舘 ひろし。 舘ひろし

【舘ひろし】プロフィール(年齢・身長・映画・ドラマ)

舘 ひろし

最終更新: 2020年6月20日 04:24• 出身地 愛知県名古屋市中区老松町(現・新栄)• 生年月日 1950年03月31日• 年齢 70歳• 星座 おひつじ座• 血液型 A型• 略歴 キャロルの親衛隊として有名なバイクチーム/ロックバンド「クールス」のヴォーカルとして、矢沢永吉作曲の「紫のハイウェイ」でデビュー。 以降、ソロのシンガーソングライターとして「泣かないで」などのヒットを放ち、また俳優としても『西部警察』『あぶない刑事』シリーズなどでも活躍。 トリビア 2011年3月28日に、石原プロモーション取締役を辞任し、一所属俳優となった。 実家は明治期に開業した舘医院(現在は、実弟が家業の医院を引き継いでいる。 舘ひろしのSNS 関連ページ 舘ひろしの出演映画 2019年 「アルキメデスの大戦」 山本五十六役で出演 2017年 「終わった人」 田代壮介役で出演 2016年 「さらば あぶない刑事」 鷹山敏樹役で出演 2012年 「エイトレンジャー」 キャプテン・シルバー役で出演 2005年 「まだまだあぶない刑事」 鷹山敏樹役で出演 1998年 「あぶない刑事フォーエヴァー THE MOVIE」 鷹山敏樹役で出演 1996年 「義務と演技」 「あぶない刑事リターンズ」 鷹山敏樹役で出演 1995年 「大失恋。 」 1994年 「免許がない! 」 南条弘役で出演 1989年 「もっともあぶない刑事」 鷹山敏樹役で出演 1988年 「またまたあぶない刑事」 鷹山敏樹役で出演 1987年 「あぶない刑事」 鷹山敏樹役で出演 1985年 「17th memorial THE 優作」 1980年 「薔薇の標的」 野本宏役で出演 1978年 「皮ジャン反抗族」 「野性の証明」 大場成明役で出演 1977年 「地獄の天使 紅い爆音」 「新女囚さそり 特殊房X」 田村役で出演 1976年 「男組 少年刑務所」 「暴力教室」 喜多条仁役で出演 舘ひろしの出演ドラマやテレビ出演情報 2019年 「Heaven? ~ご苦楽レストラン~」 謎の紳士役で出演 2018年 「ぬけまいる ~女三人伊勢参り~」 「60 誤判対策室」 有馬英治役で出演 「クロスロード3 群衆の正義」 2017年 「クロスロード~声なきに聞き形なきに見よ~」 「マチ工場のオンナ」 2016年 「クロスロード」 2015年 「全力離婚相談」 水野豊彦役で出演 「経世済民の男 高橋是清」 2014年 「なるようになるさ。 シーズン2」 長島大悟役で出演 2013年 「なるようになるさ。 」 長島 大悟役で出演 2011年 「忠臣蔵~その義その愛」 大石内蔵助役で出演 「使命と魂のリミット」 西園陽平役で出演 「隠密秘帖 隠密八百八町」 2010年 「NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲 第2部」 島村速雄役で出演 2009年 「ダンディ・ダディ? 2001」 山岡英介七曲署捜査一係・係長役で出演 2000年 「刑事」 1998年 「あぶない刑事フォーエヴァー TVスペシャル'98」 1997年 「新宿鮫 毒猿」 「太陽にほえろ!

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HIROSHI TACHI sings YUJIRO 舘ひろし CDアルバム

舘 ひろし

舘ひろしさんのプロフィール 本名:舘廣(たち ひろし) 生年月日:1950年3月31日(70才) 出生地:愛知県名古屋市中区 身長:181cm 体重:68kg 血液型:A型 職業:俳優・シンガーソングライター 活動期間:1975年〜 主な出演作品: 1979年〜 「西部警察シリーズ」 1986年〜 「あぶない刑事シリーズ」 1987年 「あぶない刑事 映画 」 1994年 「免許がない! 」 2006年 「功名が辻」 2013年「なるようになるさ。 」 どの時代にもカッコよく、本当にいい年の取り方をされていますよね。 「あぶない刑事シリーズ」で共演した浅野温子さんと17年後に夫婦役で出演された「なるようになるさ。 」は、それまでの硬派な舘ひろしさんとはガラッと違う役柄で、舘ひろしさんの 柔らかくチャーミングな面がよく表れていましたよね。 舘ひろしさんの愛車やバイクは? 舘ひろしさんといえば、カッコよくバイクに乗る姿が有名ですよね。 今でも「特技はバイクアクション」というほど、バイクの腕前には自信があるそうです。 そんな舘ひろしさんの愛車はというと・・・。 舘ひろしさんの愛車 舘ひろしさんの愛車には、2種類あるそうです。 1台目は、 モーガン・プラス4。 お祖父さまが非常にイギリス趣味に傾倒していた影響を受け、 乗馬にゴルフ、そして着る服まで英国流になったという舘ひろしさん。 愛車ももちろん 英国車のモーガンなんだそうです。 プライベートで八王子の乗馬クラブに行く際などに、自分でハンドルを握って運転されているそうです。 2台目は、 ジャガーXJサルーン。 こちらもやはり英国車です。 こちらは、 運転手さんつきで、お仕事での移動などに使われているそうですが、 渡哲也さんとゴルフに行く時だけは、このジャガーを自ら運転するそうです。 ちなみに、「西部警察シリーズ」「あぶない刑事シリーズ1期」では、 舘ひろしさんが車を運転するシーンは全くありません。 というのは、1986年当時まで、舘ひろしさんは 自動車の運転免許を持っていなかったのだそうです。 そういえば 運転していたのはユージばかりだったかも・・・という気もしますが、 「運転できないからユージを待ってた」なんて、なんだか人間臭くていいですよね。 訂正:1983年の「西部警察」、1984年の「今夜は絶好調」で舘ひろしさんの運転シーンがあるようです! 読者様からのご指摘で判明しました。 1994年の映画「免許がない」がどこかで現実と混ざって情報が広まってしまったのかもしれません。 訂正させて頂きました。 すみません。 舘ひろしさんのバイク バイクに乗る姿がかっこよすぎる舘ひろしさんがこれまでに乗っていたバイクをまとめてみました。 舘ひろしさんのバイク:クールズ時代 舘ひろしさんは20代前半頃、 岩城滉一さんとともに原宿・ 表参道を拠点にした硬派バイクチーム「クールス」を総括していました。 1975年には、 バイクチーム「クールス」からの選抜メンバーで結成されたロックバンド「クールス」のボーカルとして「紫のハイウェイ」矢沢永吉(五大洋光)作曲でデビューされています。 そんな 「クールス」時代に舘ひろしさんが乗っていたバイクは、 ハーレーダビッドソンの「ダイナ系」です。 訂正:西部警察での巽刑事役の劇中車は HARLEY-DAVIDSON FXS1200 ローライダー ショベルヘッド こちらも読者様からのご指摘です。 1981年から 「西部警察シリーズ」に再登場し、「特機隊」隊長の鳩村英次役で乗っていたのは、 スズキGSX1100Sカタナでした。 舘ひろしさんのバイク:あぶない刑事シリーズ時代 1987年からの 「あぶない刑事シリーズ」でも、 バイクに乗って拳銃を撃つシーンなどたくさんありました。 そのほとんどがノーヘルでしたね。 刑事って自由なんだな・・・と子供心に思った記憶が。 その「あぶない刑事」シリーズでは、 シリーズ初期は舘ひろしさんがスズキとCM契約(カルタス)をしていた関係もあり、 スズキGSX-R750・GSXーR1100 が多く使われていました。 シリーズ中期以降は、契約期間が終わったのか、 ハーレーダビッドソンや カワサキのカワサキのGPZ750やカワサキKDXも登場しました。 まーず様、大変貴重な情報、誠にありがとうございました。 何度か、オフロード車も使われましたが、 舘ひろしさんご本人がオフロード車はあまり好きではないとのことで、 あまり頻度は高くなく、ハーレーでは無理なアクションシーンの撮影の時にされたとのことです。 ハーレーダビッドソンの中でも最も美しいとされている、車高が低めのローライダーで、 ショベルヘッド時代の1979年式FXSローライダーを元に製造されたものだそうです。 ハーレーダビッドソンのショベルヘッド時代の1979年式FXSローライダーといえば、 舘ひろしさんが西部警察シリーズ時代に劇中で乗っていらっしゃったバイクですよね。 40年近くが経過しても共にかっこいい館さんとハーレーダビッドソン・・・すてきですね。 舘ひろしさんがお仕事ではなく、プライベートで乗っているバイクを調べたのですが、残念ながらわかりませんでした。 ハーレーがお好きとのことなので、恐らく ハーレーダビッドソンなのでは?と思いますが、 単なる推測です。 舘ひろしさんの出身校や実家について 舘ひろしさんの出身校やご実家についてまとめました。 舘ひろしさんの出身校は? 舘ひろしさんは、愛知県名古屋市中区生まれ、高校卒業まで愛知県名古屋市で過ごされました。 小学校は 名古屋市立新栄小学校 中学校は 名古屋市立白山中学校 高校は 愛知県立千種高等学校 に通われました。 小学生時代は鈍臭かったため、当時は 「どんくさ舘」と呼ばれていたそうです。 「中学校の時、少しグレて、ラグビーで立ち直ったので高校時代はラグビーばかり。 今でもテレビでやっていると必ず観る」という舘ひろしさんは、高校時代には ラグビー部の主将を務めていらっしゃいました。 今でも、ラグビートップリーグのオールスター戦でキックオフをされたり 2015年ラグビーW杯のプロモーションにも参加されたりと、ラグビーとの縁は続いていらっしゃいます。 その後上京され、 千葉工業大学工学部建築学科 に入学されました。 同大学の千種寮に入られましたが、その厳しさに夜逃げし、 学生の間で 「夜逃げの四棟」と呼ばれる伝説となっているそうです。 在学中から「クールズ」での活動に加え、「西部警察」など俳優活動も始めたために多忙になり、 しばらく在籍はしていたそうですが、 最終的には中退されました。 舘ひろしさんのご実家は? 舘ひろしさんのご先祖は 尾張藩の武士で、旧士族の家柄だそうです。 代々のお住まいは徳川家から拝領した 「徳川家の離れ」で、 ご実家は 明治期に内科医のお父様開業した舘医院(愛知県名古屋市)で、現在は、弟さんが家業の医院を引き継いでいらっしゃいます。 お祖父さんは元官吏で、大の英国好きだったことから、舘家には ミルクティーを飲む「ティータイム」があったとか。 舘さん自身もそんなお祖父さんの影響からか英国好きになり、 愛車は英国車、1996年8月の奥様との結婚式も英国で挙げられ、休日は乗馬と、 英国紳士なライフスタイルを持っていらっしゃいます。 バイクチーム「クールズ」時代も、やんちゃな雰囲気なのにどこか品があって、いわゆるヤンキーとは全く違っているのも、育ちがいいからなのかなーと妙に納得してしまいますね。 舘ひろしさんの奥さんとお子さんについて 1996年に、現在の奥様と結婚された舘ひろしさん。 結婚とか家庭という雰囲気が全く感じられなかった舘ひろしさんの結婚に 当時驚かれた方も多かったのではないでしょうか。 奥様は一般の方ということで、あまり情報はないのですが、 元CA(OLという説もある)で舘さんよりも13歳年下の、「幸子さん」という女性だそうです。 舘ひろしさんと幸子さんは、結婚に至るまで10年間交際をされて愛を育まれたそうです。 1996年から10年前というと、 ちょうど舘ひろしさんが「あぶない刑事」で大ブレイクした年ですよね。 その時から、堅実に愛を育んでいたなんて・・・ やはり英国紳士なんですね・・・! おふたりは、舘さんが大好きな英国で挙式、馬車に乗って式場に向かうという 本格的な式だったそうです。 (写真はイメージです) 結婚から19年目の舘夫妻、 仲が良く落ち着いた夫婦という印象なんだそうです。 舘さんが語っていらっしゃった夫婦のあり方は、 「ぬかみそ臭くなって欲しくないので妻に家事をあまりやらせない。 」 以前、「なるようになるさ。 」のPRでバラエティ番組「ピッタンコカンカン」に出演、 100均ショップや橋田壽賀子邸を訪れた際にも、 嬉々として「メラニンスポンジ」などを購入、 家では食器洗いや掃除などの家事をを積極的にやっているとおっしゃっていました。 本当に意外な一面ですが、 エレガントに家事をこなす舘ひろしさんも素敵です。 そんな舘夫妻ですが、お子さんはいらっしゃらないようです。 少し残念な気もしますが、お子さんがいらっしゃらない分、夫婦の時間を大切にしていらっしゃるのだろうなと、羨ましい気もしますね。 最初にも紹介しましたが、永遠の話題作「あぶない刑事」劇場版はFODプレミアムで見放題で見れます。 続編も見れて見放題ということでかなりお得なため人気です。 2015年には、 日本代表応援団長を務めるラグビーW杯があり、 2016年には 映画「さらば あぶない刑事-long good-bye-」が公開された舘ひろしさん。 熊本の震災の際には、石原軍団として炊き出しにも参加してその男気溢れる姿も話題になりましたよね。 まだまだ元気でかっこいい姿を見せてほしいですね。 最後まで読んでいただきありがとうございました。 まーず 通りすがりの者です。 失礼ながらですが舘ひろし氏のオートバイの記述に間違いがあります。 以下が正しいものです。 クールス時代に私物で乗っていたのは HARLEY-DAVIDSON XLH1000 スポーツスター ショベルスポーツ。 西部警察での巽刑事役の劇中車は HARLEY-DAVIDSON FXS1200 ローライダー ショベルヘッド。 H-D社からダイナシリーズが市販されたのは90年代初頭です。 あぶない刑事映画版での劇中車がFXDダイナシリーズ 各作品ごとにEVOだったりTCだったりと違う車両 です。 余談ですが「皮ジャン反抗族」という映画では舘氏運転の劇中車にHARLEY-DAVIDSON FLH1200 ショベルヘッド が使われていました。 横槍な上に無作法なコメントをご容赦願います。

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舘ひろしと早見優の痙攣事件とは? ポートピア病院に担ぎ込まれたのはマジか?

舘 ひろし

42年ぶりに岩城滉一と和解 一世を風靡した不良バイクチームのメンバーだった2人は、若くしてスターへの道を歩み始める。 血判状で友情を誓い合い、青春を謳歌した仲。 しかし、互いが互いを思い合うからこそ、「あいつのために」と起こした行動が衝突を生んでしまう。 次第に疎遠になり、42年。 彼らの友情を再び引き戻したのは、早すぎる「仲間の死」だった。 「お前はどうしようもないヤンチャで、クールスに入れば規律を守るようになると思ったんだけど、お前は変わらなくて。 もう一度みんなで走れたら、面白かっただろうな」 岩城滉一(66才)が弔辞を述べると、参列者のすすり泣く声が響いた。 12月18、19日、神奈川県川崎市の寺院で伝説のバイクチーム『クールス』の元メンバーである「マチャミ」こと玉川雅巳さん(享年64)の葬儀が行われた。 故人が愛用していた大型バイク、ハーレーダビッドソンのエンジンをふかし、仲間たちは爆音を聞きながら出棺を見送った。 通夜では、かつてクールスのメンバーだった舘ひろし(67才)と岩城が男泣きし、肩を抱き合って親友の死を悼んだ。 青春を共にし、芸能界の第一線で活躍してきた2人は、お互いを思いやるゆえに長らくすれ違いが生じていた。 そんな彼らの抱擁は、メンバーにとってあまりにも感慨深い和解の光景だった。 その姿を見ながら、ある参列者はこう思ったという。 「マチャミの生き様と死が、クールスをもう一度1つにしてくれた」 出会いは40年以上前に遡る。 1974年、それぞれバイクチームを組んでいた20代前半の舘と岩城が、都内の飲食店で鉢合わせた。 眼光鋭い男たちのニアミスに、緊張が走る。 だが、店の外に見知らぬ黒いバイクがズラッと並んでいるのを見た舘は、岩城にこう話しかけた。 「あのバイク、きみたちの?」 以来、1才違いの2人は意気投合し、「少数精鋭で面白いチームを作ろう」と、原宿を拠点にしたバイクチーム『クールス』を結成する。 元メンバーでミュージシャンの水口晴幸さん(65才)が当時を振り返る。 《このチームはリーダー(舘)の独裁により運営される》と書かれた血判状に、メンバー17人がナイフを握って右手中指に傷を入れ、血判を押したんだよ」(以下、「」内は水口さん) 黒い革ジャンに黒いジーンズ、リーゼントヘア、そして黒いバイクというそろいのスタイルで都内を走り回した。

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