高橋大輔ブログ。 村元哉中&高橋大輔

高橋大輔 (サッカー選手)

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アースジェットの新CMに髙橋大輔が登場! スケートリンクにきらめく5色のライト、その中で滑り出したのは… 高橋大輔選手!!(ええええ〜〜〜) トリプルアクセルで強力ジェット噴射!敵を粉砕! (両手にモノ持ってアクセルジャンプ飛ぶって難しそう〜〜) アイスダンスに転向したのでもう見られないと思っていたトリプルアクセル、これは嬉しいですよね〜〜 3月以降、フィギュアスケートの試合はいつ再開されるのか見通しは立たないし、新拠点のフロリダで練習できているのか心配出しでモヤモヤしていたファンの心をわしづかみです! 大ちゃんの代名詞である レイバックスピンや ステップも堪能させてくれますし。 アース製薬さんの公式に動画がアップされています! (すでに13万アクセス超えててすごい!) この昭和の雰囲気がアースジェットだわ〜たまらんw 「ショー編」ということは「練習編」とか「オフ編」とかあるんですよね??ね?? アースジェットの高橋大輔CM、SNSでファンの反応は! 電撃放送されたのを見た高橋ファンは大喜び! SNSでも「元気出た」、「涙出るほど笑った」と好意的な声です。 振り🕺が見たくてもう一度見る。 演技📹が見たくてもう一度見る。 お顔🥰が見たくてもう一度見る。 高橋デザインのマンションが売れるくらいです。 特に今年は大会が無いので皆高橋大輔さんに飢えてます。 御社のHP又はYouTubeでメイキングを上げて下さい。 そして高橋さんの顔をプリントしたアースジェットを作って下さい。 引くくらい儲かります。 — ロザリー rosalie0313 「引くくらい儲かります」ってw でも、実際、高橋デザインのアースジェットできたら売れまくりだと思います。 羽生ファンの友人は「ガーナ」チョコやキシリトールガムを買いまくっててお土産によくくれるし、宇野ファンは「アーモンドピーク」を求めて昨年、スーパー巡りしてましたからね。 撮影当日はとても寒いリンク上での演技が長時間に及びましたが、集中力を切らさず、スタッフへの気遣いも忘れない。 アップになるハエのボス! もしかして… 振付師の宮本賢二(みやもとけんじ)さん!? 写真を見比べてみたら、顎のラインがやっぱり似てます! 振付にも参加していたそうです。 やっぱり! もちろん振り付けの さんも姫路市出身。 誰なんでしょう。 気になりますね。 あとでキャストが発表になるか、楽しみに待ちたいと思います。 アースジェットCM、歴代のスターは郷ひろみ・亀梨和也! かっこいいメンズがハエや蚊をやっつけるアースジェットのCM、歴代スターは… 歴代集めてみた 志村けんさん 郷ひろみさん 亀梨和也さん からの、高橋大輔さん アースさん、メイキング動画お待ちしております! — 4leaf🍀ジェットコースター乗車中 KlookFor 濃いめのイケメンが踊りまくる路線ができあがったのは、郷ひろみさんからですね! マイケル・ジャクソンばりのダンスから「ブシュー!」とハエを撃退! かっこいいです〜〜(動画はこちら) ここからの、高橋選手CMへ続くわけですね。 「この二人に続いて起用されるなんて光栄だ」と喜んでいるファンもいました。 高橋大輔、アースジェットのCMのまとめ ・ トリプルアクセルやレイバックスピン、ステップなど高橋選手の見せ場満載のCM ・ ファンは大喜びでSNSでも盛り上がり ・ アース製薬は高橋大輔の写真入り缶を作ったら絶対儲かる ・ロケ地はKOSE新横浜スケートセンター…のように思える ・ハエのボスは宮本賢二さんじゃない?? ・このCM、歴代スターは濃いめのイケメン 新型コロナウィルスで、試合やアイスショーのメドが立たないなか、このCMはスケートファンに元気をくれています。 今後の展開が楽しみですね。 おうちで高橋大輔アースジェットCM楽しむのにオススメのサイトさん アースジェット・オン・アイスのご提案1 をしているサイトさんを発見! 他のスケーター、自分の好きなスケーターにもあれを踊ってもらいたいと。 あの人がアースジェットを踊ったら…という展開で、お腹痛くなるほど笑わせてもらいました。 気が滅入るニュースの多いこのごろ、アースジェットのCMみて、こちらの記事を読んで妄想してたら、吹きとばせそうです! 続編も楽しみにしております! 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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芸術というものの世間的評価に、いかに「宣伝」がものを言うかという話は過去にも書いてきた。 メディアで繰り返し、「素晴らしい、素晴らしい」と言われれば、タダの石ころでも次第にダイヤモンドに見えてくる。 フィギュアも例外ではない。 メディアが誰を持ち上げるかで、一般のファンのその選手に対する見方も変わる。 奇妙なことにフィギュアの女子選手について日本のマスコミの多くは、自国に目を見張る逸材がいるにもかかわらず、他国の選手をしきりと誉めそやす。 日本に現世界女王がいるのに、わざわざキム・ヨナを「フィギュアの世界女王」などとレポーターに呼ばせたりする。 このいかにも胡散臭い報道姿勢については、のエントリーが緻密で詳しい。 だが、男子に関しては、こうした奇妙な現象はあまり見られない。 現在の男子シングルでプロトコル上の最強選手はパトリック・チャンだし、4回転を決める確率がもっとも高いのも、恐らくチャンだと言っていいだろう。 ところが、チャンに関しては、キム・ヨナに見られるようなメディアによる過剰な持ち上げは見られない。 むしろ、「高橋大輔、世界選手権2連覇へ」で、衆目を集めようとしているようだ。 浅田VSキムに見られるような、高橋VSチャンの過剰な煽りもない。 男子と女子に見られるこの不可解なメディア報道の不均衡の裏に何があるのかないのか、Mizumizuとしては知る由もないのだが、高橋大輔選手に関して言えば、その実力に見合ったメディアからの厚遇が得られているといって差し支えないと思う。 もっとダイレクトに言えば、日本フィギュアスケート選手で最も「宣伝」がうまくいっているのが高橋選手なのだ。 特に日経新聞は好意的で良質な記事を書いてくれていた。 シーズン初めに出た高橋選手の談話記事(高橋大輔「格好いいか、悪いか。 流れと表現力を磨く」)は、同選手がスケート選手として、また同時に身体を使った表現者として何を最も大事に思っているかを詳しく掘り下げた興味深い内容になっていた )。 この中でMizumizuが最も核心的だと思うのは、「僕が思う男子フィギュアは簡単に言えば、『格好いいか、悪いか』だと思います。 形は大事だけれど、それ以上に心をわしづかみするような演技ができるかだと思います」というくだりだ。 そして、その「格好よさ」をどうやって作り上げるか。 そのプロセスについても解説しているのだが、それは意外なものだった。 「毎年プログラムの滑り始めに『これって変?』と、長光歌子コーチに聞いています」「僕はあまり鏡とかは見ません。 動きをイメージしながらやってみて、コーチに意見を聞いて、調整していきます」。 つまり、高橋選手は自分で鏡を見ながら自分自身で自分の思い描く「格好よさ」を作っていくのではなく、長光コーチに「格好いいか、変か」を見てもらい、「変だ」と言われれば、それを修正していくという、かなり受身な手法を取っているということだ。 自分がどう見えるかを鏡で気にするのではなく、第三者の目を借りて、どう見せるかを最初から意識している。 長光コーチはこの場合、コーチであると同時に、観客(もっと言ってしまえば一般のファン)の目で高橋選手を評価しているのだろうと思う。 コーチでありながら、ファンの目も持つ・・・これはできそうで、簡単にはできないことだ。 長年かけて培った長光コーチと高橋選手の信頼関係とお互いの感覚のマッチングがうまくいってこそ、成果を出している手法だろう。 これは意外でもあったが、納得でもあった。 Mizumizuがこのブログでも常々指摘しているように、高橋選手は演技に深く入り込みながら、どこが冷静な第三者の目で自分を突き放して見ているような部分がある。 それは、本当に優れた表現者にしか達し得ない境地で、しかもフィギュアスケーターに限定されるものではない。 たとえば、イタリアの名優マルチェロ・マストロヤンニは、「泣く」演技について、「自分が泣くのは、観客を泣かせるため。 自分が本当に感情移入してしまうことはない。 ただ、1度だけ、本気で泣いてしまったことがあり、そのとき、もう1人の自分が、『おいおい、この人物の人生はお前のものではないんだよ』と諌めてきた」と語っている。 同じようなことを高橋選手も言っている。 「表現力が大切といいましたが、感情移入しても、自分に酔うことはありません。 自分に酔ってしまったら伝わりません」。 この台詞は頭で作り上げた言葉ではない。 こう言えと言われて言ったものでもない。 高橋選手自身の言葉だ。 こうした実感をもった話ができるのは、恐らく現在のアマチュアスケーターでは高橋選手だけだ。 キム・ヨナ選手にも同じ傾向の才能があるようにも思うのだが、彼女の場合は、アイドル歌手の振り付けのような単純でインパクト重視の大衆性に傾いていってしまったのが、個人的には残念なのだ。 「あげひばり」のころに見せた腕全体、指の先まで繊細に使った、こちらのイメージを刺激するような表現がなくなり、かわりにやたらとハッタリをきかせた、パターン化した演技ばかりを繰り返すようになった。 だからキム・ヨナの演技は1度見れば、それで十分になってしまった。 2度めからはどんどん平凡でスカスカでつまらなく見えてくる。 ワールド一発勝負に出るのは、キム・ヨナ陣営が、彼女のプログラムは底が浅いという欠点を実は自覚しているからではないかとさえ思う。 次のワールドで、「それだけではないキム・ヨナ」を見せてくれると嬉しいのだが、どうだろうか。 なにはともあれ、「アリラン」には個人的に期待している。 「あげひばり」以上のものができるとすれば、それは韓国人の彼女にしか演じられない「アリラン」をおいて他にはないように思う。 どう見えるかを気にするのではなく、どう見せるかを常に考えている。 自分に酔っているようでいて、冷静に「それを見る人たちの反応」を予想し、確認し、そこからまた自分の表現に工夫を加えていく。 それが一流の表現者の姿勢なのだ。 ただ単に自分を格好よく見せたいだけの役者が一流になれないのは、格好いい自分に酔おうとするからだ。 キム・ヨナの演技がつまらなくなったのは、アイドル的な見かけのよさばかりを追求したからだ。 あっという間に忘れ去られるアイドルならばそれでいいだろう。 だが、アイドルと一流の役者は違う。 一流の役者なら、格好よい自分を作り上げるのはそれが必要とされているからであって、同じ情熱をもって、たとえば「惨めな」自分を作り上げることもできる。 そうした才能を高橋選手も持っている。 その能力が現在のアマチュアのフィギュアスケート界で、最も傑出してるのが高橋選手だ。 よく「世界一のステップ」と技術的な面で賞賛される同選手だが、高橋大輔の魅力がそれだけに留まらないのは、彼がアマチュアスケーターの範疇を超えた、一流の表現者に普遍的に要求される能力と姿勢を兼ね備えているからに他ならない。 パトリック・チャンの演技にどうしても感動できないのは、彼にこうした表現者としての才能が欠けているからだろう。 彼の演技はまるでよくできた機械のようだ。 いくら上手にすいすい滑っても、オーバーなアクションをしても、クルクル器用にスピンを回っても、肝心の本人のエモーショナルな部分での深みと成熟が伴わない。 今年のフリープログラム、「オペラ座の怪人」は、つなぎも濃く、技術的には素晴らしい。 だが、かつて高橋大輔が氷上で仮面を剥ぎ取るモーションをしたときに彼の身体全体から発散された異形の存在のもつ孤独感、そしてそこから解放されたいという内的なエネルギーの爆発を思い浮かべるとき、チャンのプログラムは一瞬で色褪せる。 音楽の使い方も、高橋大輔のプログラムでは、あえて皆が知っている旋律を極力使わない、通で凝った編集がなされていたが、チャンの場合は、オペラ座の怪人の中でも最もポピュラーな旋律をタイトルナンバーから取ってきた大衆的なものだ。 実につまらない。 信じられないことに、今のフィギュアスケート界は、「 組織と密接なコネをもった有力な 振付師兼コーチがジャッジに宣伝をしてくれる」選手が、「ジャッジに愛され」て、高い得点をもらえるらしい。 こうした演技ばかりにプロトコル上で天井知らずの演技構成点を与えている現状が、フィギュアスケートの表現世界の可能性を狭めている。 日本以外でのフィギュア人気の凋落ぶりが、それを裏付けている。 日本は選手の独創的で素晴らしい演技が沸騰するフィギュア人気を支えている。 高橋選手の場合は、「高橋大輔の格好よさ」を作り上げるのに、彼自身の才能に加え、コーチやもちろん振付師の能力がうまく噛みあっている。 また、それを宣伝する道筋もスムーズでうまく行っている。 先に挙げた日経の記事もそうだが、たとえばこの宮沢賢治・・・じゃなくて、宮本賢二氏の解説。 あの名プログラム「eye」を作る前だが、いかに振付師・宮本賢二がスケーター・高橋大輔の才能に惚れこんでいるかよくわかる。 最初はなぜかパンツの色と髪型の個人的好みから始まり(苦笑)、アナウンサーが織田選手との「激闘」に話を振っても、まったく意に介さず、高橋ワールドの「唇」の話をしている(再苦笑)。 それはつまり、宮本賢二自身が、髪型や衣装、そしてモーションやポーズに関して、「こういう大輔が格好いい」という強いイメージとビジョンを持っているということだ。 それをふまえた上で、高橋大輔表現のキーワードである「格好いい」を連発する。 ここまで、「格好いい」と言われれば、本当に格好よく見えてくる。 なぜ格好いいのかという説明も的を射ているからなおさらだ。 「ジャンプもすごい」「世界一のステップ」という一般的な解説に加えて、「楽器を表現できる。 バイオリンならこう伸びるような動き、ピアノならこう叩くような動き(つまり、弦と打の音質の違いを表現できるという意味)」「どこもかしこも動いている(つまり、全身を使った身体表現がエネルギッシュで卓越していることを言っている)」といった普通のファンにはあまり気づかないような点にも言及している。 しかもありえないほどの熱を込めて(笑)。 これも、解説者自身が実感していなければ話せない内容で、かつ解説者が振付師でもあることから、その説得力は勢い増すことになる。 <明日へ続く>.

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高橋大輔、格好よさのカリスマ

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芸術というものの世間的評価に、いかに「宣伝」がものを言うかという話は過去にも書いてきた。 メディアで繰り返し、「素晴らしい、素晴らしい」と言われれば、タダの石ころでも次第にダイヤモンドに見えてくる。 フィギュアも例外ではない。 メディアが誰を持ち上げるかで、一般のファンのその選手に対する見方も変わる。 奇妙なことにフィギュアの女子選手について日本のマスコミの多くは、自国に目を見張る逸材がいるにもかかわらず、他国の選手をしきりと誉めそやす。 日本に現世界女王がいるのに、わざわざキム・ヨナを「フィギュアの世界女王」などとレポーターに呼ばせたりする。 このいかにも胡散臭い報道姿勢については、のエントリーが緻密で詳しい。 だが、男子に関しては、こうした奇妙な現象はあまり見られない。 現在の男子シングルでプロトコル上の最強選手はパトリック・チャンだし、4回転を決める確率がもっとも高いのも、恐らくチャンだと言っていいだろう。 ところが、チャンに関しては、キム・ヨナに見られるようなメディアによる過剰な持ち上げは見られない。 むしろ、「高橋大輔、世界選手権2連覇へ」で、衆目を集めようとしているようだ。 浅田VSキムに見られるような、高橋VSチャンの過剰な煽りもない。 男子と女子に見られるこの不可解なメディア報道の不均衡の裏に何があるのかないのか、Mizumizuとしては知る由もないのだが、高橋大輔選手に関して言えば、その実力に見合ったメディアからの厚遇が得られているといって差し支えないと思う。 もっとダイレクトに言えば、日本フィギュアスケート選手で最も「宣伝」がうまくいっているのが高橋選手なのだ。 特に日経新聞は好意的で良質な記事を書いてくれていた。 シーズン初めに出た高橋選手の談話記事(高橋大輔「格好いいか、悪いか。 流れと表現力を磨く」)は、同選手がスケート選手として、また同時に身体を使った表現者として何を最も大事に思っているかを詳しく掘り下げた興味深い内容になっていた )。 この中でMizumizuが最も核心的だと思うのは、「僕が思う男子フィギュアは簡単に言えば、『格好いいか、悪いか』だと思います。 形は大事だけれど、それ以上に心をわしづかみするような演技ができるかだと思います」というくだりだ。 そして、その「格好よさ」をどうやって作り上げるか。 そのプロセスについても解説しているのだが、それは意外なものだった。 「毎年プログラムの滑り始めに『これって変?』と、長光歌子コーチに聞いています」「僕はあまり鏡とかは見ません。 動きをイメージしながらやってみて、コーチに意見を聞いて、調整していきます」。 つまり、高橋選手は自分で鏡を見ながら自分自身で自分の思い描く「格好よさ」を作っていくのではなく、長光コーチに「格好いいか、変か」を見てもらい、「変だ」と言われれば、それを修正していくという、かなり受身な手法を取っているということだ。 自分がどう見えるかを鏡で気にするのではなく、第三者の目を借りて、どう見せるかを最初から意識している。 長光コーチはこの場合、コーチであると同時に、観客(もっと言ってしまえば一般のファン)の目で高橋選手を評価しているのだろうと思う。 コーチでありながら、ファンの目も持つ・・・これはできそうで、簡単にはできないことだ。 長年かけて培った長光コーチと高橋選手の信頼関係とお互いの感覚のマッチングがうまくいってこそ、成果を出している手法だろう。 これは意外でもあったが、納得でもあった。 Mizumizuがこのブログでも常々指摘しているように、高橋選手は演技に深く入り込みながら、どこが冷静な第三者の目で自分を突き放して見ているような部分がある。 それは、本当に優れた表現者にしか達し得ない境地で、しかもフィギュアスケーターに限定されるものではない。 たとえば、イタリアの名優マルチェロ・マストロヤンニは、「泣く」演技について、「自分が泣くのは、観客を泣かせるため。 自分が本当に感情移入してしまうことはない。 ただ、1度だけ、本気で泣いてしまったことがあり、そのとき、もう1人の自分が、『おいおい、この人物の人生はお前のものではないんだよ』と諌めてきた」と語っている。 同じようなことを高橋選手も言っている。 「表現力が大切といいましたが、感情移入しても、自分に酔うことはありません。 自分に酔ってしまったら伝わりません」。 この台詞は頭で作り上げた言葉ではない。 こう言えと言われて言ったものでもない。 高橋選手自身の言葉だ。 こうした実感をもった話ができるのは、恐らく現在のアマチュアスケーターでは高橋選手だけだ。 キム・ヨナ選手にも同じ傾向の才能があるようにも思うのだが、彼女の場合は、アイドル歌手の振り付けのような単純でインパクト重視の大衆性に傾いていってしまったのが、個人的には残念なのだ。 「あげひばり」のころに見せた腕全体、指の先まで繊細に使った、こちらのイメージを刺激するような表現がなくなり、かわりにやたらとハッタリをきかせた、パターン化した演技ばかりを繰り返すようになった。 だからキム・ヨナの演技は1度見れば、それで十分になってしまった。 2度めからはどんどん平凡でスカスカでつまらなく見えてくる。 ワールド一発勝負に出るのは、キム・ヨナ陣営が、彼女のプログラムは底が浅いという欠点を実は自覚しているからではないかとさえ思う。 次のワールドで、「それだけではないキム・ヨナ」を見せてくれると嬉しいのだが、どうだろうか。 なにはともあれ、「アリラン」には個人的に期待している。 「あげひばり」以上のものができるとすれば、それは韓国人の彼女にしか演じられない「アリラン」をおいて他にはないように思う。 どう見えるかを気にするのではなく、どう見せるかを常に考えている。 自分に酔っているようでいて、冷静に「それを見る人たちの反応」を予想し、確認し、そこからまた自分の表現に工夫を加えていく。 それが一流の表現者の姿勢なのだ。 ただ単に自分を格好よく見せたいだけの役者が一流になれないのは、格好いい自分に酔おうとするからだ。 キム・ヨナの演技がつまらなくなったのは、アイドル的な見かけのよさばかりを追求したからだ。 あっという間に忘れ去られるアイドルならばそれでいいだろう。 だが、アイドルと一流の役者は違う。 一流の役者なら、格好よい自分を作り上げるのはそれが必要とされているからであって、同じ情熱をもって、たとえば「惨めな」自分を作り上げることもできる。 そうした才能を高橋選手も持っている。 その能力が現在のアマチュアのフィギュアスケート界で、最も傑出してるのが高橋選手だ。 よく「世界一のステップ」と技術的な面で賞賛される同選手だが、高橋大輔の魅力がそれだけに留まらないのは、彼がアマチュアスケーターの範疇を超えた、一流の表現者に普遍的に要求される能力と姿勢を兼ね備えているからに他ならない。 パトリック・チャンの演技にどうしても感動できないのは、彼にこうした表現者としての才能が欠けているからだろう。 彼の演技はまるでよくできた機械のようだ。 いくら上手にすいすい滑っても、オーバーなアクションをしても、クルクル器用にスピンを回っても、肝心の本人のエモーショナルな部分での深みと成熟が伴わない。 今年のフリープログラム、「オペラ座の怪人」は、つなぎも濃く、技術的には素晴らしい。 だが、かつて高橋大輔が氷上で仮面を剥ぎ取るモーションをしたときに彼の身体全体から発散された異形の存在のもつ孤独感、そしてそこから解放されたいという内的なエネルギーの爆発を思い浮かべるとき、チャンのプログラムは一瞬で色褪せる。 音楽の使い方も、高橋大輔のプログラムでは、あえて皆が知っている旋律を極力使わない、通で凝った編集がなされていたが、チャンの場合は、オペラ座の怪人の中でも最もポピュラーな旋律をタイトルナンバーから取ってきた大衆的なものだ。 実につまらない。 信じられないことに、今のフィギュアスケート界は、「 組織と密接なコネをもった有力な 振付師兼コーチがジャッジに宣伝をしてくれる」選手が、「ジャッジに愛され」て、高い得点をもらえるらしい。 こうした演技ばかりにプロトコル上で天井知らずの演技構成点を与えている現状が、フィギュアスケートの表現世界の可能性を狭めている。 日本以外でのフィギュア人気の凋落ぶりが、それを裏付けている。 日本は選手の独創的で素晴らしい演技が沸騰するフィギュア人気を支えている。 高橋選手の場合は、「高橋大輔の格好よさ」を作り上げるのに、彼自身の才能に加え、コーチやもちろん振付師の能力がうまく噛みあっている。 また、それを宣伝する道筋もスムーズでうまく行っている。 先に挙げた日経の記事もそうだが、たとえばこの宮沢賢治・・・じゃなくて、宮本賢二氏の解説。 あの名プログラム「eye」を作る前だが、いかに振付師・宮本賢二がスケーター・高橋大輔の才能に惚れこんでいるかよくわかる。 最初はなぜかパンツの色と髪型の個人的好みから始まり(苦笑)、アナウンサーが織田選手との「激闘」に話を振っても、まったく意に介さず、高橋ワールドの「唇」の話をしている(再苦笑)。 それはつまり、宮本賢二自身が、髪型や衣装、そしてモーションやポーズに関して、「こういう大輔が格好いい」という強いイメージとビジョンを持っているということだ。 それをふまえた上で、高橋大輔表現のキーワードである「格好いい」を連発する。 ここまで、「格好いい」と言われれば、本当に格好よく見えてくる。 なぜ格好いいのかという説明も的を射ているからなおさらだ。 「ジャンプもすごい」「世界一のステップ」という一般的な解説に加えて、「楽器を表現できる。 バイオリンならこう伸びるような動き、ピアノならこう叩くような動き(つまり、弦と打の音質の違いを表現できるという意味)」「どこもかしこも動いている(つまり、全身を使った身体表現がエネルギッシュで卓越していることを言っている)」といった普通のファンにはあまり気づかないような点にも言及している。 しかもありえないほどの熱を込めて(笑)。 これも、解説者自身が実感していなければ話せない内容で、かつ解説者が振付師でもあることから、その説得力は勢い増すことになる。 <明日へ続く>.

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