漫画と絡めた話になっていて、僕はとか読んでないからそのへんはよくわからない。 僕の観測範囲ではこのゲームの既プレイ者は「初音姉様」について語ることが多く、奏子にはあまり触れられない(ように見える)。 以下は貴重な奏子語りの一つだ。 違和感のこと。 かなこ。 最初に男どもに陵辱されつつ「殺してやる」とずっと思ってる。 このへんて驚きます。 というかむしろ、「殺してやる」と思ってるくせに、黙って陵辱されっぱなしで、何もなきゃきっと今後もそうなんだろうな。 思ってるだけ。 自分の思いの現実性なんて考えもしない。 えらく主観的。 現実的な手段を考えるでなくいきなり「殺してやる」と来る。 できるかボケ。 もうひとつ、アトを男が書いてるなら(あるいは、女でもやあたりなら)、かなこは多分、あのとき、本性(蜘蛛の化物)をあらわした姉様を見るや、嫌悪と拒絶をあらわにするはずなんです。 少なくとも、内心の恐怖と嫌悪と、姉様への思いと、そのへん葛藤があるはずなんです。 葛藤を乗り越えるあたりで感動を演出、とか、やらなきゃ損ってもんです。 現にフルバはそうやってる。 ところが、かなこにはそれがない。 姉様は姉様であり、どんな姿であろうと知ったこっちゃない。 客観的に見て蜘蛛の化物である、という事実は、はなっから考慮されない。 かなこ萌えって言いたかっただけです。 はともかく、かなこは間違いなく化け物だと思います。 今木さんが書いているように、奏子には葛藤がない。 僕も作中の当該部分でシームレスに初音に触れる奏子を見てこの娘やばいと思った。 あと、ソガさんの"僕はかなこだ!(ばーん)"でお茶吹いた。 続いて、しのぶさんの感想。 この物語の人物たちの立場には、善も悪も、正も誤もない。 ただ、愚かな人間〜その愚かさゆえに愛すべき人間〜をひたすら赤裸々に描写して、それが結果として美しい光を放つようになった作品。 奏子は無力な高校生に過ぎないが、彼女の一途な想いは、この途方に暮れた孤独な者たちに弄ばれる世界の中でひきとわ美しく輝く。 初音は、奏子の腕の中で死んでいく。 自分より遥かにちっぽけな存在であるはずの奏子に、初音は最後に救われることになる。 この光と闇との対照の妙。 初音の言葉を引けば、"途方に暮れた者"の生には三つの終わり方がある。 「命か…心か……時の……尽きるまで……」 (「終章」より) この台詞は奏子に向けられたものであり、終章の奏子が"途方に暮れた者"であるかどうかは検討の余地があると思うがひとまず措く。 本編で描かれるのは「命」あるいは「心」の終わりであり、もし「時」の終わりもマルチエンディングの一つとして加わっていれば構成としてよりよいものになっていた可能性もあるが、どうだろう。 「時」については、tukinohaさんが言う"時間的な外部"とも関わる話かな。 非常にもやもやした気分にさせられる作品です。 この空間的な「外部性のなさ」から脱出するためには時間的な外部が必要で、その意味では後日談が書かれたのも必然だったと言えるのかもしれません と言いつつ後日談は読んでないのですが。 僕も後日談そのものは読んでいないけれど、であらすじを確認して嘆息した。 いつか読んでみたくはある。 世界観というか、雰囲気というか、 非常に「」なにおいがします。 なんとなくわかる。 銀あたりがそう思わせるのかな。 3 さて、本編をプレイした際に僕が最も興味深く観ていたのは「銀-初音」と「初音-奏子」という二つの関係の相似性だった。 目の前にいる誰かの中に過ぎ去った誰かの似姿を見つけてしまう人たちのお話といえば枕の「H2O」だが、基本的にはあれと同じ観点からの関心だ。 その点を詳述し、僕が気付かなかったところまでしてくれているのがルイさん(とさんのやりとり)だった。 初音は妹キャラだからこそ姉「様」になりたかったのだと思う。 彼女がSかMかを語るだけでご飯三倍は余裕。 rui178 初音は特に名を秘す某男性に対している時と、奏子に対している時とではキャターの性質が異なりますよね。 たぶんそこが好きなんだと思うのです。 kaien そこに線を繋ぐ事で彼女の内面にある欲求のようなものが形作られて来る部分がありますよね。 最終章では、彼女が「姉性」 聖性的な用法w を死守した所に感動しました。 論者というわけでもないのだけれど、彼女が男にとっての女、としての具から解き放たれた意味合いで。 物語を追えば初音のカードの表裏 姉妹 、その初期状態は明らか。 その事こそが初音の得た・守った物の証であるし、彼女が環境論や本質論に打ち克った証。 作中に引用されたの序文を持ち出すまでもなく、相似は相似であって合同ではない。 [アダルト] highcampus.

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ゲーム「アトラク=ナクア」 感想

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「新しい作品外形の提示」「その媒体では珍しかった」「新ジャンルの開拓」「新機軸の打ち立て」 その価値は際立っていればいるほど、多くの人間は影響を受け、心を揺さぶられ、当然その偉大なる作品の イイ部分は抽出され濃縮したものが手を変え品を変え次々に創造されていく。 何故なら人は常に"新しい"価値を目指すものだからだ。 この「新しい価値」というのは その媒体・その市場に今までなかった 別媒体にあった 物語類型、構造、要素を取り入れる事も含むし、また作品の「外形」の進化も含まれる。 わかりやすいのは音楽の音数の向上や、CGの解像度、色数の大幅な増加、それに伴うBGM・ヴィジュアルの高品質化などが挙げられるだろう。 ここには演出面も包括される。 そして、そこから数十年後の読者は、「過去作の強みを凝縮した」最先端の作品を味わっているわけであり、過去に名作と評価された作品と現行の名作を比べてしまえば前者を 薄味に感じられるのも無理はないと思う。 注意しておきたいのは、「当時の新しい価値を開拓した作品として評価」されることと「今の時代の価値観で評価」されることは違うものだということだ。 昔の偉大な作品が今この瞬間・この時代・この市場の トップに君臨できるかはまた別のお話なんだよね。 まったく同じ文脈で先日、大学生の漫画好き男子に「の何が凄いのか全然わからない、『』も『』も他の漫画によくあるシーンばかりじゃないですか」と言われて立ちくらみがした。 本当に世界を変えてしまった才能は、その後の世代からは空気のように透明な存在になってしまうのだ。 そういった過去から今への潮流を若い世代に「開拓者への評価」を情報共有することは大事だけれど (共有しなくなったらその開拓者への評価は評価されなくなってしまうので)、ただその情報を共有しても結局は「開拓者としては偉大、でもこの作品を今見て心揺さぶられるかと聞かれればそうでもない」という返事になるものではないかとも思う。 所詮文字で共有される情報というのは「言葉の世界」のお話なので強い納得感に欠け、そうなんだ、で終わってしまう。 知識・文脈のお話はときたま体験と直結することもあるけれど基本的には物語体験でえられる感動と比べればちっぽけなものである。 今さら『』や『桃太郎』を読んで すげえええなんだこれーー!!と興奮なんて出来るわけがないのだ。 しかしそれらの作品が偉大ではないと言いたいのではなく、ただ現在の古典のイイ部分を濃縮した現行作品にふれていれば当然「退屈」に感じてしまうというお話である。 もちろん作品の外形は言わずもがな、今のノベルゲームと比べれば音楽・グラフィック・演出は一段も二段も三段も劣るし本作はもう過去のものだなと思わせる様式を見せつけてくれる。 ボイスはざらつき、CGの解像度粗く、場転といった演出はしょぼい。 ピンとこなければ、『 2004年 』や『 2007年 』といった萌えゲーの王道物語を2015年に再プレイして面白いと思えるかどうか? 考えてみればいいと思う。 当時は横暴なヒロイン・ヒロイン・可愛い妹に萌えた人もいたかもしれないが、今ではそれらを上回る魅力的なヒロインはたくさん出てきているし、そしてそれに出会ってしまったが為に、今プレイすれば「霞んで」しまわないだろうか。 もちろん10年前、20年前の作品だからといって 必ずしも誰もが退屈だと感じるわけではなく、その人によってはめちゃくちゃHITする作品もあるだろう。 けれどここで言っているのは「現行作品に触れていると数十年前の作品は古典に成り果てやすい」であり、退屈に感じやすい傾向にあるのではないか? と言いたいのだ。 それもそのはずで、繰り返すが、時代の変移によって、作品の外形から中身の新規性・独自性は瞬く間に普遍的なものになり有り触れたものとなる。 これはもう間違いない。 この時、まず真っ先に普遍的なものになるのが作品の「外形」であり、「外形」が放つ直接性による感動だ。 となればアトラクに残るのは「内容」での勝負しかない。 しかし内容面からしても、本作の要素を強引に分解すれば今となってはサブカル市場で見飽きた上述した5つの要素でありその結合体でしかなくなってしまう。 ・参照 はつゆきさくら考察_死者が生者へと至るためには何が必要か?(26587文字) - これは良い記憶ですか? ギャングスタ・リパブリカ 感想_悪は世界を変えていく (13975文字) - これは良い記憶ですか? アトラクに限らず、 現在ノベルゲームに足を踏み入れた新規者が『ONE』や『』をやったとしてそこに滅茶苦茶昂奮するほどの楽しさがなかったとしても全然不思議じゃない。 当たり前だ。 物語に "変わらない" 面白さなんてない。 だからこそある物語はその先の時代で「どこもやっている部分だよね」「見飽きた展開」「古い表現」と言われるようになってしまう。 もちろんここで言っているのはあくまでも「傾向」であり、あらゆる読者がそう感じるというものではないが。 そして昔の名作が「リメイク」されるのもこの為だろう。 つまり 現時代・最先端の「作品の外形」を得るために作り直すのだ。 外形である「音楽」「ヴィジュアル」「演出」などを刷新することで、現時代に合わなくなってきている過去作品の外形を、現時代に適合するために作り変える。 古臭くなった様式をひっぺ剥がし、今生きているプレイヤーに手にとって貰うためにリメイクという行為はある。 物語の内容に大きな変更を強いられることがあまり無いのは、そこを書き換えてしまったら「タイトル」を借りた別作品になってしまうからだが、しかし「外形」は原作を無視していないレベルならば大幅に書き換えてしまってもよい。 作品の内容の魅力を最大限まで引き上げられる外形を得たとき、そのリメイクは「成功」だと見做される。 そう考えると、リメイクという行為はある作品が古典化してしまったが故の救済処置であり、現代で 蘇らせる方法なんじゃないだろうか? なぜならこれは「過去にプレイした読者」ではなく「まだプレイしていない現代の読者」に向けているし、そして引き込もうとしているからだ。 ・参照 フルリメイク始動。 私からすると語ってきたように本作はピンとこなく、「きっと1997年前後からすればすごい作品だったんだろうな」と思った次第である。 以上を踏まえこの記事で言いたいことは、「 過去に名作と謳われても『今現在』プレイして名作級の面白さかどうかは別である」ということだ。 語り継がれるほどの作品として「名作」なのかもしれないが、心を揺さぶるほどの熱量を秘めているか、面白いと声を大にして言えるかという意味での「名作」にはならない場合が "多い" ということだ。 数十、数百年年以上経過しなくても現代では10年ちょっとで、ある作品は素早く古典化してしまうのかもしれない。 現代ではものすごい勢いでコンテンツは生産され過剰生産され、さらにプロとアマの垣根はなくなりつつあり供給者は一段と増えているし、またノベルゲームを包括するサブカル市場は発展し続けているのだからこうなるのも無理はないのかもしれない。 『Forest』なんかは十年以上経っても、この方向性の先を超していく作品があまり出てきていない(?)ことからこのままいけば後十年はノベルとして興奮と感動を与えるゲームとして出張り続けるかもしれない。 もしそうなるならばやはり素晴らしい作品である、いやあったなと確信する。 おわり 今回、やはり作品と出会うタイミングは重要であると再認識させられた。 生活環境、精神的状況、心の余裕、趣味嗜好、今までどんな作品を摂取してきたかで出会った作品への官能的美による体験は変わってくるし、もちろん楽しめたかの評価も変動するに違いないのだから。

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アトラク=ナクア 攻略 by 愚者の館(アーカイブ)

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などに登場するの名前「」。 から発売された形式。 1に由来。 概要 発売。 と奏子の関係を中心に、の心理を細やかに描き、多くのから共感を得た。 ゲーの先駆けとの評価もある。 な登場人物は以下のとおりである。 (ひらさか ):幾の年を経た女郎。 奏子から「様」と呼ばれている。 口に、「身の程を知るのね、」と言い放つなど、醜いものには容赦ないさを見せる。 深山奏子(みやま かなこ):が巣をる学園の女。 とある出来事でに助けられる。 ():の宿敵。 沙千保(たかの さちほ):さん。 に大切にされている。 つ(わ つ):の。 はきはきしている。 沙千保とも仲がよい。 (わ ):沙千保の彼氏。 美由紀(ほった ):部の。 のことが好き。 沙千保がうらやましい。 口(いぐち):素敵。 和久 (かつ かずひろ):。 ゆるい。 なごむ。 (やがみ りん) :あわあわしている。 の的なパック「の館4・5・6」に収録されていたで、長い間、再版されなかった為、のとしてられていた。 後日、廉価版として単品で発売された。 後日談 本作には後日談( があり、『の館4・5・6 ィド』に掲載されている。 から約一年の後、を産み落とした奏子はへと帰還する。 贄たる人の身からへと為り、さらにをみ産んだためか、この時既に精を消耗していたと思われる。 またの描写から庭を省みない人物と思われていた奏子のも、長期に渡って失踪した挙句、を抱いて帰って来た一人の姿をの当たりにして、相当参ってしまったようだ。 となった奏子のは人知を逸しており、日々成長するにべて奏子はほとんど歳を取らず、精の消耗も相まって周囲からはを患っていると判断される。 結果、実業であるの資とコネクションの護を受けつつ、幼い子は各地を転々とする。 そして十数年の歳が過ぎた。 人の年齢で十代に成長したと、全く歳を取らず精も患ったままのは、やはり人のにと解け込むことはわなかった。 そんな中、買い物先では変質者らしき男にをつけられる。 の疑惑と嫌悪の眼差しにも男は全く動じず、は男から向けられるんだ情欲のようなものに底知れぬ恐怖を感じながら帰宅した。 時を同じくして、の体に変化が訪れる。 禍々しい鉤に変化した己の腕に、はを抑えられなかった。 そして、そのを聞いて現れたの行動も、のに拍をかけた。 「様……」 体にをきたしたを見下ろすの、第一がそれであった。 膝を着いて両手でのを包んで「様」とくの想いも、その歳を取らない女の恍惚とした表情の意味も、に理解できるがなかった。 そして口づけを交わされた間、はを振り解いて走り出していた。 の闇が、の木々がを見下ろして囁く。 「のだ」 「の」 己が何者なのかと問い返すが、答えるはない。 までのは破綻しつつあり、体が衝撃に襲われた時、それは終幕を迎えた。 あの気持ちの悪い男だった。 薙ぎ払われたのは幼い生の細腕ではなかった。 それはなで構成され、不吉なでられた、器そのものの……。 化物と、男は叫んだ。 「……そうよ、化物よ」 闇を背負って男を見下ろすの眼には、が受け継いだ種族の血を臭わせる冷たいが宿っていたが、双を濡らすには人の温もりが残っていた。 は、男を殺さなかった。 己の中の何かを抑え込むかのように、は手を下さなかった。 その後、はとの離別と上を決意する。 人に紛れて暮らしたいというのがの願いであり、祖にも聞き入れられた。 静かなで別れを告げるに、は編み上げた衣物を手渡して言う。 「にはが似合うから」 のそのが、眼差しが、想いが、に向けられているのか……確かなことはにも分からなかった。 にとっては、己の預かり知らとは言え、運命に翻弄されるがであり、そのを残して去っていかなければならないことにが流れた。 関連動画 中で使用されている曲が多くの人の手でされており、曲をもとにしたも多い。 公式アレンジ曲 このは「コレクション」(発売)にも収録されている。 その他のアレンジ曲 プレイ動画 アトラクMAD MUGEN エキプロ 関連静画 関連商品.

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